カミルの道
紅葉葵
第1話
「おい、さっさと起きろ」
体にはしった痛みと大きな声で目を覚ました。
洞窟の床は、硬く冷たい。
「仕事だ。いつものように頼むぞ」
俺はただ頷いて、渡された地図を持って外へ出た。
外は、曇っていて、頭も痛い。
地図の印が書いてある地点まで、息を潜めて進む。
そこには、旅人が数人いて、野営をしていた。
俺の仕事は、旅人が寝ている間に、武器を盗むこと。
盗賊が、旅人を殺しやすいようにするためだ。
「武器の回収終わりました」
「はい、ご苦労さん。ほら、今日の報酬だ」
そう言って渡されたのは、カビの生えたパン一切れだけ。珍しくご馳走だ。
正直、こんな生活はもうやめたい。
だが、仕事をしないとご飯がもらえない。
こんな、状況が続くくらいなら、いっそのこと死んだ方がましかもなと最近思い始めてきた。
そんなとき、仕事で武器を回収するついでに、ふと目についた本を拾った。
武器だけ渡し、本は隠して後から読むことにした。
その本には、短い物語が書いてあった。
むかし、毎日ひどく粗末に扱われている奴隷の女の子がおった。
その女の子は、どんな境遇でも決して、諦めなかった。
その子は、昔両親から、こんなことを言われた。
「いいかい、カミル? 決して、人を恨んだり、傷つけたりしてはいけないよ。人を傷つけるということは、自分の心も傷つけるということだからね」
「そうよ。人に優しく、正しい行いをしていれば、どんなに苦しいことがあっても、女神様がきっと助けてくれるわ。自分を傷つけてくる人に出会っても、その人の弱さを理解してあげるのよ」
カミルは、両親の言葉をずっと覚えて、それを信じていた。
どんな仕打ちを受けようとも、決して悲観的にならずに、優しく正しくあろうとした。
そんなある日、カミルは、偶然通りかかった、旅人に出会った。
旅人は、辛い状況でも、優しい心を持っていた少女に感銘を受け、少女を奴隷から解放した。
めでたし、めでたし。
そうか、どんなに辛い状況でも、正しい心を忘れなければ、いつか救われるのか。
と思えるはずがない。
俺は、今までずっと嫌な出来事の連続だった。
小さい頃に、親に売られ、奴隷になり、その後、盗賊に捕まり、奴隷以下の生活を強いられてきた。
とうてい、こんな状況で人に優しくなんてできるわけがない。
かといって、今の状況を変えられるような力もない。
ずっと、自分の無力感に打ちのめされて、もう抗う力も気力も失いかけていた。
そんなとき、仕事中に、また一冊の本を見つけた。
その本は、薬草に関するものだった。
薬なんて作っても、この状況は何も変わらないしな。
あ、毒のある植物についても書いてある。
この植物近くで見たことあるな。いっそのこと、これを作って飲めば楽になれるかもしれない。
……嫌だ、やっぱりまだ死にたくない。
現実は、物語みたいに都合よく出来ていない。
この状況を変えるには、リスクを取るしかない。
このまま、死ぬくらいなら、周りの人間を殺してでも、生き抜いてやる。
なら、やることは決まった。
植物から毒を作り、その毒で俺を利用してきた盗賊たちを殺す。
仕方ないんだ、俺は悪くない。
この状況から抜け出すには、あいつらを全員殺して、ここから逃げる必要がある。
でも、どうすればいい?
食事に毒を入れるのは、無理だ。
旅人から奪った食料に触れることさえ禁止されているから。
なら、奪う前の食糧なら、可能か?
あとは、機会があるかどうかだな。
「おい、仕事だ。さっさと起きろ」
そして、その機会は意外と早くやってきた。
これだ……!
この大きな酒樽に毒を入れれば、酒好きの盗賊は、全員これを飲むはず。
そして、少年は、旅人から武器を盗んだあと、事前に植物から作っておいた毒を酒樽の中に入れた。
リスクはとった。
もし、毒を入れたことがばれたら、殺されるだろうが、こんな生活を続けるくらいなら死んだ方がましだ。
「見たか、今日の旅人たち。泣きながら、命乞いしてやがった!」
「みっともなかったな。あんな惨めな姿よくさられるものだ!」
「それに、今日は運がいい」
「ああ、酒は貴重だからな。女神様からの贈り物だな」
「よし! 野郎ども! 今日はこの酒を飲みまくるぞ!」
そういって、盗賊たちは、毒が入った酒を勢いよく飲み始めた。
そして、数分後には、洞窟中に響いていた大きな声が、一つも聞こえなくなった。
うまくいったみたいだな。
終わればあっけなかったな。
自由になったのか……。
だが、何だ?
