綴術課も大変なんです!

空代

1.一大イベント、試験編!

前編・安全な試験には、事前準備が大切なんです。

 『超空ちょうくう移動術』。高速移動術・超速移動術と違い、使う人間が限られている特定唱術しょうじゅつ。各試験を合格し複数の条件を経た上でないと受験資格を得られず、試験は国家機関が行う。その中でも一二を争うレア資格であり、


綴術ていじゅつ課で一二を争う重大イベントってワケなんだよねー……」


 いつも元気な先輩の覇気がない。いつもは跳ねている寝癖も心なしかしおれて見える。なるほど一大事だ。


「えっと、自分は」

「新人君はよく見て感じて覚えて。全部覚えられなくてもいいから体感して。ほんとはねぇ、ダンジョンとか整備方面がいいんだよ、それが先がいいの、なのにもーこんなんねぇ」


 ぐだべしゃり。そんなかんじの効果音が似合う様子で先輩が突っ伏した。何も出来ないので頭を撫でたくなるがそういう自分の欲望はしまってとりあえず殊勝な顔をしておく。


「頑張ります。最近リーダー達が集まっていたのって……」

「そ、この件。大規模だからねぇ。ほんとこれはね、みんな神経使いまくりだからもし話しかけづらいとかあったら私にね。私がなんか話しかけづらかったら別の人に言ってねぇ気をつけるけど」

「先輩は話し掛けやすいです」


 話し掛けたいですというのは置いといて即答すると、先輩がゆるりと笑った。分厚いレンズの奥の瞳も和らいだのが分かり、可愛い。じゃない、ホッとする。


「新人君はいい子で助かるよ。心の癒やしとしてイマジナリー新人君を入れておこう……」

「そばにいますが」

「居ないときだよぉ」


 つい食い気味に言ってしまったが先輩は気にしていないようだった。ははは、と笑う声に力はないが、それでも先より明るい。

 突っ伏していた体を起こし、先輩はんーと伸びをした。猫みたいだ。


「超空移動術については習ってると思うけど、新人君は覚えている?」

「特定唱術ですよね。実際初めて使用する時は試験の場でないといけないタイプで、資格取得者は本当にわずかだとか」

「そう。試験のために事前に何度も練習する、ではなく、初回発動時を国家機関で管理するもの。さて、なんでそんな厳重なのか? 高速移動術とかとだいぶイロが違うよね?」


 まるで自分が試験を受けているようだが、これは復習がてらの確認と実際を繋げるためのものだろう。綴術の基本は膨大な知識で成り立つ。


高速移動術ミドルジャンプ超速移動術ロングジャンプは跳躍移動術に速度スピード増加や術式強化バフを組み合わせたものです。なので移動は基本屋外想定。超空移動術はそもそも仕組みが違います。

 超空移動術は、異層の中を潜るもの。極めれば異界渡りにも通じると言われている。だからこそがないよう、管理する必要がある。……ですよね?」

「そのとおり! さすが新人君」


 よく出来ているよ、と言いながら先輩が紙の束から一枚引き抜く。一緒に取り出したのはカードで、綴術の組み合わせを考える時に使うものだ。

 先輩はカードを半分ひしゃげさせるようにすると、上から下に流すように落とす。カードが傷むし見落としそうばやり方だが、先輩が好んで行うクセだ。まあ、個人のカードだし問題はないのだろう。

 先輩は慣れた調子で数枚抜くと、カードを一枚立てた。


「基本的に、優れた唱術士は異層の――うろの影響を受けやすい。綴術で道理を通したと言われるこの世界で、うろの不規則を詠唱で整え利用するんだから当然だね。うろの影響を一切受けない『時渡り』が唱術を使えないように、膨大な力を持つ唱術士がうろに近づくことはに成りかねず危険だ。なのに超空移動術は、うろに満ちた異層を潜る」

うろの影響を受けないように、唱術を使いながらも自身を守る防衛術が必要で、併用しながらの高度な唱術故に難易度が高い、んですよね」

「そう。しかも異界むこうに行かないように、ちゃーんとうろを警戒する思想も大事なんだけど、まあ警戒したら使いたくないよねー!」


 くるり、と先輩の指先でカードが回る。そうしてからつまみ持った先輩は、そのままカードをこちらに掲げた。


「自分を守れるくらいに強い力を持つか、体質的にうろに馴染みにくいのに高度な唱術を使えるくらいに強い力を持つか、いっそその両方。それでいてうろに警戒しながらも国の為に学び、試験を受けようとする人材。どんな命だって大切で比べてはいけないと言うけれど、とはいえはちゃめちゃに貴重な命、人財、国財だ」

