第23話 解毒薬作り
お父様を救うために、新しい解毒薬を作る。
そう宣言した私は、以前使っていた私の実験室に足を踏み入れた。
まだ一ヶ月そこそこしか経ってないはずなのに、何だかもう懐かしさすら覚えるよ。
「……本当に、作れるの? 私から、呪毒を解毒する薬なんて……」
少し感慨に浸る私に、クラーレが不安そうに問い掛けて来る。
それに対して、私は自信を持って頷いた。
「出来るよ。クラーレの体内魔力は、ミスリルすら溶かす未知の毒魔力を中和する力を持ってる。毒の性質は違うけど、どちらも魔力を媒介として人に害を為す毒である事に違いはないから、呪毒に効果がある可能性は高い」
ただし、と。
私は、この方法における最大の問題点に触れる。
「クラーレの魔力は、少し体外に放出されただけで猛毒になるほど繊細なものだから……一歩間違えば、お父様の体に注入した瞬間に毒に化けて、逆にトドメを刺すことにもなりかねない」
そう、クラーレの魔力を薬として使うことのリスクは、ほぼこれに集約される。
使い方を誤れば毒になるのは、どんな薬にも共通した特徴ではあるんだけど、クラーレの魔力についてはその危険性が他とは段違いだ。
完全にその特性を見極めて、しっかり実験を重ねた後じゃないと、とても解毒薬として使用出来ない。
「私が診察した限り、お父様の体力は持って一、二ヶ月ってところ、それまでが勝負だよ。それを踏まえて……ラチナ」
「はい。私は何をすれば良いでしょうか?」
「必要な物のリストを作るから、それを集めてきて欲しいの。買い集められる類のものは、一度店に戻って取り寄せて」
「承知しました」
実験に必要な物の一覧を走り書きした紙を、ラチナに手渡す。
そのまま、ラチナが実験室を後にしたのを確認して……私は、クラーレと向かい合う。
「さて……ラチナもいなくなったし、これで実験を始められる。一応言っておくけど、これからやる実験の内容は他言無用でお願いね。面倒なことになるから」
「……分かった」
なぜか悲壮感漂う表情を浮かべるクラーレを見て、何を勘違いしたのか大体察する。
むしろ“逆”なんだけど……まあ、やれば分かることだし、別にいいか。
「手を出して、私と手のひらを重ねて」
「こう……?」
「そう。それじゃあ、そこから直接、私の体に魔力を流し込んでみて。ゆっくりね」
「なっ……!?」
流石に予想外だったのか、クラーレが絶句している。
まあ、毒を直接流し込めって言われてるようなものだし、その反応も理解出来るけど。
「いい? 外気に反応して毒に変わるなら、直接触れ合った状態で注ぎ込めば、毒にならない可能性がある。仮に毒になったとしても、解析魔法を使う上で、体内に取り込むのは最善の方法なの」
解析魔法は、使えば対象物の全てが分かるなんていう便利魔法じゃない。
ただ魔力をぶっかけて、その反応から対象物の情報を自分の知識に照らし合わせながら分析する、そういう魔法だ。
その精度を限界まで高めるなら、分子レベルまで私の魔力と結合する、“体内のもの”に対して使うのが最適なのは間違いない。
ぶっちゃけ、これだけで上手く行くなんて全く思ってないよ。でも、やる前と後で、無数にある仮説の一つが確実に減るんだ。
自分の納得いく解答が得られるまで、ひたすらそれを繰り返す。それが、研究ってものだろう。
「大丈夫、こんなところで死ぬつもりなんて欠片もないから。遠慮なくやっちゃって」
最後に笑みを浮かべ、それくらい余裕だと言葉と態度で背中を押す。
それを受けて、クラーレも覚悟を決めたみたい。
「分かった……いくよ……!!」
クラーレの全身に力が漲り、その魔力が触れ合った手のひらを介して直接私に流れ込む。そして──
当然のように猛毒と化したそれに冒された私は、吐き気のあまり思いっきりリバースした。
その場で。
「よし、謝ろう、うん」
その日の夜。今手元にある素材を使って出来る一通りの実験を終えた私は、一足先に寝所に向かったクラーレの下へ足を伸ばしていた。
いや、あのリバース騒動の直後もちゃんと謝ったよ? けど、軽く謝っただけですぐに実験再開しちゃったし、その後も色々とトラブって迷惑かけちゃったから、寝る前に改めて謝ろうと思ったんだよ。
「クラーレ、まだ起きて……る?」
そんなわけで、部屋のドアを軽くノックしてから入ってみたんだけど、ベッドの中でゆっくりと寝息を立てていた。
遅かったか……仕方ない、また明日の朝にしよう。
そう思って、踵を返そうとして……ベッドから呻き声が聞こえてきたことで、足を止めた。
「うぅ、あっ、くっ、あぁ……!!」
「クラーレ、大丈夫?」
すぐに駆け寄った私は、解析魔法を使って体の状態を診察する。
……自分の毒にやられてるとか、体のどこかに異常があるわけじゃなさそう。
となると、精神的なもの……悪夢に魘されてるのかな……?
