天狗の人攫い

第1話 寄宮小糸の失踪

 ある日、宮園沙月が朝ごはんを食べている時のことである。


「あら、近所じゃない」


 母の呟きが聞こえ、視線を追うとテレビがある。朝の報道番組が放送されており、ちょうど今は事件特集なるものを報じているところだった。


『昨日の夕方、仙台市宮城野区に住む寄宮小糸よりみやこいとさん7歳が行方不明になったという届出が、両親から警察へありました。小糸さんは市内の小学校に通う1年生で、昨日は学校から帰ってきた後『友達の家に行く』と言い残して家を出て行ったきり、行方が分からなくなったとのことです。宮城県警は小糸さんの行方を捜索すると同時に、広く目撃情報を募っています』


「行方不明事件?」

「そうみたい。小学生が失踪だって。変な事件に巻き込まれてないといいけど」


 変な事件、と聞いて、宮園はこの前自分が遭遇した美術室の幽霊騒ぎを思い出した。「何考えてるのよあたし」と慌てて頭を左右に振る。どうもあの日に幽霊や妖怪が実在すると分かって以来、不思議な出来事を見聞きするとついそういったものたちと関連づけて考えてしまう癖がついたようだ。


 事実は小説よりも奇なりと言うのに。


「宮城野区って近所だもんね」

「そうねえ。早く犯人が捕まってくれるといいけど」


 どうやら母は誘拐事件だと思っているらしい。


「まだ誘拐って決まったわけじゃないじゃん」

「それもそうだけど」


 母はニュース番組を観てあれこれ妄想を膨らませる癖がある。別に宮園に害は無いが、ちょっと恥ずかしいからやめてほしいなとも思っている。




 # # #




 ところが、彼女が学校へ登校しても、クラスはその話題で持ち切りだった。


「おはよ」

「あ、おはよーさっちん。ねえねえ、今日のニュース観た?」

「どのニュース?」

「小学生が神隠しに遭ったってやつ」

「ああ、あったね」

「あれさ、3年の先輩の妹なんだって」

「へえ」


 近所の事件だとは思ったが、まさかそこまで近しいとは予想外だった。


「寄宮って苗字の人、いるの?」

「うん。女バスなんだって」

「女バスなら武内たけうちの先輩ってこと?」

「そうそう」


 武内と呼ばれたショートヘアの女子生徒が頷く。


「寄宮先輩、ポイントガードでレギュラーやってるんだけど、昨日練習中に突然帰ってさ。何かあったのかと思ったけど、多分親から連絡が来たんだろうね」

「早く見つかるといいねえ」

「ね。県大会も近いんだけど、今日学校にも来てないみたいだし」


 なんだか宮園まで不安になってくる。


小さい子が誘拐されたのも心苦しいが、こんな知り合いの知り合いが被害に遭ったと思うと、彼女自身小さくもなく妹弟もいないのに余計に怖さが増してきた。


 そんなふうに考えていると、唐突に隣から「その話、詳しく聞かせてもらえないか」という声が無遠慮に割り込んできた。


「え、なに急に?」

「詳しく聞かせてくれって言っただろ」

「天羽くんニュース観てないの?」

「家にテレビが無いんだ」

「え、テレビないんだ」


 友人が驚いたように言ったが、宮園も意外に思いつつ、日本刀に弓矢に和服姿で夜の川辺を彷徨くような変態ならテレビを持っていないと言われても意外じゃないな、と思い直した。


「スマホは?」

「持っていない。パソコンならあるが、ほとんど触らないんだ」

「へえー意外。まあいいや」


 武内はそう言い、ニュースで報道されていることと、寄宮先輩から聞いた話を説明した。以下の通りである。


 ・寄宮小糸は昨日の16時頃に帰宅した。専業主婦の母親が出迎えているので確度は高い。


 ・手洗いうがいを終えると、「今日は涼花すずかちゃんの家に行く」と言い、リュックサックを背負って出かけていった。17時に待ち合わせしていると言っていたことと、歩いて15分程度の場所に友達の家があることから、16時30過ぎの頃と思われる。


