【カクヨムコンテスト10短編】僕と試験官

おひとりキャラバン隊

僕と試験官

(困った事になった……)


 これは神のイタズラか、はたまた誰かの陰謀か?


 県内屈指の進学校であるT学園高等部への入学試験に挑んだ僕は、T学園校舎内の3階の教室に入り、受験票が置かれた机の前に座っていた。


 正面の黒板には試験の注意事項が書かれている。


 大した事は書かれていない。

 書かれているのはありきたりな注意事項だ。


 私語は禁止、スマホは電源を切ってカバンの中に入れる事、筆記用具は鉛筆と消しゴム以外使ってはならない等、要はカンニングに繋がる事は禁止するといった内容だ。


 次の試験は数学だ。


 特別得意な教科ではないが、苦手な教科でも無い。


 むしろ好きな教科といってもいい。


 なのに、一体何が困っているのかって?


 それは……、教壇の横に置かれたパイプ椅子に座っている試験官が、モロ僕好みの美人のお姉さんだったからだ。


 しかも、清楚な感じのブラウスと紺色のタイトスカートの組み合わせというのも、僕のストライクゾーンにドハマリしている。


 しかも、僕は教室窓際の一番前の席。


 つまり、僕は試験官のお姉さんの目の前に座っているのだ。


 そして、試験官のお姉さんからは、シャンプーなのか柔軟剤なのか、何とも言えない良い香りが漂ってきて、何よりも足を揃えて座っている彼女のスカートの奥が、見えそうで見えないという絶妙な状態になっているのだ。


 これは僕の席からしか見られない絶妙な位置関係で、試験官のお姉さんは僕の視線にはまったく気付いていない様子。


 覚えてきた公式や数式は忘れちゃいないが、思春期真っ盛りの15歳の僕にとって、目の前の美人のお姉さんの揃えられた膝小僧の奥に潜むスカートの奥に対する探求心に勝るものなど無いのだ。


(ダメだ……、試験に集中できそうにない…)


 僕は勉強が嫌いな方ではない。


 むしろ好奇心が旺盛で、数学の答えの導き出し方や化学の実験などは大好きだし、世の中に直接関係する社会科の勉強も嫌いじゃない。歴史の授業、特に日本史なんて大好物だったし、本を読むのが好きな僕にとっては国語や英語も身近な存在だった。


 が、好奇心旺盛な僕だからこそ、生まれて初めて自分が経験する「思春期」という成長過程における不思議な感覚を無視は出来ないのだ。


 中学3年生の時にクラスメイトの女子がみんな可愛く見えてきた時などは自分でも驚いたものだ。


 しかし、それが「何故なのか」を追求してゆくうち、それが「性の目覚め」なのだと知った。


 そして、僕がもう一つ目覚めてしまったのが、女性の下着の魅力だ。


 美麗で繊細なデザインの様々な女性用下着。


 男子用の下着とは明らかに違う、独特の美しさがある。


 しかも、身に付けた途端に女性を官能的に彩る事を、インターネットで見つけた大人のサイトで知ってしまった。


 何故だ?


 たかが布切れの集合体である筈の下着ごときが、何故そこまで女性を美しく彩るんだ?


 その興味に直面した時、僕は他の勉強に手がつけられなくなる自分に気付いた。


(これではいけない。今の僕は受験勉強しなくちゃいけない時期なんだ)


 そう自分に言い聞かせ、それからは女子生徒とは口をきかず、美しい女性を見る度に目を逸らして努めて意識しない様にしてきたのだ。


 なのに今!


 正にこれまでの努力の集大成を試される入学試験の場で!


 偶然にも僕の席が窓際の一番前の席になり、目の前に美人のお姉さんが試験官として座っている。


(意識しちゃダメだ! 今は試験に集中しなくちゃ!)


 そう思っている僕の鼻孔を、お姉さんから漂う甘い香りがくすぐり、否が応でも僕の意識を試験官のお姉さんに奪われて行く。


(何故だ! 僕を落第させる気か? これはいったい誰の陰謀なんだ!? それとも、これは神が与えた試練なのか!?)


「大丈夫? 気分が悪いの?」


 まるで女神の囁きかと思えるその声にハッとして顔を上げると、試験官のお姉さんが少し身体を前屈みにして心配そうな顔で僕の方を見ていた。


(ああ……、何て綺麗な……、しかもいい匂いがするし……)


「あ……、だ、大丈夫です」

 と、緊張でかすれた声で僕は答えたのだが、その目には、前屈みになった試験官のお姉さんのブラウスの奥にチラリと見えた、シルクの様な艶やかな光沢を放つ、薄いグリーンのブラ紐が映っていた。


(ああ! 何と美しい! そして何とエロチックな!)


「本当に大丈夫? 額に脂汗かいてるし、呼吸も荒いけど……」


(ああ! やめて下さい! ただでさえ、むしゃぶりつきたい衝動を必死で抑えているんです! それ以上近づかれると、僕はどうにかなってしまいそうです!)


「だ……、大丈夫ですので……」

 と、僕は目を瞑って両手で自分の肩をギュッと抱く様にしてから、大きく深呼吸した。深呼吸をした事で、少しだけ冷静さを取り戻す事ができた。


(ふう……、少しだけ落ち着いた……)


「あと2分で試験が始まるけど、もしどうしても気分が悪くなったら、保健室に案内してあげるから、ちゃんと私に言ってね」


「はい……、でも、本当に大丈夫ですから……」


「そう……、じゃ、試験、頑張ってね」


 最後にそう言った声は、他の受験生には聞こえないくらいの小さな声だった。


(僕だけに囁かれた、女神からの応援だ!)


 そう思った僕の目の前で、おもむろに試験官のお姉さんが立ち上がった。


「はい、それでは答案用紙に受験票の番号と自分の名前を書いて下さい。今から問題用紙を配りますので、試験が始まるまで裏返しのままにして、問題を見ない様にして下さい」


 さっきまでとは明らかに違う、力強く凛々りりしい声だった。


 僕の頭の中は試験官のお姉さんの事ばかり考えているが、その声は女神が与えた神託の様に僕に響いた。

 その声に導かれる様に僕は答案用紙に受験番号と名前を記入する。


 受験番号、4640721。春野はるのみつる


 試験官のお姉さんは窓から入る日の光を受けて、本物の女神の様に輝いて見えた。


 その姿は僕の心をとらえ、僕に「性」以外の何かを与えてくれた。


 (何だろう……、何だか元気になるというか、不思議な気分だ……)


 この不思議な気持ちが何なのかは分からない。しかし、何故かこの試験官のお姉さんには、別の機会に再び会わなければならない気がしていた。


 (その為には、この試験に合格しなくちゃならないな)


 そう、今日僕は、再びこの女神に会う為にこの試験に挑む。


 この高ぶる気持ちが何なのか、それをあの女神から教わる為にも……


 僕から思春期という魔法が解けてしまう前に……


「では、試験を始めて下さい!」


 女神の号令と共に、いくぶん自信と冷静さを取り戻した僕は、決意のこもった指先で、問題用紙をめくったのだった。

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