4-2:何もかも、どうでもいいよ

 クロブチは僕が殺した。

 だからもう、安全なんだって思っていた。幽霊が見える猫は、この町には僕だけ。どんなに幽霊が増えたって、人間はそれに気づくことはない。


 けれど、そんな均衡は崩れ去った。


「ミー、ミー」と、子猫が鳴いた。

 誰もが好きになるような、弱々しくて愛らしい白猫。それが突然に何もない空間に向けて鳴き始める。


 そこには、事故現場の花束がある。それを見た人間は、自然と気づいてしまう。

 目の前に今、『幽霊』がいることを。


 呪いがかかる。


 別の場所では、太った猫が人間に対して鳴く。そしてどこかへ誘導する。

 真っ黒な猫も、真っ白な猫も。人に飼われているフワフワの猫も。そうした猫たちが突然不思議な動きを始め、道行く人や飼い主たちに『何か』がいることを教えていく。


 そして、呪いと『御縁』が出来る。





「あちこちで、猫がおかしくなってるって話が出てる」

 アツヤが眉をひそめていた。


 テーブルの向かいには花見ちゃんがいて、アツヤは何かの資料を広げて二人でじっと見つめていた。


 この数日間で、何人が死んだんだろう。

 事故死だったり病死だったり、何かの殺人事件に巻き込まれたり。形としては様々なため、ただ不幸が続いているようにしか見えない。


「パルメザンには何かが見えているって、よく騒ぎになっていたけれど、他の猫でも同じみたいなんだ。それが幽霊かなんかを人に示して、直後に悪いことが起きている」


 全部、ショコラの仕業だ。

 あいつは僕の体を操ったみたいに、近くにいる別の猫たちに次々と憑依している。そうして手当たり次第に幽霊の存在を指摘し、人間が呪いにかかるようにしている。


「猫たちに、何かがあったんでしょうか」

「わからない。パルメザンも、そういう一匹だったってことなのか?」


 でも、アツヤたちには理解できない。

 ショコラがいること。あいつが憑依して猫を操れること。


「隆太も、クロブチ模様の不気味な猫を見たって言ってた。やっぱり今、猫たちに妙な変化でも出てるのかもしれない」


 違うんだよ、と声に出して言いたい。


「呪いはやっぱりある。幽霊もその辺りにいる。そう、認めるしかないんだな」

「そう、なるんでしょうね」花見ちゃんが肩をすぼめる。


「でも理屈が全然わからない。どうして幽霊を認識すると人が死ぬのか。その現象の意味もわからない。その上で猫たちに起きている異変」

 途方に暮れた顔で、アツヤは僕の顔を見る。


「なあ、お前は何か知ってるのか?」





 方法はあるんだろうか。

 幽霊をやっつける方法。とにかくショコラさえ止められればいい。


「ミズナちゃん。一緒に方法を考えて欲しい」

 思い出の公園に行き、ミズナちゃんに呼び掛ける。


 なぜか最近は様子がおかしい。ミズナちゃんはずっと隣の老夫婦の家に住んでいた。そうして朝になると会いに来てくれた。

 それなのに、今はその家も出て元の公園に留まっている。


「ショコラが手当たり次第に猫に取り憑いて、人を殺して回ってる。このままだと、何人が犠牲になるかわからないんだ」


 いつだって、ミズナちゃんが一緒だった。ミズナちゃんが相談に乗ってくれたから、僕は今までもどうにか乗り越えられた。


「ねえ、ミズナちゃん」


 今日はずっと、顔を俯かせている。

 ここ数日はなぜか、こんな表情をしていることが多い。


「いい方法はないかな。ショコラを止めるのでもいい。タケユキが地獄に落ちたみたいに、うまくあいつを天国か地獄に送れれば、悪いことは止められると思うんだ」

 思いついたことを言う。あとは詳しい方法を話し合いたい。


 でも、ミズナちゃんは応えてくれなかった。

 ゆっくりと、首を横に振る。


「そんなの、どうでもいいよ」

 ミズナちゃんはベンチに腰を下ろしたまま、辛そうに両目を閉じる。


「え?」と聞き返した。


「パルちゃんは、どうして『そんなこと』にこだわるの? わたしたちの目的は、元々そんなことじゃなかったよね。地獄に行って、大好きなおばあちゃんに会いたかったんでしょ? だったら、もういいじゃない」


「何言ってるんだよ、ミズナちゃん」

 やっぱり、様子がおかしい。


「ねえ、パルちゃん。この前の、見たでしょ?」

 しばらく黙り込んだ後、ポツリと言葉を発せられる。


「あの、クロブチ模様の子。あの子が死んだ時に、通りかかった親子が手を合わせた。そうしたらすぐに、あの子は天国にのぼっていった」

 訥々と語り、最後に大きく肩を揺する。


「あんな、簡単なことなんだよ。ほんの少しの人たちが、『死んだ後も幸せに』って、そう気にかけてくれただけで、簡単に天国に行けるんだよ」

 声を荒げ、ベンチから立ち上がる。


「それなのに、わたしはずっとここにいるの。お母さんがわたしを殺した後、お母さんはすぐに地獄に落ちた。ニュースなんか見て、何も知らない人たちが『酷い母親だ』って決め付けて、そうやって地獄に落とした」

 両手の拳を握りしめ、どんどん言葉を吐き出していく。


「それだけなの! みんな、それだけなの! お母さんの不幸は願ったくせに、殺されたわたしの方には全然見向きもしなかった。『かわいそう』とか『幸せに』とか、そんなことを祈ってくれる人が一人もいなかった。だからわたしは、ここにいるんだよ!」


「ミズナちゃん」


「みんな、『どうでもいい』って思ったんだよ。ダイスケくんも、トモカちゃんも、みんなすぐにいなくなったのに。わたしだけ、ずっとこの町にいるんだよ」


 違う、と言いたかった。でも、言葉が出なかった。


「だから、わたしも知らない。そんな人たちがどうなろうと、わたしは知らない。そんな人たち、みんな死んじゃったってかまわないよ」

 両目を閉じ、ミズナちゃんは言い放った。


「もう何もかも、どうでもいいよ」

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