第30話 全裸商売道具再び

「由布まぶしの美味しいお店の場所をピックアップしておきました」

「え、いっぱいあるの? 一軒だけじゃなかった?」

「今はたくさんあるみたいですよ。由布まぶしを作っておくと吸血鬼が寄り付かなくなるらしいですよ」

「え、そうなの? ボク大丈夫かな……」

「さあ、食べてみたらわかるんじゃないですか? で、どこが良いですか? 色々あるみたいですけど――」


 昨晩のあれこれを洗い流して忘れるために朝一番で朝風呂に入って部屋に帰ってきたら悠花がいて、まるで昨日のことなどなかったような様子だった。

 咄嗟に普通に応対してしまったが、話の途中からセラフィーナはやっぱり昨日のことを思い出してちょっと悠花をまともに見れなくなった。

 そんな彼女に対して悠花は由布まぶしについて調べて来たらしいことを教えてくれている、昨日のことは気にしていない様子で。


 吸血鬼事変以降、由布まぶしのお店は増えただとか。

 炭には魔除け効果があり、炭火で作った由布まぶしにもその効果があって作っていた店は吸血鬼に襲われることがなかったということもあり、店舗が大いに増えたのだとか。

 それが今では、三つの派閥に分かれ混迷を極める大由布まぶし時代に突入しているとかなんとか――。


「――以上ですが、どこが良いですか?」

「あ、う、うん……ごめん聞いてなかった……」


 セラフィーナは、昨日のことが脳裏に過り過ぎてまーったく話を聞けていなかった。


「何してるんですか、本気で由布まぶし食べたいんじゃないんですか? それとも魔除けと聞いてやめようと思ってます? それなら福岡にさっさと向かいましょう」

「た、食べたい、けどもぉ……」

「じゃあ、早く選んでください」

「う、うん……」


 とりあえず最初にあげられたところをしどろもどろに選択して朝の支度をいつものように手伝ってもらわれ出発の準備が整ってしまった。

 その間、セラフィーナは昨日のことなど聞けなかった。


「では、行きましょう。ここからしばらく歩くので」


 先を歩く悠花をセラフィーナは盗み見る。

 変わった様子はまるでない。何の意識もしていないようである。


(うぅ~~なんだよなんだよぉ、ボクばっか意識してるみたいじゃんかぁ~~)


 というか、アレは結局食事であってこんなふうに意識している方がおかしいのか? とぐるぐるぐるぐるとなってしまって。


「ね、ねえ」

「なんですか?」

「昨日のことなんだけど……」

「何もありません」

「へ?」

「何もありません。一時の気の迷いです」

「え?」

「ですので、さっさと忘れてください。ただの食事です。今後、わたしに血を与えるのは非常事態の時だけです。良いですね」

「う、うん」


 早口でまくしたてられてぽかーんとしている間にお店についた。

 確かに魔除けの力が強いのは見てとれたが、悠花が招いてくれているので特に問題なく。再生と結界の異能で相殺できることがわかった。

 それでも普通の吸血鬼なら確かにここは死地であろうとは思った。


 とりあえずである。

 注文通り三種の由布まぶしが出て来たところで、セラフィーナは色々ぐちゃぐちゃ考えていたことは忘れることにした。

 というか、由布まぶしが美味しそう過ぎて忘れた。

 全部堪能すれば、幸福が波打ち際のように押し寄せてきては、舌先で踊り狂う。


「んふ~おいひい~~こんなに美味しいお米初めて……」

「良く三種も食べられますね。魔除けなのに」

「魔除け成分を口のところに貼った結界でろ過したら普通に食べられたよ。むしろ一種で良い悠花が信じられないよ」

「わたしは小食ですので。というか、何結界使いこなしてるんですか」

「念動力とか透過するときに見たし、一年も結界の中にいたからね分析もできようものだよ。本当に食べなくていいの? もったいない。あ、そうだ、少し別の奴分けてあげよっか?」


 旨味の幸福感で少しくらいなら分けてあげても良いという酔っ払いのようなテンションで提案してあげたわけであるが。


「結構です。吸血鬼の唾液が付いたのとか食べたくないので」

「ぷぅ……」


 悠花はすげなく断った。

 セラフィーナはぷぅと膨らんだ。


「ふふ。でも、ちゃんと美味しいですよ」

「……笑った」

「なんですか。笑ってと言ったのはあなたですよ」

「いっっったけどさ!? 今!? というか良くも覚えてるね!? 体感一年も結界に閉じ込められたのに」

「記憶力は良いので。あなたの言ったこと全部覚えてますよ」

「全部!? 怖い……でも、うん、やっぱりいいね」


 笑った同行者と食べる由布まぶしは、とても美味しいと思えた。


「んー、堪能ぅ……」

「じゃあ、福岡行きましょう」

「余韻を楽しませてよ……」


 ともあれ、約束は約束なのでお茶もそこそこに飲んだ後、さくっと福岡に向けて出発しようとしたところで再び木佐木と遭遇した。


「よう、奇遇だな。お嬢ちゃんたち」

「なんでまだ全裸なんだよぉう!!!!」


 また全裸商売道具だった。


「ふっ、違うぜ。今回は帽子もとられた」

「同じだよ!」


 帽子なんて全裸において存在していようが存在していないだろうが関係ない。

 せめて局部を隠すのに使えと言わざるを得ないが、それもなくなっているため意味がない。

 今局部を隠しているのは前回と同じく腰のホルスターである。実に危ない。


「お金渡しただろおー!? どこにやったんだよぉ!?」

「服は取り戻したさ、一度はな。だが、女の子がかわいくてな!」

「このド変態があああ!」

「まあいいんじゃないですか。お金の使い方なんてその人それぞれですし」

「なんでキミはそんなに平然としてられるんだよぉ!? 全裸の変態がいるんだよ!?」

「興味ないのでいないのと一緒です」


 ぞっとするほど絶対零度の視線だった。

 気温が数度下がったような気がした。


「…………」

「福岡に行くんだろ? オレがオマエらについて行ってやろうと思ってな」

「なんでキミはあんな視線受けて平然と話し続けられるの? 怖い……」

「あなたについてきてもらってメリットありますか? ないならどっか行ってください」

「……ねえ、この子、いつもこんななの? 怖いんだけど」

「なんで吸血鬼に耳打ちできるだよぉう、オマエはよぉ!!!! いつも通りだよぉ!!!!」

「こわっ……どんな育ち方したんだよ……」

「メリットはなさそうですね。行きましょう」

「待て待て待て! ある、メリットがあるぜ!」


 本当だろうな、とセラフィーナは絶対零度の視線で振り返った。


「オレみたいなイケメンがいるおかげで旅が華やぐ」


 悠花はガンスルーでスタスタと駅に向かって歩き出した。


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