「はい」

「なーのーで、試験が初回発動時になるのです。そして綴術課わたしたちの仕事が大きいのです!」


 デカデカのデカイベントだよ、と言いながら、先輩がカードを置いた。そうして先に出していた残りのカードから二枚拾い上げ、置いたカードの隣に間隔をあけ置く。

 しかし、少し不思議だ。唱術と綴術の関係は切っても切れないものだが、唱術の定義づけではなく既に完成した唱術に対して綴術課が行うことと言ったら補佐程度に思える。


「えっと、試験自体は受験者の師である唱術士が行うのですよね?」

「うん。他にも異界物モンスター対応にうろの影響が低い衛士の人とかそこそこいろんな人が出るね。これは術の発動時に対応出来るようにだ。

 さて、ここで綴術とは? という基本的な話になる」


 こちらの疑問を待ってましたとでもいうように、先輩はにんまりと笑った。

 綴術の基本。古き時代、世界は綻びうろに呑まれた。無秩序、非合理、道理なきその場所で、しかし世界は失われなかった。うろの中、道理を作りしものがあったからだ。その道理を作りしものが用いたのが古綴術こていじゅつ。我々がうろの隣人として生きることになり、その綴術の範囲が世界となった。故に、虚を挟んで異界がある。異界と異界の間は異層と呼ばれ、そこに馴染んでしまえばこの世界で生きることが出来ない。

 この世界に関わるうろはすぐそばにあり、場合によっては虚に道理を敷くために綴術を届けようと命を懸けることもある。

 だからそう、綴術の基本は。


「虚からまことを守るために、道理を綴る、ですか」

「そうだね。理屈として、今この世界の土台を我々は紐解きながらも綻びを直すことを主な仕事としている。この世界と、異層と、虚。異層とこの世界の間に綴術があるのが基本の状態だ」


 一番左側のカードの隣、一つ目の間に先輩がペンを置いた。おそらく、左側のカードをこちら側、真ん中のカードを異層とみなしたのだろう。ということは、右側のカードはうろ。置かれたペンは古綴術。


「さて、超空移動術は異層を潜る。初回はこの影響をできるだけ最小限にしたい。というか、成功するならいいんだけれど失敗する場合の救助だね。うろに溶かさないようにしたい、というわけだ。ということは~?」


 左側のカードが、ペンと真ん中のカードを超えて、真ん中のカードと右側のカードの間に。

 ……無茶苦茶な気もするが、なるほど。


「だいぶ無茶だとは思うんですけれど、その。……虚と古綴術の間に綴術を敷く、ですか?」

「ご名答! とはいえそんなところに綴術を届ける人はいない。まあ超空移動術使える資格者を、試験管以外にも総動員したらできるかもだけど……綴術を流した後ならまだしも流している最中の唱術、あまりにも危険だから現実的じゃない。

 なので、正確には命綱のような安全網セーフティーネットのようなものを作って置きます。それがない時とある時で唱術の挙動が変わらないように!」

「うわ」


 思わず変な声が出てしまった。無茶だ。ちょっとでも綴術を齧っていればわかる。めちゃくちゃな無茶だ。


「基本は蓄積されていても、綴は消耗するし綻びを直したりそもそも虚やら異層やら変動するもので、構文は変わるよね! しかも実際にできているか試すのも無茶だよね! うろの仮想を作ってダンジョン利用して異層を使った動作チェックもするけどさあ! 作っても作っても! 不安は! 残ります!! 受験者の命がかかっているので!!」

「うわぁ……」


 さっきと同じような言葉になりそこなった声だが、さっきよりもドン引いた心が声に乗ってしまった。それは無茶だし、胃に来る。

 なるほど、先輩たちのメンタルにくる。ピリピリするのもそれはそう。


「自分たちの安全管理、仲間の安全管理も神経は使うけどさ。受験者の命は、こう、いつもと違った神経を使うので……イマジナリー新人君を胸に入れておくね……」

「自分で癒されるならいつでもおそばにいますが」

「あはは、ありがとねー」


 十分本気なのだが、笑って流されてしまった。とはいえ、あんまり本気とかこの内心がバレてびっくりさせるのもまずいから流されてなんぼでもあるし殊勝な顔で止めておくけど。


「ま、とりあえずひと踏ん張り頑張って、そしたら整備の仕事で基本触れると思うから! 新人君の今日の課題はこれね。穴埋め問題。いつも通り、困ったらとりあえずカードで埋めてからこっちに振って。必ず埋めてからになるけれど、わかんないとこはメモってどんどん聞いてね。忙しくても新人君との時間は大事だから!」


 にこやかにいつもの笑顔を作り、先輩が書類を差し出すのを丁寧に受け取る。

 大事、という言葉にちょっと変な顔しそうになるのを書類に視線を落とすことで何とか耐えた。


 はー、早く役に立って先輩にめいいっぱい褒められたい!

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