「はあっ、はあっ、はあっ……!! いやっ、助け……誰、か……!!」
一体どんな夢を見ているのか、クラーレは虚空に向かって手を伸ばしながら、必死に叫んでいる。
とても見ていられなくなった私は、すぐに伸ばされた手を取って……首を傾げた。
こんなにも心を乱してるのに、魔力が全く漏れてない……?
「……クラーレ、大丈夫だよ」
疑問は一旦横に置き、私はクラーレの額に手を置いた。
寝汗でぐっしょりと湿ったその頭に、魔力を注ぎ……精神を落ち着かせるための《沈静化》の魔法を使う。
「あなたは一人じゃないから」
「う……うぅ……」
少し強引に心を落ち着かせたクラーレは、半ば意識が朦朧とした状態で、ぼんやりと薄目を開け……。
「おねえ……ちゃん……」
ボソリと、そう呟いた。
思わぬ呼びかけに目をぱちくりさせていると、段々目の焦点が合ってきたクラーレは、自分の発言を自覚して顔を赤くする。
「ご、ごめんなさい……私、何を言って……」
「あはは、別にいいよ。……クラーレ、お姉ちゃんいたんだ?」
「……い、いないよ。だから、その……自分でも、なんでそう思ったのか分からなくて……」
「そうなの? 魘されてたから、てっきり……」
と、そこまで言ったところで、あまり深く触れない方がいい話題かもしれないと思い直す。
そんな私の気遣いを余所に、クラーレは首を傾げた。
「魘されて、た……? 私が……?」
「……まあ、悪い夢なんて、覚えてない方がいいよ」
戸惑い顔のクラーレをそっと撫でて、《清潔》の魔法で寝汗に汚れた体を綺麗にする。
すると、クラーレはベッドに横になったまま、自分から事情を話し始めた。
「時々、こういうことがあるの……朝起きたら、寝汗がいっぱいで気持ち悪くて、なんだかすごく怖い夢を見ていたような……そんな嫌な感覚だけがある」
「…………」
「私が殺した人達が……こっちに来いって、言ってるのかな……」
悲痛な面持ちで語るクラーレに、今度はデコピンを放つ。
あ痛っ、と額を押さえるその顔に、私は少しばかりお説教することに。
「そういう思い込みは良くないよ。悪夢なんて、単にクラーレの心が弱ってるから見る幻みたいなものなんだから」
「……でも」
「それに。……仮に、死んだ人達がクラーレを連れていこうとしていたって、関係ない」
ずっと握っていたクラーレの手を、更に固く握り締める。
ちゃんとここにいるって、示すために。
「私にとって、クラーレは絶対に必要な子だから。だから、相手が悪夢だろうが亡霊だろうが、私が守ってあげる」
「必要……私が……」
「そう。人殺しじゃなくて、人助けのためにね」
ぐっと、クラーレが唇を噛み締める。
もう一度、その考えすぎな頭が少しでも解れるようにと、髪を梳くようにそっと撫でた。
「だから、一緒に頑張ろう。ね?」
「……うん」
クラーレの心に巣食う罪悪感が、そう簡単に薄れるとは思わない。
それでも、過去がどんなものであれ、私はクラーレの味方だ。
そう信じて貰えるように……その日は一晩中、クラーレの傍にいるのだった。
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