第32話 とうそう

 全身におよぶ発疹、紅潮、唇の腫れ、喘鳴、意識障害。


「まさか、アレルギー? でも人間の血なんて飲んでないはずなのに」


 セラフィーナの症状はアナフィラキシーショックのものに悠花は思えた。

 しかし、わからない。人間の血など彼女は飲んでいない。

 吸血鬼と思っていた六人の襲撃者の中に人間が混じっていた?

 いや、吸血鬼たちは全員が異能を使っていた。幻術などでないことは木佐木が確認しているから、人間がいたことはありえない。

 いつもの違いは、どの血も死ぬほどマズイとセラフィーナが文句を言っていたことくらい。


「まったく学習しないね、ボクの仔猫キティは」


 エーヴェルトが部下の吸血鬼たちを伴ってホームに現れた。


「彼女に何をしたんですか」

「見てわかるだろう? 人間の血をやったんだ。ボクの仔猫は人の血を飲んだら、こうなるからね」

「人間なんて飲んでないはずです。それに飲んだら気が付くはず」

「ああ、だから魔除けで鼻を潰して、そして丹念に加工したハーフをぶつけさせてもらった」


 ハーフ。ハーフバンパイア。

 ヒトと吸血鬼の混血のダンピールとは異なり、中途半端に転化された存在。

 人を吸血鬼にする時、半分しか血を抜かず、半分しか血を与えなかった場合にハーフバンパイアは生まれる。


「いい塩梅のハーフを作るのには苦労したよ。おかげで牧場の家畜が少し減ってしまってね。大変だったが、その甲斐はあったようだ」


 セラフィーナは人間の血が飲めないが吸血鬼の血は飲むことができる。ではそれらが半々の場合は?

 許容限度以下の濃度であれば、クソほどマズイ吸血鬼の血を飲んだのと変わらない。

 しかし、それがたて続け、短期間に許容限度以上の量になるように飲んでしまったら?

 答えは見ての通りだ。


「さて、これで死ぬようなことはないだろうが、治療をしなければ彼女は再生もままならない。このまま意識を失ったままだ。あとはキミたちを殺してしまえば、終わりだよ」

「へっ――」


 木佐木がエーヴェルトの前に立ちふさがる。


「横から聞いてりゃ、お兄ちゃんの風上にも置けねえ。オレの兄貴はなぁ、良い奴だぜ。可愛い嫁さん貰って、可愛い娘まで作った。それなのにオレと一緒に女遊びしてくれる良いお兄ちゃんって奴なんだ」


 それは良いお兄ちゃんではないだろうと悠花は思ったが、セラフィーナがヤバイのでツッコミはしなかった。


「だからよぉ。オレがその企み、ぶっ壊してやんぜ。セラのお嬢ちゃんを背負えって走れ、悠花の嬢ちゃん!」


 悠花の行動は早かった。

 躊躇いなくセラフィーナを背負い走る。


「良い子だ、流石は兄貴の子。オレにも似て良い子だぜ」


 絶対に違うと否定されそうなことを言いながら、木佐木は吸血鬼どもに銃撃を見舞う。

 一瞬で六発全てを撃ちつくして装弾。

 さらに新調した衣類とともに買っていたもう一丁の銃を抜く。

 普段使いのそれよりも幾分も巨大な銃。


「吸血鬼の持ってる金に遠慮なんざ不要だからな!」


 特急に乗る前、ついてくるなら服を着ろとセラフィーナが買い与えたものの中に勝手に入れていたしろもの。 

 対巨大適応生物用の超大型異形拳銃『巨人殺しジャイアントキリング』。

 特別仕様超大型術式弾六発を放てる強化されたハンター専用の化け物拳銃だ。

 撃って良し、殴って良し、飾って良しの三拍子揃ったリボルバーをエーヴェルトへと向けて引き金を引く。

 博多駅ホームのガラスを全て割りつくすような轟音と衝撃、反動で次の瞬間にはエーヴェルとの上半身とその背後にいた吸血鬼たちが抉り消えた。


「ヒュー、たまんねえな、こりゃ! 今ならどんな化け物でも倒せそうだぜ」


 そう言いながら生き残った吸血鬼たちが殺到するのを見て、木佐木は反転し後ろ手に聖水手榴弾を投げつつ、悠花を拾う。


「逃げるぞ」

「どこへ」

「病院だ。ここは人間牧場だからな。人間の健康管理の為の施設がどっかにあるはずだ。そこにゃ、薬でもなんでもあんだろ、そっちの吸血鬼の嬢ちゃんを復活させられそうなのが」

