第1章 黄金色の夕景(3)



 トーノミアは、一辺の長さが約2キロメートルの正方形の都市である。

そのモデルとなったカラのチャンアンは外側の全周を城壁で囲った城塞都市であるが、トーノミアの外周は木や竹で造られた垣根しかない。


 北の辺の中心にはトーノミア政庁が堂々と鎮座し、その東隣にはキュウコク最大の寺キャンゼイウォン寺がある。

政庁前にある広場から真南に向けて一直線に幅35メートルの大路、通称〈サザンバード〉が走り、これを境界に東側を左郭さかく、西側を右郭うかくと呼ぶ。


 南北に二分する境界線はというと、サザンバードのような大路で区切られてはいないのだが、元々トーノミアの北側半分はツフロー、南側半分はニカシという別の区域だった。


 ツフローは、かつてイノムラサキをマアト朝廷とは別の王家が統治していた時代の王宮があった場所で、ニカシはその南に広がる市場と温泉で知られた城下町だった。

ちなみにニカシの街でトーノミアの正方形に入っているのは北側の一部だけで、ニカシ全体はトーノミアのさらに南側に大きく広がっている。



 トーノミアはその北側をかみじょう、南側をしもじょうと称している。

政庁や寺院や僧房、外国からの使者が泊まる客館などの大型の建造物の周りに二十近くの役所や高官の館が建ち並ぶ上ノ条と、平民の家屋が集まり市がたてられ雑然とした賑わいを見せる下ノ条には、街並みにも雰囲気にも歴然とした違いがあった。


 ※近況ノートのフライング・プラム 挿絵(3)トーノミア地図 参照



 ソータの家はトーノミアの左郭の下ノ条、それも正方形の南の辺に近い所にあった。

父親は政庁に勤める下っ端の役人であるが、もちろん貴族などではない。


 ソータの父が最初に娶った妻は、娘と息子を産むとほどなく病気で死んでしまい、二番目の妻も男の子を産んですぐに逝ってしまった。

この子供がソータだった。

その後迎えた三番目の妻は息子と娘を一人ずつ産んで現在家を切り盛りしているのだが、自分が産んだ二人の子がまだ手のかかる幼な子で、腹には三人目の子がいる。

それゆえに、ソータにまではなかなか手が回らないのだった。


 父親は長男が少しでも自分より位が上の役人になることを切望して、乏しい俸給から息子の学費をひねり出すのに苦労していた。

最初の妻が産んだ娘は、すでに他所へと嫁いでいる。

ソータは家の中では誰からも顧みられることなく、かと言って特に虐げられるわけでもなく、たまたま庭に種が落ちて芽吹いた雑草が生い茂るが如く、勝手気ままに育っていった。


 家の中でただ独りソータを気にかけてくれたのは、父方の祖父だった。

若い頃は政庁の役人で、生涯に一度だけ、任務のお供でヘーアンの都に行った事がある、というのを自慢としていた。

ソータはそんな祖父をおじいと呼んで、おじいの語る昔話や都のみやげ話に聞き入ったものだった。


 だが、そのおじいも今はいない。

去年の暮れに風邪をこじらせたかと思うと、あっけなくこの世を去ってしまったのだ。



「おじいがいたら、きっとびっくりして見に行ったやろなあ……」


 昨日の夕方に突然現れたあやしい一行は、都から流されて来た貴族だという情報が、ここ下ノ条の町内を駆けめぐっていた。

それもただの貴族ではない、王の家臣の中でも側近中の側近、第二大臣その人だというのだ。


 古来から、トーノミアは都でヘマをやらかした貴族が左遷される流刑地の一つとされてきたが、現職の第二大臣が飛ばされて来るなどという話は、聞いたことがなかった。



 プラム家のドーシン。

それが、昨日南館の庭先でげぇげぇ吐いていた顔色の悪い中年男の名だった。

プラム一族は、マアト朝廷創始より代々続いた学者の家系である。

そのように由緒はきっちり正しいのだが、貴族としての家格はまあ中くらい。


 このイコクという国は、王とその周りを取り巻く貴族を中心に栄えている。

貴族の中には広大な荘園を持ってそこから採れる農作物の収益で莫大な富を築く者もいる。

その一方でろくな財を持たず、平民以下のかつかつの暮らしを余儀なくされる貴族も少なくない。    


 プラム家は一応へーアンの都に寝殿造りの屋敷を構えてはいたが、さほど裕福というわけではなかった。

マアト朝廷の王を取り巻く権力の座は一握りの大貴族たちの血族で固められ、さらにその一族の中でも血で血を洗う闘争が繰り広げられているような状況だったので、そこにポッと出て来たコネも持たない中流貴族が大臣になるなど、本来ならありえない人事である。  


 だが、プラムのドーシンは物心ついた時から神童と呼ばれていた。

史上最年少で役人登用試験に合格すると、その後も超難関と言われる昇級試験を次々突破し、凄まじい勢いで出世街道を爆進した。

そしてついに二年前、三十五歳の若さにして第二大臣にまで登りつめてしまったのである。  





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