第20.5話 五人のオペレーター
〈メシア担当の場合〉
「はいこれ、水と薬。来る時と同じやつ」
「……帰りも必要なんですか?」
「そりゃね。この場所バレるとまずいのよ。ほら、警察とかに通報されたら次は使えないでしょ?」
たしかに、映画館から外へ出た時も森の中だった。もう少し下れば街も見えるのかもしれないが、見ただけで何県のの何市かなんてわかるはずもない。
ここから帰るとすれば、帰路を覚えたり、時間で逆算すれば範囲くらいは絞れるだろうが、それをさせないための睡眠薬だ。帰った時には朝で、部屋のベッドで寝かされているだろう。
「まぁ、まずは肩を治してからだけどね。どうせ起きたらお家だから安心しなよ」
言われて、肩の痛みが甦る。我慢できない程ではないのは、脳内のなんちゃら物質みたいなのが活性化しているせいだろうか。
「それと、気を使って言わなかったけど、ちょーっとゲロの匂いするし、早く帰りたいんだよね」
「……家に着いたら、服脱がせてから寝かせてください」
「はいはーい」
水で薬を飲んで、すぐに意識が霞み始める。眠気のせいで瞼が重くなる。
(あ、最初に言ってたこと、聞くの忘れてた)
ひろうもあって爆睡。
「あ、最初に言ったことの意味、言うの忘れてた」
〈クロメ担当の場合〉
「お疲れ様です」
「……どうも」
重い空気のまま乗車して、オペレーターは声をかけるべきか悩む。今までも同じような状況はあったが、ここまで落ち込んでいるクロメの姿を見るのは初めてだった。
眠らせてさっさと帰ろ、と思い、薬とペットボトルをクロメへ渡す。
「一つ、質問してもいいですか」
「なんでしょう?」
「他プレイヤーの情報を教えていただくことは、可能なのでしょうか」
「厳しく規制されているわけではありませんが、同ゲーム参加プレイヤーであれば、問題はありませんね。仲良くなったプレイヤーの連絡先が知りたい、などとおっしゃる方もいますし。全く面識がない場合、つまり噂話や人伝に聞いただけのプレイヤーになりますと、
「今回一緒だったメシアさんは、教えていただけるんですね?」
「はい。表世界でのプレイヤー間の争いを避けるため住所は無理ですが、連絡先であれば問題ありません」
「……もしプレイヤー同士が表社会で会っても、咎められたりはしませんよね?」
「もちろん。そこまで監視する力は我々にはありませんし。目が覚めた時には、スマホに電話番号が登録されていると思います」
「そうですか」
息をついてから、薬を飲む。
(いきなり質問攻めされてビビったぁ。この人絶対に説明書全部読むタイプだわ)
〈ラデン担当の場合〉
「おつですラデンさん。今回も上々ですね」
「はい、でも……お友達が死んじゃいました」
いつもなら、フリスビーを取ってきた犬並みに褒めて褒めてと顔で訴えてくれるラデンだが、今回は少し悲しんでいるようだった。
開口一番に褒めるのが日課になっていたせいで、空気が合わなかった。他人の死なんて気にしたことなかったはずなのに。
「そう言うものでしょ。ゲームに参加している以上は」
「そ、そうですよね。なんかすみません、愚痴みたいになっちゃって」
「良いですよ。それが私どもオペレーターの役割ですから」
「へ、へへ」
いつもの調子に戻ってきた。
こうやって、メンタルの維持のために、オペレーターを担当制にしているのだ。一人のプレイヤーに対して必要以上の心配をかけるために。
「あの……チャチャさん。いつもの、言ってもらっても良いですか?」
「今日も生きてて偉い!」
「ふ、ふへへっ」
(シャラクさんが死んじゃったのは悲しかったけど……また生き残れて良かった)
〈ユタカ担当の場合〉
担当オペレーターは、映画館の隣に建てられている監視室の一室にいた。
「……よし。ひとまず応急処置はしたけど、ここからは本部でやるので、車と担架の用意をお願いします。僕は部長に電話してきますんで、くれぐれも動かさないように」
「はい、わかりました」
担当オペレーターは、近くの駐車場に停めていた車を持ってくるために、外へと出た。
一つのゲームにつき最低限必要な人員は、二つ。「プレイヤーが団結して運営を攻撃しても制圧できるほどの力を持つ」ことが条件とされる資格「主催権限」をもつ主催者。そして、ゲーム終了後の重症プレイヤーのための医療専門三課の職員。
つまり、電話をしに行ったのは、三課職員である。
「すみません、ハレです。重症患者が出たので本部まで移送します」
『準備します。して、容体は?』
「左大腿部に棒状金属が貫通。外部の怪我は他にありませんが、失血の虞があります」
『わかりました』
それだけ言って、電話は切れる。
再び担架に乗せられたユタカは、担当オペレーターが持ってきた車の後部座席へ寝かされていた。
三課職員が助手席に乗って、本格的な治療のため本部へと戻った。
〈シャラク担当の場合〉
「はぁ……死んじゃったかぁ」
誰もいなくなった映画館の扉の前で、座り込む女性。シャラクの担当オペレーターだ。
今日で最後にする、と言っていたはずの彼女が帰ってくることはなかった。
オペレーターは聞いていた。普段は表世界の話なんて一切しないシャラクが、心なしか嬉しそうに、舞台に出ることが決まった、と言っていたことを。
「……死んじゃったのかぁ〜」
本来なら話すどころか、一目見るのにすら金がかかる若手女優と、五度話す機会があった。たった五度話した内容など、シャラクは覚えていないだろう。
しかし、彼女の記憶には残っている。
ちっぽけな彼女が、唯一誇れることなのだ。
映画館の扉を開けて……見るに堪えない、無惨な二つの死体を見る。
頭と体。本当の意味で
胃から込み上げてくる何かを飲み込んで、目から溢れようとする何かを引っ込めて、九十度、頭を下げる。
「お疲れ様でした」
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