心が晴れるどころが、虚しいだけだ。
今まで、旅人の武器を奪い、彼らを殺すことに加担し、そして今、初めてたくさんの人を殺した。
俺は、奪うことしかできないのか。
いや、そうじゃない。これから、新しい道を進めばいいだけだ。
とりあえず、この死体を放置するわけにはいかないか。
なら、街の衛兵に知らせないとな。
少年は、街へ行き衛兵に全てを話した。
しかし、悪事を行ってきた事実は、変わらず、牢屋に入れられてしまった。
ここの床も、硬くて、冷たいな。
結局俺は、あの洞窟から出られても、何も状況は変わらないのか。
こんなことなら、毒を自分で飲んだ方がよかったのか?
そんなことを考えていると、牢屋の前に一人の衛兵が立っていた。
「おい、小僧。お前の死罪が決まった」
「……そうか」
「お前の過去、書類で読ませてもらったぞ。大変だったみたいだな」
「……何だ? 同情しているのか?」
少年は、いらついた口調で反発した。
「同情か、いや、俺はお前じゃない。書類上でしか、わからない過去を簡単に分かった気になるほど愚かではない」
「じゃあ、話しかけるなよ。俺は、今まで何一つ上手くいった試しがないんだ。必死の覚悟で、嫌な状況を逃れても、結局死罪になった。もう、何もかもおしまいだ」
「確かに現実は、努力してもどうしようもないことばかりだ。だが、お前はこの後、どうしたい?」
「は? この後って、死罪で処刑されるだけだろ」
「そうではない。もし、ここから逃れられたら、どうしたいか聞いている」
「……俺は、ずっと利用されて、嫌なことにもずっと耐えてきた。だけど、自分で行動を起こすことが怖かったから、不幸な状況を言い訳にして、奪うことしかしてこなかった」
「そうか。過去は消えないが、失敗は誰にでもある。今のお前と明日のお前は同じではない。お前は、これからどうなりたいんだ?」
「俺は……、俺は、誰かの役に立ちたい。もう、奪いたくない。誰かの役に立って、俺も生
きていていいんだって思いたい」
少年は、初めて自分の口から本心を聞いた気がした。
「分かった。なら、ここから出ろ」
「いいのか? 俺は、死罪なんだろ」
「構わん。世の中に、悪い奴らは腐るほどいる。悪ガキが一人牢屋からいなくなった程度で捜索する余力はない」
「でも、ずっと不安なんだ。俺みたいな人間が、これから正しく生きていけるのか。俺みたいな悪人は、生きている意味なんてあるのか自信がないんだ」
「生きている意味か。そんなの俺も分からん。だが、俺は、自分が正しいと思うことをやっているだけだ。自分を信じて、あるがままに生きればいいじゃないか」
衛兵は、優しく諭すように、語りかけた。
「あるがままか。でも、どうしても自信が持てないんだ。何をすればいいのかも分からないんだ」
「自信なんて無くてもいい。人に優劣もないし、物や人の価値なんて不確かなものだ。そんなことより、自分の心に正直になり、やりたいようにやればいい」
そうか、別に自信は必要ないのか。
そうだ、俺は誰かの役に立ちたい。この気持ちは嘘じゃない。
なら、この気持ちに従おう。
「分かったよ。これからどうなるか分からないけど、もう少しだけ頑張ってみる」
「ああ、きっとうまくいくさ。そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。お前の名前は、何だ?」
名前か、今までの名前は嫌だ。俺を捨てた親がつけたから。
そうだ、あの名前がいい。
「名前は……、俺の名前は、カミルだ。」
「いい名前だな。カミル、お前の道は、ここから始まりだ」
そういうと、衛兵は牢屋の鍵を開け、少年は、一歩一歩硬く冷たい地面を踏みしめながら、外へ歩いていった。
カミルの道 紅葉葵 @esea_25
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