Konungariket Sverigeの空想少女

中田もな

Ett

 今日も今日とて仕事だ。そのくせ、ここの所ひどく寒いので、家でぐずぐずしてしまう。慌てて飛び出した頃には、いつものバスに乗れるかどうかの瀬戸際だった。


 そりゃもう、全速力で走った。テーブルの上にほったらかしていたシナモンロールを、口いっぱいに頬張りながら。だけど、二つのことを同時にやるのは間違っていた。途中で息が詰まりそうになって、思わず立ち止まって咳き込んでいたら、バスは私を置いてけぼりにして出発してしまった。遅刻確定だ。


 ……ああ、もういいや。どうせ遅刻なら、シナモンロールをゆっくり食べてやる。なんせこれは、このスウェーデンで一番、美味しいって有名なやつなんだから。私はそう思って、次のバスまで時間を潰すことにした。


 朝から元気な観光客を横目に、周辺をぶらぶらする。スウェーデンに観光に来るって、どんな気持ちなんだろう。何が面白いんだろう。と、どうでも良いことを考えながら歩いていると、懐かしい光景に出くわした。公園とは名ばかりの、ルーン文字が刻まれた石碑があるだけの原っぱだ。


 Grundskolan(基礎学校)に通っていた頃、よく暇潰しに来てたっけ。日常に追われて忘れかけていた、こそばゆい過去を思い出す。


 そう、私は不真面な子だった。学校は自由な校風だったけど、それでも教室に縛られて勉強するより、大好きなミステリー小説を読む方が好きだった。いつしか本好きが高じて、自分で小説を書くようになって、よくこの公園で創作ノートを捲っていた。


「もう、また来たの?」


 そして、しばらく石碑にもたれ掛かっていると、決まって右の耳から声がしてくる。顔馴染みの小さな妖精が、私の肩にちょこんと座っているのだ。


「こんな朝っぱらからここに来て、今日も学校をサボったのね」

「サボりじゃない。計画的な休息だもん」

「大人みたいなこと言っちゃって。頭が悪くなっても知らないわよ」


 私は彼女を、「Runsten(ルーン)」と呼んでいた。理由は簡単、石碑の近くで現れるから、ルーン文字の妖精だと信じていたのだ。

 その妖精は、私が唯一、心のうちを明かせる存在だった。私が夜な夜な書き溜めたミステリーを見せて、彼女に見てもらうほどの仲だった。


「そんなことより、見てみて。今回は自信作だよ」

「ふぅん、どれどれ……」


 妖精には人間のノートは大きすぎるので、代わりに私が捲ってやる。「次、捲って」と言われる度に、嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。


「……話としては悪くないけれど、最近流行りのファンタジーに影響されすぎよ。これじゃ、ファンタジーなのかミステリーなのか、分からないじゃない」

「そうかなぁ。面白いアイデアだと思ったんだけど」


 妖精の感想は厳しかった。「凄い」とか「最高」とか、一回も言われたことがなかった。


「それに、元ネタが分かりやす過ぎ。これ、カミラ・レックバリのパクリでしょ?」

「パクリじゃない! 確かに、ちょっと、真似はしたけど……」


 ムキになってそう言うと、彼女ははぁとため息をつく。そして私の頬をちくっと抓った。


「あなたね、小説を書くなら、もっと色んな作家の本を読んで、自分の世界観を創りなさいな。観光客の会話を盗み聞してるから、私の方が詳しいぐらいよ」


 思わず、ぐぬぬと声が漏れる。悔しいけれど、彼女の言う通りだ。もっともっと、面白い小説を書かなくちゃ。そんなことばっかり考えていた。


 ……そう、私は空想に夢を見ていた。だから妖精だって見えたし、小説家にだってなれる気がした。


 けれど、義務教育を進めるにつれて、周囲の輝きについて行けなくなった。元々サボり癖があった私は、ますます学校を休むようになった。


「また、学校サボって」

「いいの。学校、楽しくないし」

「贅沢な悩みね」


 いつだっただろう。私は妖精に、素朴な疑問を投げかけた。


「……どう、私の小説」

「そうね、なんか前より、つまらなくなったわね」


 ──つまらなくなった。


 その一言が、私の心にズドンと落ちた。自覚していたからだ。年齢を重ねるにつれ、自分の実力が明るみになってくのを。

 つまらない小説、つまらない学校生活、そして、つまらない人生。

 ページが全て、色褪せて見える。その時、気づいてしまった。


 ──ああ、そうか。私って、ただの凡人だったんだ。


 そう思った瞬間、私の中で、何かが弾けた。風も止み、周囲も暗くなる。湿っぽい空気だけが、鼻の奥に残った。


「Runsten……?」


 妖精も見えなくなった。私が存在を否定したから。だからいくら呼んでも、私の前に現れなくなった。

 それに、どんなにストーリーを思い浮かべても、面白いと思えなくなってしまった。だから私は、小説を書かなくなって、そこら辺のIT会社に就職して──。


「……くっだらない」


 途端にシナモンロールが不味くなって、私はその場を後にした。じきにバスが来るだろうから。

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