第26話 新しい従業員(候補)

 お父様を竜の呪毒から救い出した後、私達はそのまま里で宴会に参加した。


 アイビー達三人は、体の構造の関係で流石に参加出来なかったけど……功労者のクラーレだけでなく、里と人の町とを往復して奮戦したラチナも含め、エルフ達の手で盛大にもてなしを受けて、翌日にはトリンドル領の店に戻ることに。


「ふぃ〜、疲れたぁ。こんな時間だと、もう寝るだけだねぇ」


 帰宅した時点で、既に夜になっていた。

 なんでこんな時間かっていえば、宴会の後、私が昼過ぎまで爆睡していたせいなんだけど……クラーレもラチナもそこには触れなかったから、セーフってことで。


「主〜!」

「ご、ご主人様……!」

「ご主人ー!!」


「どわぁ!?」


 そんなわけで、欠伸を噛み殺しながら店の中に入った瞬間、私は三人のゴーレムの突撃を受け、派手に吹き飛ばされてしまった。


 そのあまりの勢いによって、視界の中をピヨピヨとひよこが回っている光景を幻視したんだけど……アイビー達はそれにも気付かず、思い切り体を擦り付けるように抱き着いて来る。


「主ぃ〜! もう会えないかと思いましたぁ〜!」


「あ、あはは……そ、そんなことあるわけないでしょ、アイビー。私はあなたのマスターなんだし」


 アイビーは、普段はかなりしっかり者なお姉ちゃんとして振舞ってるんだけど、今は子供みたいに泣きじゃくっていた。


 まさかこんなに寂しがるとは思ってなかったから、流石にちょっと罪悪感だ。


「ご主人様……もう家を散らかしても怒ったりしないですから、捨てないでください……ぐすっ」


「いや、いやいやいや、別にそんなこと気にしてないから! 私はほら、放っておくと無限にだらしなくなるタイプだから、もっと叱って!?」


 ツーモはアイビーよりも分かりにくく、静かに落ち込んでいた。


 確かにツーモには何度も叱られたイメージはあるけど、それで捨てたりなんてしないよ!!


「ご主人のバカーー!! 一緒に鬼ごっこしてくれるって言ってたのに、ずっといなくなってて……もう嫌いだーー!!」


「ごめん、ごめんってトリム!! ちゃんと遊んであげるから、機嫌直して? ね?」


 トリムは思いっきり癇癪を起こして、私の肩をポカポカ殴っている。


 いや、ポカポカというより、ドカドカ? 結構痛い。


 うん……次からは、遠出するにしてももう少し早く戻って来るか、手紙か何かを出そう。

 じゃないと、私の体が持たない。


「ふぅ……アイビー、ツーモ、トリム。程々にしておかないと、マスターがエルフの里から持ち帰ったお土産とお夕飯が食べられませんよ」


「「「食べる!!」」」


 ラチナのフォロー? によって、アイビー達の興味が私からお土産に移った。


 やっと解放された……と一息吐いていると、クラーレが私を助け起こしてくれる。


「大丈夫……ですか? その、エリアさん」


「うん、平気平気。子供のじゃれ合いみたいなもんだしね」


 クラーレは、私のことを“エリアさん”なんて呼ぶようになり、その手には私が作ってプレゼントした、お手製の手袋が嵌められている。


 呪毒の解毒薬を作る過程で、クラーレの毒をある程度制御する方法も分かったから、そのデータを元に作ったんだ。

 クラーレの魔力を注ぎ込むと、クラーレの魔力が毒になって周囲に拡散するのを防いでくれる優れもの。


 これさえあれば、クラーレも気兼ねなく他人に触れることが出来る。


「明日はお店をお休みにして、三人と気晴らしに遊ぼうかな。ここ一ヶ月はずっと実験のために籠りっぱなしだったし、たまには外の空気吸わないとね」


「…………」


「ん? どうしたの、クラーレ?」


 お店の中に入ろうとすると、なぜかクラーレが外で立ち尽くしていた。


 首を傾げる私に、クラーレは迷うように口を開く。


「私……まだ、ここにいていいのかな……? もう、私の毒は、調べ終わったん、ですよね……?」


「……クラーレは、どうしたいの?」


「え、私……?」


「うん」


 クラーレの言う通り、毒の解析はもう終わったし、どうしても今すぐ実験しなきゃいけないこともない。


 だからこそ、“それ”を最後に決めるのは、クラーレ自身であるべきだろう。


「やりたいことなんてやらなくていいし、やりたいことやって生きればいいんだよ。いくら長くても、人生は一度きりなんだから」


 ちなみに、と。

 私は、クラーレの手を取った。


「私は、クラーレが一緒にいてくれたら嬉しいな。うちの店、ちょうど従業員を増やしたかったところだし……クラーレなら大歓迎だよ」


「……本当、ですか?」


「本当本当。うちの看板娘になってよ! クラーレさえ良ければだけど」


「……! その、じゃあ……」


「お二人共、何をしていらっしゃるのですか? 早く中に入らないと、夜は冷えますよ」


 そうこうしていると、ラチナがもう一度お店の中から顔を覗かせた。

 言葉を途中で遮られたクラーレは、タイミングを逸したかのようにしどろもどろになっている。


「ふふ、急いで答えを出す必要なんてないよ。それより、早く行こう、ラチナの料理が冷めちゃうし!」


「は、はい……!」


 こうして私は、クラーレを連れて店に戻り、みんなで一緒にご飯を食べることに。


 お風呂に入って、久しぶりに会えた私と離れたがらないアイビー達と一緒に布団に入り、せっかくだからってクラーレのことも巻き込んで寝ることに。


 お店の方はラチナ一人に任せることになっちゃったけど……まあ、また明日埋め合わせしよう。


 そうやって、いつものように明日が来ると信じて、いつものように眠りにつく。



 けど……その夜。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 クラーレの力が爆発して、お店とその付近一帯が毒霧に覆われることになった。

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