第4話 新入生歓迎会

 正直予想はしていた。

「ん、ひゃー、真ちゃんも飲んでるー?」

クラッシックな、よく知らないけどもオールドアメリカンを意識したのであろうダイニングバー、そんな店を丸ごと貸し切る形で新入生歓迎コンパの後半戦は始まっていた。

 前半は構内中央の学生ホールにて行われた、もちろん、新入生相手と言う事もあってお酒は無し、ジュースとお菓子のみでの顔合わせ的なイベントだった、当然だけど先輩も後輩も誰も酔っ払う事もなく粛々とお互いの自己紹介イベントは執り行われた、問題はその後、希望者のみ参加の二次会だった。

 名前と所属サークルや部活を書いたガムテープを貼り付けた先輩が駅前に集合した参加希望の学生達をお店に案内して、最初の飲み物が行き渡ったら乾杯、当然僕はコンパとか宴会とか初めてだけど楽しい飲み会が始まる……筈だった。

 「真ちゃーん! 真ちゃん本当可愛いんだよ! もう見て! 肌めっちゃ綺麗な色白でしかもボーイッシュボクっ子、神様どんだけ属性盛ってんだよってね」

「ああ、どうも……いや、何かすみません」

開始早々運ばれて来たビールをかなり早いペースで飲んでいく楓、彼女の見た目だから同級生や先輩の男子が次々と行ったり来たりして、周りから人が絶えるって事はなかった、その間シャンディ・ガフを少しずつ飲んでる僕は未だに酔う、と言う感覚が解らずにシラフのまま取り残されて既にテンションが跳ね上がった楓の横でただただ先輩達に恐縮していたのだった。

 「真ちゃん! そろそろ別の席行こう!」 

「ああ、うん、ではまた後ほど」

再びの席移動、店内は大きくは無いけど二階建てで、一階がカウンターと幾つかのテーブル、二階はテーブルとソファの席になっている、照明はランプの灯りみたいにやや暗め、そこにネオンを模したLEDの光が文字看板風に設えられて、壁には古いアメリカの金属看板が何枚か飾られている、これをお洒落と言うんだろうか、ちょっと解らない。

 「真ちゃん、もっと飲まなきゃダメだよーせっかくの新歓なんだからー」

「そうそうー、もう本当どいつもこいつもいしこい奴しかいない」

会話に入り込んで来たのは、先程教室で騒いでいた男子三人の一人、金髪にピアスのチャラそうな男子だった。

「その、無理強いはよく無いんじゃない?」

「そだぞ、本当喧しいし口数多過ぎ」

「いいじゃん、ほらこっち来て飲もうよ!」

金髪の他にこれもまた先程の男子、目付きの悪いのと小柄童顔の男子もいた。

「いいねー、行くよ!」

 こうなっては僕は流されるまま三人のいるソファ席へ、座り順は僕、楓、金髪、目付き悪いの、童顔……このソファ座り心地いいな、テーブルより過ごしやすい。

 「俺は小久保尚輝こくぼなおきなおちゃんかなおくんって呼んでね!」

望月悟もちづきさとるだ、あんま人と話すの得意じゃなくてな、すまんけど言葉遣いとか気にしないでくれよ」

倉田要くらたかなめです、えっと、よろしくね!」

この特長として解りやすい男子三人の名前を初めて聞いた、金髪が小久保君、目付き悪いのが望月君、童顔が倉田くん、小久保君はやっぱり何処でもよく通る声で、周囲の盛り上がってる声や騒音の中でもよく聞こえた、若干耳が痛い位。

 「私は矢島楓やしまかえでで、こっちは真ちゃん!」

「あ、僕、加藤真かとうまことです、その、よろしくお願いします」

「え? 僕? それに同級生なのに敬語? ってかそれお酒? まさかまだ一杯目? ひゃーいしこ! はい! 早く飲んでー!」

矢継ぎ早、と言うか例のよく響く声で小久保君に突っ込まれた、ただただうるさい。

「いしこって何?」

楓が小久保君に聞いた、確かにそれは僕も気になっていた。

「こいつ茨城の出身だから、方言だよ」

「しょうもない、とかダサいって意味らしいよ」

「本当、埼玉も静岡もいしこいわー」

「うざ!」

『いしこい』の使い方は何となくわかった、どうやら望月君と倉田君は静岡県と埼玉県出身と言うのも同時にわかった。

 「てか、矢島さんおっぱい大きくね? え? 何カップ? ねえねえ何カップなの?」

「ん? G寄りのFかな? んな事聞いてどうするの?」

「G寄りのF! ヤバ! 触らせて」

「は? 何言ってんのお前ぶん殴るよ」

「小久保、開幕セクハラは、ダメだ……イカれてんなこいつ」

「おっさんだよね、もはや」

うん、いしこいって言う場面なのはわかった、まあでも、楓も笑いながらだし、小久保君もそう返されて大笑いしてるし、彼なりのつかみのギャグなんだろうけど。

 暫くそんな感じでそのソファで飲んで話して、たまにフライドポテトやピザを摘んで、その間に楓はすっかり泥酔していた、と言うか楓今日バイクだった筈だけど、そんな過ごし方をしていたら時間はすぐに過ぎて、そしてお開きの時間になった。

 「うーん、私帰れないー!」

「いや、好き勝手にガバガバ飲んでただろ自業自得だ」

「じゃあ楓ちゃんは俺ん家泊まりね!」

「いやそれはダメだ、ってか本当イカれてるなこのチャラ男」

「お! いいねー加藤、言うようになったじゃないか」

暫く飲んで話している内に、僕も遠慮と言うか猫を被っていたような部分がすっかり取れたみたいだった、少し酔っ払ってるのもあるだろうけど、自然に話せるようになっていた。

「ひゃー、もうダメたまんないー」

小久保君がバッタリ仰向けに路上に寝転がる、上気した顔に、春の夜風が心地いい、だから気持ちは解るが流石に風邪をひく。

 「ほら、起きろよ! 家まで行くぞ」

小久保君は望月君に寄りかかって、多分このまま彼に任せておけば大丈夫そう。

「えっと加藤さんは実家だよね? で、矢島さんは?」

「私バイクー! 帰れないー!」

どうしようか、僕の家まではかなり遠い、連れて帰れる自身は無い。

「うーん、じゃあ僕の家来る?」

「ベッドは一つしかないけど、ソファあるし毛布も使ってないの一枚あるよ」

「マジ! 行くー!」

言うが早いか楓は倉田君にのし掛かるみたいにもたれかかって、不安はあるけど、多分あの二人よりは安心な気がする、ここは任せよう。

 「よし、じゃあここで解散だな、また明日な……時間に起きれるかは解らんけどな」

ダイニングバーのある駅前の飲屋街を抜けて、もうこの時間はシャッターの目立つ厚木の繁華街の先、駅に着いて望月君が全員にそう言った、内二人は話なんて聞いてないだろうけども。

「加藤、気をつけて帰れよ」

「ありがとう、望月君も、倉田君もね、その二人よろしくね」

二人はカメラバッグ二つを肩に掛け、その上酔っ払いがそれぞれ寄りかかってる状態、むしろそちらの方が気をつけて欲しい。

「ねえ、真ちゃん!」

ここで倉田君に寄りかかっていた楓がガバリと急に頭を上げて。

「楽しかったね!」

「うん! そうだね! 楽しかった!」

大事な思い出、始まりの思い出が出来た、そんな気持ちで僕は小田急線の改札を通過した。

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