4-5:こいつが全ての『元凶』なんだ

 ちょうどよく、花見ちゃんもやってきていた。


 二階の方からユーちゃんたちの声が聞こえる。多分、ゲームか何かで遊んでいるところだろう。リビングにはアツヤと花見ちゃんだけがいて、また真剣な顔をしてテーブルを挟んでいるところだった。


「パルメザン。またちょっと、体が汚れてるな」

 アツヤが席を立ち、僕の体をウェットティッシュで拭く。「ナオ」とお礼代わりに小さく鳴きつつ、アツヤの注意を引いた。


 さて、どうするか。

 言葉が通じない僕。幽霊が見える人間が一人いて、ミズナちゃんが通訳でもしてくれれば話は一気に進むのだけれど。


 でも、やるしかない。


 今、世の中を歪めてしまっているもの。

『ココロの神様』とか呼ばれる存在。それが作り出してしまったもの。


 普通の状態だったなら、僕も絶対に気づかなかった。ショコラに憑依され、何かと心に干渉された後でなければ。


「ナーーーー」と、少し長めに鳴いてみた。

「どうした?」とアツヤが屈んでくれる。


 うん。いい動きだ。

 迷った末、アツヤの膝の上に前足を乗せる。「お」とアツヤが身を引いたので、すかさず右の前足で胸元に触れた。


「ん?」と首をかしげられる。

「ナー」と鳴きながら、もう一度『ポン』とアツヤの胸元を軽く叩いた。


 心臓のある位置。

 人間はとにかく、そこに『心』があると信じている。


 花見ちゃんも不思議そうにし、席を立って傍に来る。

 どうか、伝わって欲しい。


「パルメザン?」とアツヤが眉間に皺を寄せる。


 すかさず、僕はその場でぐるぐると回った。

 心、と示す。その上で、ぐるぐる輪を描くように動き続ける。


 こういうイメージなんだろう。前にテレビで見ていた。ぐるぐるとした光が円を描く。それを見た人間は、ぼんやりと『心』を操作されていた。

 たしか、『サイミンジュツ』とか呼ばれていた。


 心が、普通とは違う状態になる。

 伝わってくれ、と僕は念じた。


「胸を叩いた。それから、ぐるぐる回る」

「これ、何かの意味があるんですよね」

 二人は懸命に僕を見やる。


 もう一つ、決め手が欲しい。


 アツヤがどいたので、いったん椅子に飛び乗る。そのままテーブルの上にジャンプして、広げられている資料を見た。


 良かった、と一点を見て安堵した。

 やっぱりアツヤは、この場に『これ』を持ってきてくれていた。


「ナオ」

 声を出し、アツヤたちの目を引く。

 前足でちょんちょんと、『それ』を叩いてみせた。


「それが、何かあるのか」

 アツヤがテーブルの前までやってきて、僕の足の先を見た。


『ココロの神様』

 それをイメージしたというステッカー。


「ナオ、ナオ、ナオ」

 僕は何度も、それを前足で示してやった。





 しばらくの間は、沈黙が続いていた。

 アツヤは自分の顎に手を当てて、僕の姿をじっと見やる。


 気づいて欲しい。僕が言いたいこと。君なら察してくれるはず。


「ココロの神様のステッカー。それが『何か』だっていうことを言いたい。そして、胸を叩いて、ぐるぐると、回ってみせた」

 僕が示した『三つ』を反芻し、アツヤが考え込む。


「パルメザンは、俺たちの話を理解してるんだよな。そして、何かを伝えようとしてる」

「例の話について、『答え』を知ってるってことなんでしょうか」


 あえて、僕は声を出さなかった。


「今になって、呪いの話が増えてること。そういうものにかかって、死んだと思われる人間が増えていること。それの『答え』ってことなんだよな」

「ぐるぐる、胸、ステッカー」

 アツヤが分析し、花見ちゃんが反芻する。


「心が、変化してる?」

 やがて、アツヤが『答え』を口にした。


「ナー」と僕は声を上げてやった。


 そうなんだよ、と僕は心の中で応える。

 もっと早くに、気づいても良かったんだ。


(『呪い』っていうものが、どうやって人にかかるかって。それはね、『自分は呪われてしまった』って、自分自身が思いこむことが必要なんだって)