 ・17時を15分程度すぎた頃、友達の母親から寄宮母宛に、小糸がまだ来ていないという電話が入る。友達の家へは一本道を真っ直ぐ行くだけなので、いくら小学生でも迷うとは思えない。不安になった母が、寄宮先輩に電話をかける。


 ・17時30分過ぎに寄宮が帰宅。すぐに母親と近所の捜索にかかる。挨拶運動に参加していた町内会の人も巻き込んで探し回ったが、どこにも見当たらず、警察に届け出た。


「とまあ、こんな流れらしいよ」


 武内が話しているのをじっと黙って聞いていた天羽は、彼女が言葉を切ると同時に目を開けた。


「なかなか細かい部分まで聞いたんだな」

「わたしも今日から一緒に探そうと思ってさ。情報共有してもらったんだ」

「ふむ。今の話からすると、寄宮小糸は16時30分から17時15分までの45分間で失踪したことになる」

「そうだね」

「最後に目撃したのは?」

「え〜知らないよ〜。寄宮家なら多分お母さんだけど」

「寄宮先輩は今どうしている?」

「多分小糸ちゃんのこと探してるんじゃないかな? すごく可愛がってたから」


 7歳と18歳の姉妹というと、11差の計算だ。目に入れても痛くないくらい可愛がるのも無理はないだろう。そんな掌中の珠たる妹を失った姉の気持ちは計り知れない。


「なるほどな。ちなみに、この辺で何かおかしなことは起こったりしていないか?」

「おかしなこと?」

「たとえば、山もないのに木が倒れる音がするとか、どこからともなく石が飛んでくるだとか」

「え〜なにそれ。みんな聞いたことある?」


 武内の問いかけに、宮園含めた一同は首を横に振った。天羽は「そうか」と言って腕を組み、考えごとに耽っているようである。


 たまりかねた宮園が「どうかしたの?」と聞くと、彼は「俺も探そう。失せ物探しは得意なんだ」と言った。


「え、天羽くんが?」

「寄宮先輩に媚びでも売ろうってわけ?」

「違う。俺も幼子が失踪することに心を痛めてるんだよ」


 大真面目な顔で言う彼の言葉を、しかしその場にいた宮園たちは誰も信じなかった。




 # # #




「どういうつもり?」


 放課後、そそくさと荷物をまとめて教室を出ていった天羽を見て、慌てて追いついた宮園は、彼の隣に肩を並べた。


「何が?」

「小糸ちゃん探しの件よ。なんであなたがそんな積極的なわけ?」

「言ったじゃないか。心が痛むんだと」

「嘘つけ。どうせ妖怪絡みなんでしょ」

「まだそうと決まった訳じゃ無い」


 萩原は彼女の方を見て、


爾来じらい、幽霊や妖怪などといったもののほとんどは、人の気のせいによるまやかしに過ぎない。本当は論理的現実的な解明ができるにもかかわらず、無知蒙昧な者がなんでもかんでも魑魅魍魎に帰属させるから、やたらめったら怪談が増える結果となったんだ」

「リアリストなのね、あなた。祓い屋なんかやってるのに」

「祓い屋だからこそリアリストたらねばならないんだ。オカルトに腰まで浸かってる身だから、現実とのバランス感覚が必須になる。それを欠いた瞬間、即ち狂気に転落しかねない」

「……驚いたわ。意外と理性的なのね」

「当然のことだろう」


 共連れは国道沿いに大町西公園を東進する。遅咲きの桜もこの時期には既に散り際を見せており、アスファルトの歩道に花びらのカーペットを織り成していた。


 広瀬川に架かる仲の瀬橋を渡ったところで、「あたしこっちだから」と宮園は声をかけた。前を歩いていた萩原は不思議そうに振り返り、


「なんだ。アンタは行かないの?」

「行くってどこに?」

「聞き込み」

「は?」


 萩原は表情を変えぬまま言った。


「寄宮小糸が失踪した周辺でこれから聞き込みをする」

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