その扉の閉音に
月見トモ
残り時間00:00:00:29:50
「試験終了まで、残り三十分です」
脳内で響くその声は、何処までも僕の身体を震わせる。まるで月と太陽が、0と100が、黒と白が、右と左が、戦い合う様に僕の脳内は活性化されていく。
そう、簡単に言うとパニックだ。
今は昼の1時半。いや、皆様がお住みになっている現世では真夜中の3時半だろうか。パニックになると時間の感覚すら忘れてしまうのだと、たった今知った。
今、僕は試験の最中であり、この試験は今後の僕の天界生活を左右すると言っても過言では無い。
天界とは、死後の世界だ。僕はこの世界に来てから十年のベテランになるが、あるひとつの試験に合格出来ないと、僕は二年間現世に遊びに行けないらしい。
『オリさん。天界の扉は現世で言うところの朝の4時で閉まるってご存知ですか?』
『……はい』
『今後時間通りに帰って来れないなら、遊びに行くのは辞めて欲しいです。天界の扉を時間外に開くのは御法度ですし、バレたら処分されるの私ですよ』
天使は泣きそうな瞳で僕にそう訴えかけた。
そう。僕は門限を守れない迷惑な住人だった。
現世に残して来た家族に会う為、そして現世にしかない植物を観察しに行く為に遊びに行く。毎週遊びに行くその中で門限通りに帰って来たのは恐らく片手分もない。
時間を気にしてない訳ではない。僕は根っからの家族好きで、根っからの植物オタクで、根っからの。
『方向音痴もいい加減にしてください』
『……何年経っても、複雑な道は覚えられなくて』
『……二時間以内に帰って来れるか、今から試験します。帰って来られなければ、二年くらい遊びに行くの禁止にします』
『そんな権利が、あるんですね』
『天使舐めないで貰っていいですか?』
そして、今に至る。最初は冗談半分に受け取っていたが、天使の周りの草木が徐々に赤紫に変わっているのを見て、それは本気の怒りだと感じ取った。
二時間もあれば充分だと思っていたものの、時間配分が全く出来ていなかった僕は、初めの方をゆっくりとし過ぎたせいで今更焦りが出始めてきている。
光る洞窟を抜けて煌々とした星空の道を歩く。真下を見れば透けた硝子道に恐怖して、とても急ぎ足では通れない。
「……やはりこの道は慣れないなぁ」
震えた足で渡っていると、脳内で残り三十分という天使の声が聞こえてきて震えが増した。
「この後は、えっと……そうか、確か右に行けば森があったような……」
記憶を頼りに僕は進み続ける。左右に曲がり、直進したと思ったら行き止まりで引き返すを何度も繰り返した。
「まずいな……」
あと少しで着くはずが、どうしても見慣れた道に辿り着かない。
「……ん……?……っ!!あれか!!」
そう焦っていた時、いつも通っている道にある天使のオブジェを見つけ、思わず方向を変えて走った。
きっとこの道で合ってる。そう信じて、ただただ全力で走る。森の中を、走る。ヒカリゴケや神秘の欠片が辺りに散らばっていて惹かれて興味が湧くがとにかく走る。
『『残り、十分です』』
「あぁ、分かっているさ、でも少し……これはなんだ……!」
見たこともない草木が僕の走る道で光り続ける。
「こんな道通ったか? でもあのオブジェは確かにいつも見ているやつだよな……」
少し疑問に思いながらも、走り続ける。立ち止まってはいけない。この試験は今後の僕の天界生活を大きく左右する。現世に遊びに行けなかったら、家族にも会えなくなる。そんなのは御免だ。
走れば走るほど、美しく佇む大樹が気になる。その大樹の根元には多くの神聖な雫が流れ、暗い空間のはずなのに、各々の植物が放つ青や黄色の光で眩しい。
「なんだあれ……! あの葉っぱ……! あんな色で光るのか?!、どうやって……」
『残り、二分です』
「あぁぁぁぁぁぁ!!!! もう!! なんだこのキラキラの葉っぱ! 見たことないぞ! くそぉぉ!! 後でじっくり観察してやるからな!!!! この道覚えたからな!!!」
植物にまみれた綺麗な空間を全力で走り抜けないといけない悔しさが怒りに変わり、僕は謎に大声を出して駆ける。
『残り、四十秒』
「まって、まって……まっ!!あ!」
その瞬間、
煌々としたキノコの胞子が宙を舞う。
地面が凄い音を立てる。
ふかふかな葉っぱがクッションになる。
試験結果は、皆様のご想像におまかせする。
その扉の閉音に 月見トモ @to_mo_00
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