 ミズナちゃんが話してくれた。それが『呪いのメカニズム』だって。


「今は、呪いでやたらと人が死んでいる。それは、『心が変化している』からだって言いたいのか」

「ナー」ともう一度鳴いてやった。


 それが正解なんだ。


「どういうこと、なんでしょうか」

「どうだろう。いや、でも、たしかに考えてみると」

 アツヤは何度も首を縦に揺すり、一度大きく息を吐いた。


「呪いっていうのは、本来は『暗示』みたいなものだって言うよね」

「そうですね」


 うん、いいぞ。


「そして、暗示っていうのは、『かかりやすい人間』と『そうでない人間』がいる。だから呪いだって、効く人間と効かない人間が出るはずだ」

 やっぱり、アツヤは勘がいい。


「そうか。なるほど、そういうことか」

 少しして、アツヤは甲高い声を上げる。顔を紅潮させて、肩を大きく上下させた。


「たしかに、この可能性は考えなかった。隆太が話してたように、生きてる人間の考えによって幽霊の存在が歪められるっていうこと。人間が『こうだ』って思いこむと、幽霊の状態も変わってしまう」

 早口になり、どんどん分析を語っていく。


「たしか、木更津燐火はそういう感覚で霊の世界がおかしくなるのを憂慮した。だから、それを修正したいと考えた」

 そう言って、ステッカーに目を落とす。


「でも、突き詰めてみると盲点がある。生きてる人間の意識によって、死者の幽霊の状態が変質する。それは確かに問題だけど、下手に干渉した結果、『もっと大変なこと』を引き起こした可能性があったんじゃないか」

 ステッカーを取り上げ、しみじみと見る。


「歪められるのは、本当に『死者の幽霊』だけだったのか?」


 可能性に気づき、僕へと目線を向けた。

 僕はただ、無言で見つめ返す。


「そうなんだな? 今の時代になって、やたらと幽霊の状態が変化しやすくなった話。やたらと人間が呪いにかかりやすくなった話。つまり、俺たち自身の『心そのもの』が変質してるから、おかしなことが起こりやすくなっている」


「それって、つまり」


「木更津燐火は、死後の世界の平穏を守ろうとして、『ココロの神様』という概念を作り出した。心には力があって、容易に霊的な世界に干渉できてしまう。だからその感覚を浸透させ、心の力を神のように崇める感覚を広めようとした」

 アツヤはどんどん、結論に迫っていく。


「でも、それが問題だった。『心には力がある』ということを大前提として浸透させ、その力そのものを神様のように持ち上げたこと。それを自覚することにより、それまで以上に人間の心が持つ『干渉力』が強くなってしまったんじゃないか。そのせいで、『暗示』として呪いにかかりやすくもなり、ちょっとした噂程度でも幽霊を変質させるようになった」


 ここまで来れば、もう大丈夫か。


「ずっと、『外部』に何かあるって思ってた。幽霊の問題だから、何かのおかしな幽霊だとか、呪いの根源なんかがあると思ってた。でも、本当は外側じゃなくて、『内側』の方に変化が起きていたんじゃないのか」


 そういうことだよ。


「でも、本当にそんなことがあるんですか?」

 花見ちゃんは納得いかない様子を見せる。


「さすがに、『心には力がある』って教えられただけで、急にすごい影響が出せるなんてこと、ちょっと考えにくいと思うんですが」


「そうだね。ただ言われただけじゃ、そう簡単には変わらない。だから少しずつ、何年もの時間をかけて変わって行ったんだと思う。その上で、『そういう現象』を加速させてしまう『象徴』みたいなものがあった」

 アツヤは言い、ステッカーを持ち上げる。


「おそらく、こいつのせいだ。こんな『余計なもの』を作ったことで、何かが狂っていった。これが象徴として多くの人の心に残り、『ココロの神様』という概念が独り歩きした。都市伝説とか怪談みたいにして、『心には力がある』、『ココロの神様に願えば霊の影響を防げる』って話が広まった。そういうものが何千、何万という人の間に浸透していくに従って、本当に『ココロの神様』みたいな概念が力を持つようになっていった。そうして、死者の霊だけでなく、生きている人間の精神そのものまで変質させ、呪いにかかりやすいような状況を作り出した」

 アツヤはそこで、熱の籠った息を吐く。


「要するに、『偶像崇拝』だ」

 何かの、難しそうな単語を言った。


「意外とさ、大昔の人も、『こういうこと』には気づいていたのかもしれない。宗教を作って人の心を制御しようっていう考えがあって、霊的な世界に異変が出ないようにした部分もあったんじゃないか。その上で、それが暴走しないよう『注意書き』もした」


「どういうこと、でしょうか」


「わかりやすい絵だとか像だとか。そういうものがあると、人って何でもイメージしやすくなるじゃないか。つまり、大きな影響力を出してしまう」


 花見ちゃんは、きっと理解できていない。その一方で、アツヤは興奮した面持ちで次々と思いついたことを口にしていた。


「とにかく、こいつが全ての『元凶』なんだ」

 ステッカーを掲げ、アツヤははっきりと口にした。

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