小悪魔の護り手 ~小悪魔に転生した冴えないモブおじさん、異世界で少女を救う~

善江隆仁

第1話

 『男』の命は、きかけていた。


 暴漢達ぼうかんたちに蹴り続けられ、赤く染まった彼の瞳には、逃げていく少女の姿が映っていた。


 人気ひとけのない公園前。無理やり手を引かれ、黒いバンに連れ込まれそうになっている少女。相手は複数。勝ち目のある勝負ではない。だが、『男』は、それを見過ごす事は出来なかった。


 ――こんなえないおっさんでも、最後に少女を救えたのか……。


 特段、良い事も悪い事も無かったむなしい人生。だが、最後の最期で人一人救ったのだ――『男』は、自分にそう言い聞かせ、自身の人生にケリをつけようとしていた。


 遠くからサイレンの音が聞こえて来る……。

「ヤベェ、サツだ」

 暴漢達ぼうかんたちは、一斉いっせいに逃げて行った。


 残された『男』に最期の時が近付いている。次第に視界はぼやけ、そして、何も見えなくなった。


「心優しいお方。神は言っています、ここで死ぬ運命さだめではないと」

「どっかで聞いた台詞セリフだなっ」

 頭に響くその優しい女性の声に対し、『男』は、思わずツッコんでいた。


 これは私達の住む世界とは別の世界。剣と魔法が支配する世界での物語……。


             *


 次に目覚めると、『男』は、汚い牢獄ろうごくの中にいた。


「見知らぬ、汚ねぇ天井だ」

 『男』は、思わずつぶやいた。


「せ、成功した」

 声のした方に視線を向けると見窄みすぼらしい服を着た少女の姿があった。


「彼女が所謂いわゆる、貴方のマスターよ」

 今度は、耳元で声がする。そちらに振り向くと肩の所にキトンの服を着た妖精が宙に浮いていた。

 その妖精は、翠色エメラルドの美しい髪をかきあげながら、更に続ける。

「私は、セシリー。貴方のナビゲーターよ」

「ナビゲーター? 妖精……、ではないのか?」

「うーん。見た目はそうだけど、ちょっと違うわね。私は、神様からつかわされたサポート役。貴方には、私が生きているように見えるかもしれないけれど、そうね――、貴方の世界で言うプログラム? みたいなものよ」

「良く分からんが、そう……なのか……」

「まぁ、そのうちにれるでしょう」

「はぁ」


「ちょっと、無視しないで下さい!」

「く、苦しい」

 『男』に付けられた首輪がゆっくりとしぼられていく。

 その苦痛に押される形で声の主の方を向くと、存在を無視されしびれを切らした先程の少女が、こちらをにらんでいた。


「ああ、これって、隷属れいぞくの首輪ってやつね。貴方、完全にこの生殺与奪せいさつよだつの権をにぎられているわよ」

「んんんーっ!」

 『男』は、声を出せないながらも、必死にセシリーに助けを求めている。

「ああ、ごめん、ごめん。そこの貴女、やり過ぎると折角せっかく呼び出した使い魔が死んじゃうわよ」

「あっ!」

 我に返った少女が魔力をいた。

「はぁ~。死ぬかと思った〜」

 男は安堵あんどの声を上げた。

「私があるじなのに、無視するからいけないんです」

 少女は、ぷくりとほほふくらませながら抗議こうぎした。

「ごめんなさね〜。この子、この世界の事、まだ何も知らないのよ。許してあげて」

「おい、大の大人を子供みたいに言うな」

「その台詞セリフは、自分の格好を見てから言って欲しいわね」

「あん?」

 『男』は、セシリーの言葉を聞き、思わず自身の体に視線を向けた。


「あーーーーっ!」


 思えば、立っているのに地べたに座っている少女と同じ目線である。そこで異変いへんに気付くべきだったのだ。

 この場所に鏡等ある訳が無い。『男』は、あわててこの牢獄内ろうごくないに設置されているき水の流れ出ている場所に向かうと、そこに置いてあったおけを拾い、その中に水をめた。


