エピローグ
失踪事件は解決した。
寄宮小糸は天羽と宮園が家まで送りとどけた。愛娘の姿を見た母親は泣き崩れ、姉の寄宮先輩からも目を潤ませながらしきりに「ありがとう」と礼を言われた。その際、「二人は付き合ってるの? すごくお似合いだね」と言われて慌てて否定するシーンもあった。
是害坊天狗も命に別状はない程度の傷だったようで、「一応礼だけは言っておく」とぶっきらぼうに一言言うと、山の奥へと戻っていった。
諸事を片付けると西日が美しい夕方になっていたので、また天羽にタカって焼肉をご馳走してもらった。竜胆も同席したが、彼女の食う量がすさまじく、呆気にとられて箸がほとんど進まなかった。
とにもかくにも、こうして寄宮小糸失踪事件は幕を閉じたのだった。
# # #
「さて。事件は終わったから、目を返してもらうぞ」
週明けの放課後。
誰も使っていないイングリッシュルームに呼び出された宮園は、天羽からそう告げられた。
「……嫌よ」
「ダメだ。返してもらう」
「いーやーだー! というか土曜に回収しなかったじゃん! くれたってことじゃなかったの!?」
「忘れてたんだよ! これを持って左目に当てろ!」
その後も押し問答を続けたが、結局宮園が折れてしぶしぶ渡された呪符を左目に当てた。「全く……」と天羽はぼやき、むにゃむにゃと呪文を唱えていたが、はたと彼の目が驚愕に開いた。
「どうしたの?」
「……戻らん」
「は?」
「目が戻らない」
「え、どういうこと?」
「竜胆」
「ここに」
彼の横に五芒星が現れたかと思うと、山吹色の髪を伸ばした美人が姿を現した。今日はきちんとした和服姿であり、竜胆の花が染め抜かれた小紋を身に纏う様は、物語から出てきたお姫様のようだった。
「いかがいたしましたか」
「宮園から目を返礼できなくなった」
「なんと!?」
血相を変えた竜胆が、宮園の顔を両手で掴んで覗き込む。明るい茶色の瞳に覗き込まれると、魂を抜き取られるような錯覚を覚えた。
「これは……」
長いようで短い見つめあいを終えて竜胆は顔を離し、「小娘と完全に融合しているようです」と言った。
「そんなことがあるものなのか……」
「え、なになに? あたし目を返さなくても良くなったってこと?」
「たわけが。何を喜んでおる」
「な、なによいきなり」
「ぬし様は貴様を心配しておられるのだ。分からぬか?」
竜胆はきっと彼女を睨み、
「これから死ぬまで貴様はこの世ならざるものを見続けなければならなくなるのだ。貴様のことなどどうでも良いが、常人はその苦難に耐えきれぬ。やがて心を病むのではないか、と心配しておられるのだ。ぬし様はお優しい方だからな」
「でも、目を借りてからこれまでもそうだったし」
実際、ご飯を食べている時に突然天井から男の顔が食卓に落ちてきたり、風呂に入ってる時に鏡に髪の長い女が映りこんだりもした。最初は心臓が飛び出るほど驚いたが、数日過ごしてみたら慣れてしまった。
「まあいい。目を取り戻す術はいずれ探し出すさ。それまでは貸しておいてやる」
「やったっ」
「ただし、条件がある」
天羽が指を突き立てた。
「条件?」
「俺の祓い屋業を手伝うこと。その目を持った以上、アンタは望むと望まざるとにかかわらず、あやかしものとかかわらざるを得なくなる。奴らとの付き合い方を教えてやるためにも、俺の仕事を手伝った方がいい」
「えーそれあたしにメリットあるの?」
「妖怪に殺されないように生きる方法を得られる」
とんでもなく物騒なメリットだった。さしずめ宮園はサバンナにおけるシマウマといったところなのだろうか。
ともあれ、あの悪鬼を見てもいるわけだから、人間に対して極めて有害な妖怪がいることも肌身で理解している。そういった存在から逃れられるというのであれば、身につけて損はないだろうと思った。
「分かったわよ。手伝うわ」
「ならいい。これからよろしく」
天羽が微笑んで右手を差し出す。
妖精のように白い指だ。
実は男子の手を握ったことすらない真の清楚美少女である宮園は、照れくささを感じながらも握り返す。
「こちらこそよろしく」
かくして。
宮園沙月と天羽真一郎は出会った。
そしてこの出会いが、宮園だけではなく天羽の人生も大きく変えることになることなど、この時の二人は予想もできなかったのである。
天狗の人攫い編
完
妖異捕物帳 あるいは腹黒美少女とひねくれぼっちの妖怪退治譚 國爺 @kunieda1245
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