原稿を読ませないで!〜大好きな作家は幼馴染でした〜

石嶋一文

第1章『あの夏が恋しい(仮題)』

第1話 春のある日

 最後の奥付まで読み終えて文庫本を閉じる。新進気鋭の小説家、向日葵ヒナタの最新作『桜が散るころにはあなたがいない』(津野川文庫)は向日葵先生の最高傑作だと思う。桜が散るころに出会った一組の男女が惹かれ合うが、ヒロインは実は余命宣告を受けていて……、という比較的オーソドックスな恋愛モノではあるが、向日葵先生節が炸裂したとても美しい話だと思った。特にラストシーンの描写は何が起きたか名言していないのに、私たち読者は何が起きたかが伝わってくる。椅子に座りながら自室の天井を見つめる。うーん、とてもいい作品だった。このまま後一時間くらいはこの余韻に浸っていたい。感想ブログを書くのはその後だ。なんと感想を書こうか。

 すると、部屋の扉がノックされた。

「明日実、入るわよ」

 お母さんが扉を開けて入ってきた。手には何か大きめの封筒を持っている。

「これ、隆也くんから。隆也くんが明日実宛に荷物を送ってくるの初めてじゃない?」

「……そうかも」

 椅子から立ち上がりお母さんから封筒を受け取る。お母さんはすぐに部屋を出て扉も閉めてくれた。私は立ったまま受け取った封筒をまじまじと見つめる。送り主は幼馴染の本郷隆也。宛て先は私、神保明日実になっている。封筒の封を開けて中を取り出す。中には横向きのA4用紙に印刷された二十枚くらいの小説の原稿。タイトルは『あの夏が恋しい(仮題)』。作者は向日葵ヒナタ。そうだった、忘れようと必死になっていたのに思い出してしまう。だが、そんなことよりも原稿だ。椅子に座り直して紙をめくる。何であれ推し作家の新作が届いたからには本能に従って読んでしまう。面白い、これは面白い。おお、ここでこうなってしまうのか。え、どうなるのこれ? 届いた原稿を最後まで読み終える。作品は終わっていなかった。話が途中で終わっている。続きはないかと念のため封筒を再度確認する。封筒をひっくり返すと、中からメモ用紙が一枚出てきた。そこには見覚えのある字でこう書かれていた。

「明日実さんへ 今書いている新作の原稿を送ります! これ、この後の展開をどうしたら面白くなると思いますか? アドバイスをください! お願いします! 隆也」

 嫌でも思い出す。私の推し作家、向日葵ヒナタの正体は幼馴染の本郷隆也。なんで、こんなことになっているのだろう。もう、もう!

「きちんと発売されてから読みたいのに!」


 どうしてこうなったかというと、始まりは一ヶ月前にさかのぼる……。

 

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