試験開始はいつですか
燦來
試験開始はいつですか
試験で良い点数を取ることが全てだと思っていた私は、難関大学に進学し有名企業に就職した。大学の試験も入社試験も主席だった。
試験。それは、一つしかない正解をどれだけ覚えているか。つまり、どれだけ暗記できるか。というものだ。
幼い頃から勉強ばかりしてきた私は知らぬ間に暗記するスキルが身についていた。そのおかげでどれだけの試験をパスしてきたかわからない。
〇〇試験と言われるものは得意だった。
だって正解がわかっているから。
「河原さん。この企画書。オリジナリティが全然ないよ。もっと若いんだから頭柔らかくしないと」
頭を光らせた上司が私が作成した企画書片手にため息まじりで話しかけてきた。
これまでの人生「優秀」だと言われていた私は会社では「劣等」だった。
「はい。すみません」
そう言いながら企画書を受け取るが、オリジナリティとは何なのかがわからない。教科書を暗記して生きてきた私にとってオリジナルというものはとても難しかった。
返ってきた企画書をぼんやり眺めていると、オフィスの入り口がワッと盛り上がった。
「田口くん。君、また大手テレビ局と契約結んでくれてありがとう。あそこの社長も田口くんの独創的な企画にとても興味を持たれていたよ! 他の企業にもお薦めしてみるって! 本当に君は優秀だな」
ハゲが嬉しそうに営業から戻ってきた男性を褒めている。
田口裕也。私の同期。偏差値のない芸術系の大学出身だ。
私の同期は彼一人しかいない。入社直後は、難関大学卒業の私が優秀とされ沢山の仕事を任されていたが、知らない間に彼の方が仕事を任されるようになっていた。
独創性。オリジナリティに溢れる企画がポンポンと思いつく彼はきっと天才だ。この会社にとって優秀だ。
教育の詰め込みで育ってきたのに、みんな同じようにと校則で固められていたのに、どうして大人になると枠からはみ出したものが評価されるのだろうか。
考えれば考えるほどこれまでの自分の人生が馬鹿らしく感じるので考えないふりをする。
「河原さん。あの、この企画なんですけど」
パッと顔を上げると田口がいた。彼の手にはあの企画書が握られている。同期にも侮辱されるのか。と思い自傷気味にそれを取り上げる。
「あー、つまんない企画だよね。オリジナリティがないって課長にも言われた。いいね、田口くんは優秀で」
口にしてから、しまった。と思った。慌てて弁解しようと彼をみるとムッとした顔をしていた。
「つまんない企画じゃないですよ。だって、この企画、前にうちの会社がした企画を合わせたやつですよね。改善点に書かれていたのもちゃんと鑑みて修正してある。俺、感動したんですよ。俺は、自分の頭にあるものしか書き出せない。けど、河原さんは、今までの反省も全部活かそうとしているじゃないですか。なんでつまらないとかいうんですか。めっちゃいい企画ですよ」
彼から取り上げた企画書をみるとそこには彼なりのアイディアが書き加えられていた。
「俺もこの企画好きだったんです。けど、どうやって改善点を直せばいいのかわからなくて結局自分の頭の中にあるやつ提出したんです。」
そう言って私の隣に座った。
「ここだけの話ですよ? 課長は、目新しいものが好きなだけなんです。俺の企画って大学のサークルで友達とお遊びで考えていた非現実的なものが多いんですけど、斬新だから気に入ってくれているだけなんです。てか、年配の人ってそういうこれまでにないものみたいなものが好きなんです。でも、多分どんどん詰めていくと不可能だってバレるんです。でも、河原さんのこの企画書は絶対実現できます。だって、やったことあるやつだから。この追加で書いているやつは、俺の非現実案を可能にできそうだと思ったやつです。せっかく同期なんだし協力してくれませんか? 俺が、案出して、河原さんが現実的にする。最高のペアになりません?」
課長に聞こえないようにトーンを落としながら話した彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
私が勝手に僻んでいただけで彼はきっと何とも思っていないのだろう。純粋な彼の瞳は私の偏見の眼を浄化していく気がした。
「仕方ないな。いいよ。やってみよう」
こちらから頭を下げたいような提案だったが、素直になれない私はなぜか上から目線になっていた。
それでも彼は、パッと顔を明るくして私の手を取った。
「ありがとう! これから頑張ろうね!」
そう言ってスキップでもしているのかというほどルンルンで自分のデスクへ戻っていった。
大人になると、「これは試験です」なんて一度も言われない。知らない間に比べられて、知らない間に判断されている。
何が正解なのかもわからないこの試験が求めてくるのは、オリジナリティで、それを養う方法は誰も教えてくれない。
そう思っていた。
大人の試験は、一人で乗り越えなければならないものではない。正解が一つではないように、誰かと協力するのもありらしい。
短所と長所を少しずつ誰かとカバーし合い作品を作り上げていくのでいいのだ。
人生はずっと試験を受けているようなものだ。それは、公表されているものもあるが、されていないものの方が多い。
失敗も成功も繰り返しながら、一つではない正解を探し求めていく。
それが人生というなの試験である、と私は思う。
試験開始は、産声を上げた瞬間から始まっている。
試験開始はいつですか 燦來 @sango0108
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