「行けますか?」

「行くんだろ」

「はい!」

「良い返事だ! だったら行ってこい! 清潔で薬の匂いがする施設を探しな! そこが大抵病院のはずだ!」

「見つけたらどうしますか?」

「人間のスマホはここじゃ使えねぇ。そっちからオレのとこに来てくれ」

「わかりました!」


 抱え上げた悠花を木佐木はぶん投げる。

 静まり返った駅のホームから悠花の身体は駅外へと投げ捨てられた。


「受け身は死ぬ気でとりな。手は――」

「壊れて良い。走る足は残します!! 彼女は咥えてでも引っ張っていきます!」

「上等! 惚れ惚れするぜ」

「きもいのでやめてください!」


 完全に視界から消えた悠花を見送って、ちょうど陽炎のようにゆらりと立ち上がるエーヴェルトへと向き直る。


「やれやれ。ハンターが吸血鬼を逃がすなんてね」

「はっ。吸血鬼を狩ってくれる益虫だろうが、アレは。蜘蛛様みたいなもんだよ。だったら、崇め奉って大事にしてやんのが礼儀正しい人ってもんだろうが!」


 巨人殺しの一撃を見舞う。

 再び消し飛ぶ上半身。吸血鬼は普通、上半身を一撃で失えばだいたいが死ぬ。

 弱点が集中している場所だから、そこを本当に一撃で吹き飛ばせればどんなに再生力に秀でた者であろうとも死ぬ。


「ったく、どうなってんだよ、お兄ちゃん様よォ。普通に死ぬだろ」

「はは。ボクはこの程度では死なないよ。なにせ、陽炎みたいなものだからね。それよりもおかげで思い出した。オマエ、ベネディクトが狩りをしていた場にいたな。まさか生き延びていたとは」

「はっ! ようやく思い出したかよ。兄貴と義姉さんの敵討ちをするつもりだったんだが、それはアイツらがやっちまったからな。だから、オレは今回、アイツらに協力してオマエをぶっ殺すつもりで来たんだよ」

「薄い因縁だな。ボクとはまるで関係がない」

「だな――けど、吸血鬼とハンターの因縁なんざ、吸血鬼と人間って事実で十分だろうが!!!」


 巨人殺しの三連射とともに接近。

 続けざまに吹き飛ぶ上半身。陽炎のように揺らめきながら再生するそこへと木佐木は突っ込む。


「吹っ飛ばしてもダメなら、こいつならどうだ! カトリック大江教会の神父様じきじきに聖別してもらい、阿蘇神社でナンパした巫女さんに術式を込めてもらった聖水手榴弾だ!」


 特別製の聖水手榴弾を再生する肉体へと叩き込む。

 再生に巻き込まれて埋まった聖水手榴弾が爆裂し、聖水をエーヴェルトへと浸透させる。


「チッ、どうなってやがる。そこは流石に死んどけよ」

「嫌だよ。ボクだって死にたくはない。なにせ可愛い仔猫の泣き顔を見てないし、まだまだいじめたりないんだ。もっと泣いて叫んでほしいんだ、喉が枯れて血を吐くほどに。ボクに殺してくれと懇願するまでね」

「地獄行きだぜ、お兄ちゃん」

「キミもだろう? 人間」

「さあな」


 木佐木は思考する。

 何かカラクリがあるはずだ。本当に不死身の怪物なんて存在しない。

 それは吸血鬼ハンターになるため群馬の秘境で修行していた時に学んだことだ。


(さて、どうしたもんか)


 なんらかの異能であるが種が見えない。


「良し、逃げるか!!」


 再び巨人殺しでエーヴェルトの上半身をぶっ飛ばしたと同時にホームから駅構内へと入り、片っ端から吸血鬼の頭蓋を術式弾で割りながら、駅を出る。


「さあ、吸血鬼ども! 人間はここだぜ!」


 ひと際高い銃声を響かせながら、木佐木は悠花を投げ落とした方とは逆方向に走り始めた。



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