第30話 依頼主

 シルバとシュガーが第三ブロックまで戻ってくると、そこには大量の武装した男が倒れていた。

 手前の二人は手から血を流し倒れており、席には大量の血痕、正面の四人のうち、三人は手から出血、一人は両手を上げて降参ポーズ。


「あれ、十二人いるはずじゃ……」

「あんまり見ない方が良いよ。大分グロいことになってるだろうからさ」


 シュガーの不安をはらんだ独り言に、ボスが答える。出て行った時と同じ場所に座っているボスは、避難などせず警護対象としての役割を果たしていないようだった。

 

「奥はもちろんだけど、下も注意してね」

「……下?」


 その言葉に反応してしまい、反応してしまったからには反射的に下を見てしまう。パッと見では男が倒れているだけに見えたが、そこには壊れた銃と……斬り落とされた指が落ちている。

 そんなものを見る機会は、当然シュガーにはない。銃撃による出血ならまだしも、これは違う。切断は、心に悪すぎる。


「うっ……」

「シュガーちゃん、カラブネさんのところに戻ろうか。手、貸そうか?」

「……いえ、大丈夫です」


 落ちた指を見て気分が悪くなったシュガーを、シルバが前ブロックへと連れて行く。

 幸い、首チョンパされた六人の姿をシュガーは見ていない。窓側の席に立っていた四人は席に隠れて見えず、正面にいた二人も、キリギリスが斬った時に席の奥へと倒れていた。

 あれまで見ていたら、強がることもできなかっただろう。


「……ボス。さっき、わざとシュガーさんが下を見るようにしませんでした?」

「嫌だなぁ、僕のことなんだと思ってるの。僕だって傷つくんだ。心無い言葉を使わないでくれよ、この人で無しめ」

「その態度ではっきりしました」


 呆れてため息を吐いてから、生き残り六人を結束バンドで拘束……しようとしたが、傷の男以外は指がなく、拘束しようがなかった。

 リーダーである傷の男を制圧したおかげで戦意も喪失させたはずだが、念のため、空船が用意していた縄で体を縛る。

 死体は放置して、傷の男だけ連れて第一ブロックまで移動した。


「……すみません。まだ、体調が」

「うん、ゆっくり休みなよ。どうせ沖縄まではまだまだ時間あるんだし」

「ありがとうございます」

「それじゃキリギリスちゃん、尋問開始っ。沖縄まではまだまだ時間があるんだ、どれだけ固い口でもこじ開けちゃって」

「…………」


 全く同じ言葉なのに、ここまで変わるものか。

 シルバと共に最前席に座るシュガー。

 後ろでキリギリスが尋問を開始し、近くの席に座るボスがそれに耳を傾ける。


「では。まずあなたの名前は? 今のところ『傷の男』ですよ、あなた」

「偽名でもいい?」

「えぇ、どうぞ」

「シキだ。あいつらからはリーダーって呼ばれてるけどな」


 偽名、という言葉にボスが反応する。

 

「やっぱり君、《血弾ちはずみ》のキラーだったんだ」

「あぁ、そうだよ」


 デスゲーム運営のボスであるのだから、私怨で命を狙われることも少なくない。だが、今回の襲撃に関しては、それとは違う。

 こいつらは、殺し屋だ。

 偽名を名乗る殺し屋。そうなると、裏組織の一つ、殺し屋の斡旋・統率組織《血弾》の殺人者キラーとなる。

《今際》のオペレーターネームと同じように、人と関わることも少なくない《血弾》にもキラーネームというものがある。偽名とはそれのことだ。


「《血弾》ですか……あれ? 確か和平関係じゃありませんでした? 良いんでしたっけ、殺し合って」

「今回の会合は、《血弾》のボスが変わったことが発端だったんだよ。これからの関係性を決めるつもりだったんだけど、あっちはもう決まってるみたいだ。《血弾》のボスさんにとって目障りなのか気に食わないのか、どっちにしろ露骨に敵対してくるなんて、狂気の沙汰だよ。組織間の敵対ともなれば、普通に戦争だしね」

「私は良いですよ、全面戦争総力戦でも。今からでもシガーさん呼びます?」

「呼ばないよ、なんで君はそんなに血の気が多いのかな。会合でどうにか丸く収めて、できなければ最終手段として君が《血弾》のボスを殺せば良い。どうせ、先代ボスに戻るだけだ」


 それも物騒だろ。

《血弾》のボスが変わったことで早まった、今回の会合。それをわかったように潜んでいた襲撃者。

 裏組織会合のことは、それぞれの組織の長と護衛者にしか知られていない。《今際》はそこのところがガバガバで六課全体に知らせているが、平の職員には伝えていない。

 それは《血弾》も同じはず。


「それでシキさん。依頼主は誰ですか?」

「……それだけは勘弁してくんねえか。ゲロったら俺も生きてけなくなる」

「言わなくても死にますよ?」


 キリギリスが、鞘に収まったままの大太刀を構える。無駄に殺す気こそ無いが、情報のためなら命くらいは脅かすし、そのまま殺すことも視野に入れている。

 シキが固唾を呑み、すぐに「わかったわかった、言うから止めてくれ!」と勢いよく首を横に振った。


「で、誰です?」

「お察しの通り、うちの新ボスだよ。こっちも参ってんだ。いきなり『他組織のボス殺しに行け』とか言われる俺らの気持ちわかるか? 挙げ句の果てにはあんたみたいなクソ強いやつまでいて……あんた、うちのキラーなんない?」

「なりません」

「おいおい引き抜きはやめてくれよ。キリギリスちゃんは《今際》の最高戦力の一角なんだ、いなくなられたら困る。それに、寂しいからね」

「付け足したみたいに言うなら、むしろ言わないでください」

「本音さ、君がいないと寂しいよ。打算抜きにして、感情だけで言ってるんだよ。いなくならないでね、僕も、それにリコシェちゃんだって、きっと寂しいよ」


 そこでリコシェの名前を出すところが、ボスの嫌らしいところだ。寂しいだなんて思ってもいないくせに、他人の心まで引っ張ってきて足止めをする。

 しかも、スカウトを断ってから言ってきているのだ。何がしたいのか、と問えば、理由などないのだろう。

 敵だろうと味方だろうと、関係なく不快にさせる。それがボスだ。


「あなたたち以外のキラーは?」

「飛行機にはいねえよ。沖縄には、どうだろうな。俺は聞いてねえが、いてもおかしくないんじゃねえか」

「……ボス、後は何を聞けば良いんですか?」

「色々あるけれどもう良いよ。結局のところ会合でどうにかするしかないからね。沖縄に着いたら解放して、それでお終いさ。どうせ彼らの有用性はないし。あ、せっかくだから君もババ抜きやる? シュガーちゃんダウンしてるから、代わりにさ」

「ボスが、捕らえた敵を解放……? 隙あらば相手を不快にさせるボスが、何もせずに? ……頭でも打ちました?」

「僕のことわかってるじゃないか。あぁ、ちょっと酔っちゃった」

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裏の世界の裏役者 菖蒲 茉耶 @aya-maya

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