届けられなかったクリスマスカード
@yuuyuu1010
「届けられなかったクリスマスカード」
古びた郵便局の小さな仕分け室で、アキラは今日も無数の手紙を整理していた。35歳。
夢見た未来とは違う現実の中、ただ毎日を淡々とこなす生活。
クリスマスが近づいていたが、それもアキラにとっては関係のないイベントだった。
ある日、埃をかぶった一通の封筒を見つけた。20年前の消印が押されたその手紙は、宛名も差出人もかすれて読めず、配達されないまま放置されていた。
何気なく中を開くと、子どもらしい文字でこう書かれていた。
「お父さんへ。早く帰ってきてほしい。
お母さんと一緒に待っています。健太より」
アキラは手を止め、しばらくその文字を見つめた。どこに届けることもできないその手紙は、投げ捨てるにはどこか重いものがあった。
探し始めた理由
翌日、アキラは古い記録をたどり、その手紙の出どころを調べ始めた。理由は自分でもよく分からなかった。ただ、誰かがこの手紙を待っていたのだと考えると、放っておけなかった。
かすれた住所から少しずつ情報を集めると、「健太君」の母親は10年前に亡くなり、
健太君自身もどこか遠くの町へ引っ越していることが分かった。そして、父親は家庭を離れて行方知れずのまま。
アキラはそれでも手がかりを追い続けた。
郵便配達員としての使命感というよりは、ただその手紙が「届くべきもの」だと思えたからだった。
再会
クリスマス・イブの夜、アキラはようやく健太の働く小さな工場を見つけた。
作業服姿の男に声をかける。
「健太さんですか?」
男は驚いた表情を浮かべた。アキラが古いカードを手渡すと、彼の顔が硬直した。
「……これは、子どもの頃に書いたものだ。」
健太はカードを握りしめ、低い声で話し始めた。当時、離婚した父親にこの手紙を送ろうとしたが、結局会うこともできず、家族は離れ離れになったこと。
以来、父親への想いを閉じ込め、自分の気持ちを伝えることを避けてきたこと。
「もう、届ける意味なんてないですよね。」
健太はそう言ったが、アキラは静かに首を振った。
「この手紙が20年の時を越えて君の手元に戻ってきた。それって何かの意味があるんじゃないか? もし父親が生きているなら、会いに行ってみたらどうだ?」
健太はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
父と息子
クリスマスの朝、健太は父親が住んでいるという近隣の町を訪れた。アキラに背中を押され、玄関のチャイムを押す。
扉が開くと、そこには年老いた父親が立っていた。二人は数秒間、何も言わずに見つめ合う。
「……健太か?」
父親のその一言で、健太の目から涙が溢れた。彼は震える手でカードを差し出した。
「お父さん、これ……
ずっと届けたかったんだ。」
父親はゆっくりとそれを受け取り、しわくちゃの顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「お前の気持ちは……ずっと届いていたよ。」
離れていた時間は長かったが、この瞬間、
二人は確かに家族としてつながり直した。
アキラのクリスマス
その光景を見届けたアキラは、静かにその場を後にした。家路につく途中、冷たい夜空を見上げる。
「人の思いを届けるのが俺の仕事か……
悪くないな。」
心のどこかで軽くなったような気がした。
家に帰り、簡素な部屋の窓から雪の降る街を眺めながら、アキラは初めてクリスマスの灯りが少しだけ暖かいと感じた。
おわり
届けられなかったクリスマスカード @yuuyuu1010
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