 月明かりの中、おけに自身の顔が浮かぶ。


「な、なんじゃこりゃあ」

「今更〜?」

「何だこの、熊のぬいぐるみに角と翼が生えたような見た目はっ!」

「可愛らしい悪魔の姿じゃないの?」

「いや、そうなのだが、俺は、そんな事を聞きたい訳では――」

 『男』の言葉をさえぎるように再び彼の首輪がまる。


「また私を無視してっ!」

 少女は、再びむくれていた。


 彼女の名前は、ソフィア。こんな場所に居るにも関わらず、その亜麻色あまいろの髪はサラサラとして美しく、月明かりで輝いていた。

 しかし、それには理由があった。

 彼女は、今年、十六せいじんになったばかりの巫女で、神への儀式を行う為、常に身をきよめていると言うのだ。


「なるほど。それでそこにき水が引かれているのか」

「そうです。あそこでいつも体をきよめています」

「俺は、てっきり、ここは牢獄ろうごくなのかと――」

 『男』がそう言いかけた時、セシリーが彼の肩をたたき、その言葉をさえぎった。

「ここは、牢獄ろうごくよ。魔法の結界けっかいってある」

「はぁ?」

「魔力のある者をめておく為のおりだわ」

「そうなのか? だとしたら――」


「また二人で内緒話ないしょばなししてっ!」

「ちょっと待った。首絞くびしめは、もう勘弁かんべんしてもらいたい」

「だったら、私を無視しないで下さい」

「分かった。分かったから、少し落ち着こうか」

面倒臭めんどうくさそうなね」

いでででで。今の、俺じゃ――」

 『男』は、再び制裁せいさいを受ける羽目はめとなった。


             *


「で、お二人は――」

「私は、セシリー。この子の付き人? みたいなものね。それから、この子は、異世界から転生した人で――」

「転生?」

「そう。この世界とは別の世界で一回死んで、それでこの世界でこの姿で生まれ変わったって訳」

「へぇ~」

「だから、気を付けて。見た目はこうでも、中身はおっさんだから、きっとイヤらしい目で私達を見ているに違いないわ」

「おい、しれっと失礼な事を言うな」

「テヘペロ」

 セシリーは、舌を出しながら、おとぼけた。


「貴方は、本当はおじさんなのですか?」

「ああ、そうだ。どこにでも居るただのモブおじだ」

「モブおじ……さん?」

「ああ」

「それで『モブおじ』さんは、別の世界で一回死んで――」

「いや、『モブおじ』って言うのは、名前でなく――」

「?」

 ソフィアは、小首こくびかしげながら、不思議そうに次の言葉を待っている。

「はぁ……。もう面倒臭めんどうくさいから、それでいい」

「ん?」

 ソフィアは、再び首をかしげた。


「ちょっと、誰か来るみたい」

 セシリーが何かの気配けはいに気付き、二人に声を掛ける。

「たぶん、見張みはりの人です。どうしましょう」

 ソフィアは、少し動揺どうようしていた。

「ちょっと貴方。透明になる感じをイメージしてみて」

「何で?」

「いいから、言う事聞いて! 時間がないわ」

 セシリーが、苛立いらだちながら小声で指示を出す。

「分かった。やってみるよ」

 モブおじは、静かに目を閉じると、自分が透明になるイメージを思い浮かべた。

「スゴイ! 見えなくなりました」

「何?」

 モブおじが目を開けると、自身の手が透けているのが見えてきた。

「ホントだ」

「これが、貴方の能力。他にも出来るから、おいおい教えていくわ」

「そうか」


「おい、お前! 誰としゃべってるんだ? もしかして、もうこわれたんじゃないだろうな?」

「私は、誰ともしゃべっていませんよ。何かのちがえじゃないですかね」

「まぁ、いい。お役目だ。さっさと来い」

「はい……」

 『お役目』という言葉を聞いた瞬間、ソフィアの瞳から光が消えた。

「おい……大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ぐに戻って来ますから……」

 ソフィアは、ぎこちない笑顔を浮かべながらそう答えると、見張みはりに連れられ、どこかに行ってしまった。


「あれ、絶対に大丈夫じゃないわよね……」

「ああ……」

 二人は、不安げな表情で彼女を見送った。

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