車を買い替えるぜよ!と心に決めた日
こんにちは&こんばんは。
引き継ぎ田舎で嫁をやっています、小烏と申します。
(2025年の)一月に雪が降って二躯のマイカーでは雪道を怖くて走れませんでした。しばらく夫に軽トラで職場まで送迎してもらったのです。
カクモトである北の大地の奥様から「四駆だと雪道も安定していいよ」との助言もあり、マイカーを四駆にしようかという話しが浮上しました。
我が愛車は平成13年生まれのスズキのMRワゴン。卵型で白身色。内装は濃紺の布貼です。中古で買ってそろそろ10年。アチコチに不具合も出ていました。何度も修理も出しています。そろそろ(買い替え)かなぁと思いつつ、田舎に来る前からの相棒と別れるのが忍びなく乗り続けいるのでした。
ところが二月の節分寒気で大雪に襲われまして、二躯では全く身動きとれずマイカーの買い替えがグッと現実味を帯びました。
夫もその気になりまして、ではまずはリサーチからと言うことになったのでした。
ところでいきなりですが、ここで小烏のマイカー遍歴について語ります。
(みんな! ちゃんと付いてきてね!)
最初の一台は通勤のために買った中古のスズキのアルトでした。パワーステアリングもない重たいハンドル。くるくるハンドルを回さないと開かない窓。エアコンもついていない車でしたが、真っ赤なボディが自慢でした。
実父は交通事故の怪我人をたくさん見聞きする職場でしたので、免許はともかく自家用車は危険な代物だと大反対していたのです。なので両親ともに免許を持たず、我が家に車はありませんでした。移動は自宅前にあった電停で電車に乗るかタクシー。父は自転車通勤でした。
しかし小烏の就職先はバスや電車では乗り換えが大変でしたので、渋々許可がでたのです。そして小さくて真っ赤なアルトを手に入れたのでした。
小烏の次に免許を取ったのは還暦になった母でした。母は実祖母(母の母親)の介護のために免許を取ったのです。母が乗っていたのはニッサンの確かサニーという名前の車でした。このサニーも中古車で、軽四しか運転したことのない小烏と免許取りたての母はこの中古のサニーで県を跨ぎ山を越えて、はるか出雲大社までドライブして親族を慄かせました。
出雲大社参りが効いたのか、夫と出会ったのはその直後です。
小烏がアルトの次に運転したのは夫の愛車、トヨタのスプリンター。スポーツカーのような形で後部座席は乗れたものではありませんでした。子どもが生まれた時にチャイルドシートをつけていたのは軽四のアルトのほうでした。
次は増えた家族のために一気に大型の中古ワゴンに手を出しました。確かトヨタのタウンエースと言いました。天井に窓が付いていてサイドの窓にはカーテンもついていました。(このカーテンはなかなか便利でした)二列目のシートは運転席と助手席のように分かれていて七人乗りで、確か五速だったように思います。
このタウンエースは本当にいい車で乗り心地もよくて帰省の長距離ドライブの時も楽で助かりました。ずっと乗っていたかったのですが、車の裏が錆び錆びでマフラーが落下。知り合いの車屋さんで二度直しましたが、残念ながら買い替えとなりました。
乗り心地の良かったタウンエースのあとは同じく中古トヨタのハイエース。これはかなりランクダウンでしたが、八人乗りだったので帰省した田舎では家族全員(義両親と義祖母)乗れると重宝されました。
この中古のハイエースは帰省先から戻る途中、高速道路に乗る直前でサイドブレーキが故障してしまいました。運のいいことにこの時は車二台で移動していたのでハイエースは近くのスーパーに許可を取って置かせてもらいました。
そういう遍歴の最後に今のスズキの軽四になったのでした。
大型で座席が高く見通しのよかったワゴンから、ちっちゃい軽自動車へ。地面の近さに驚きつつも小回りが利くのが軽四のいいところですね。慣れないうちは右左折で大袈裟に大回りしたのもいい思い出です。
蛇足ですが、その頃夫は単身赴任で島根、山口、広島と渡り歩き、この間夫は亡き義父のホンダのクーペに乗っていました。このホンダさん。とっても走り屋の車で加速は気持ちよく高速での乗り心地はホンダが一番でした。
******* 続く *******
(明日もおたのしみに)
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