13. 朝崎火花と紫衣・ミシェラ



 街中で楽しげなベルが鳴る。音楽に紛れシャンランと、聞き覚えのあるリズムは年の瀬を感じさせる。


 ほんの数日もすれば年末を迎える冬の日。十二月二十五日、クリスマス。


「……ふぅ」


 そわそわと身じろぎする。

 ここはショッピングモール。初めてのボランティアで贈り物選びに来た場所。小冬から『難しいことは私とモドちゃんに任せて、お二人は思い出作りしてきてください』と言われ、お言葉に甘えた形だ。

 前にもデートという"体"で紫衣さんと歩いたことはある。でも、今回は紛れもないデートそのもの。「デートと言えば待ち合わせですね!」と喜色満面な紫衣さんの発言ですべてが決まった。


 俺も、いつかのリベンジに燃えている。


「――火花君!」


 少し意識を逸らしている間に、紫衣さんが広い自動ドアを抜けてやってきた。眩い笑顔に、思いっきり手を振る仕草。格好はいつものブラウス&スカート&コートにマフラー完備で暖かそうだった。有り体に言って大人可愛い。

 低めのポニーテールと顔横から垂れた二房の髪が三本尻尾のように可愛らしく揺れていた。


「紫衣さん。今来たところです」

「……? 順番おかしくありませんか?」

「あ」

「ふふっ、少し焦り過ぎですね」


 くすりと笑って、ちょんと俺の頬を突いてきた。

 ぽっと顔が熱くなる。努めて無視し、どうにかもう一つの言葉を絞り出す。


「……紫衣さん。メリークリスマス」

「わ。……ふふっ、そうですね! メリークリスマスです!」


 二人で迎えられたこの日が嬉しかった。挨拶を交わし頬の熱も薄れた。三度目の正直と行こう。


「マフラー……可愛いですね。いつも綺麗ですけど、今日もすごく綺麗です」

「うふふ、ありがとうございます! 火花君もカッコイイですよ?」

「ど、どうもっす……」


 なんだろう。ちゃんと褒めてあげられたし、褒めてもらえるのも嬉しいし。ニヤニヤしちまうぜ。

 表情筋を頑張って抑えていたら「照れ屋な火花君は可愛いですね」なんて言われてしまった。紫衣さんの頬も赤くなっているが、今の俺に言い返す胆力はなかった。


「……紫衣さん、今日も少し肌寒いっすね」


 話逸らしついでに、いつかの誘い文句を吐く。

 あの時、紫衣さんは嬉しさと悲しさが綯い交ぜになった顔をした。けれど今は。


「――……ふふっ、もう。火花君は本当に、火花君ですね!!」


 照れたような、驚いたような、こそばゆいような。いくつかの感情が混じった不思議な表情を見せる。そこに、一切の負感情は含まれていなかった。


「なんすか、それ」

「なんでもないですよー。火花君!」

「うっす」

「大好きです!」

「――……俺も、です」


 ぎゅっと手を握り、幸せ満開に笑う紫衣さんからドストレートな好意が投げられる。俺の心臓は壊れた。――いや壊れてはない。ギリギリ生きてる。危なかった……。


 物凄い嬉しそうな顔の紫衣さんと「えー、火花君も?何ですかー?」「……秘密です」「ちゃんと言葉にしてくれないとお姉さん悲しいです」「……俺も」「はいっ」「……紫衣さんのこと、超好きです……」「うふふふふー、私も火花君のこと大好きー!」「……」「もう一回ですもう一回っ」「無限ループじゃないですか……」「えへへー、嫌ですか?」「……嫌じゃない、っすけど」なんて会話をして、ショッピングは始まった。


「前に来たときと品揃えが全然違いますね!」

「そっすね。クリスマスですからね」


 クリスマスな雰囲気に浮足立ってしまう。同じ気持ちらしい紫衣さんは目をキラキラさせ、モール内を見渡していた。

 じっと見つめていたら、紫衣さんが俺と目を合わせ悪戯っぽく笑う。


「ふふん、火花君、私に見惚れていましたね?」

「見惚れているのはいつもなんで、その台詞は効かないです」

「む……むむ、言われ慣れているはずなのになんだか照れくさいです……!」

「はは。恋人になったからじゃないですか?」

「そ、そうかもしれませんっ」


 今回は俺の勝ちだ。

 微かに頬を染めた紫衣さんの手を握り、はにかむ彼女と歩いていく。


 モール全部がクリスマスカラーで彩られ、いろんなところにクリスマスの商品が置かれている。服、食べ物、服、アクセサリー、服、服。服ばかりだな。


「お洋服エリアですからね」

「自然と読心するのやめてください」

「うふふ、恋人の心を読むのは当然の権利ですっ」

「そうは言いますけど……最近まで全然その謎能力使ってなかったんですよね?」

「そ、それは……その……」


 もにょっと目を逸らすので、内心で「紫衣さん大好きだーーーーー!!」と叫んでおいた。ますます赤くなる紫衣さんの顔。可愛いか。俺、紫衣さんのこと好きすぎないか?


「わ、わかりましたから! あの、ですね。……恥ずかし、かったんです」

「俺の愛は恥ずかしくないっすよ」

「そうではなくて! ちょっと前までは火花君の好意がいっぱい伝わってきて……恥ずかしかったんです」

「……おぅ、そりゃやばいっすよ。俺の羞恥心がやばいっす」

「だから恥ずかしいって言ったのに……お馬鹿な火花君ですよ!」


 ぷりぷり怒って、ぎゅっと俺の腕を抱きしめてきた。怒ってその動作とは、さては俺を嬉死させるつもりだな? そうは行かないぜ。


「腕組みますか!」

「ふ、ふふん。どんと来いです!」


 そんなわけで、仲良く腕を組んでモール内を進む。



 洋服屋では「似合いますか?」「超可愛いです」「火花君にはこれですね!」「それサンタコスじゃないっすか……ていうかそれ女性用!」「うふふふ」なんてやり取りがあり。


 アクセショップでは「指輪……はちょっと重いか」「? もうプロポーズされましたから、指輪も全然ウェルカムですよ!」「……せめてブレスレットくらいにしません?」「うふ、ヘタれましたね?」「へ、ヘタれてないんですけど?」「じゃあペアリングにしましょうっ」「……ええい、ままよ!」なんて買い物があり。


 食べ物屋では「甘味、デザート、お菓子、和菓子、洋菓子……」「火花君、そんなにいっぱい食べられるんですか?」「紫衣さんからあーんしてもらえれば……」「……しょ、しょうがない彼氏君ですね! 間接キスまでなら許してあげますよ!」「ははは、なんだかすげえ懐かしいっすね!」なんて食べさせ合いがあり。


 雑貨屋では「同棲を考えると合鍵も考えないとですね!」「気が早すぎませんかね」「私との同棲が嫌なら……」「そんなわけないですよ!!」「うふ、冗談ですよ?」「……はぁ」「うふふふー、火花君を嫌いになるわけない私からの仕返しですよっ」「抱きしめますよ?」「も、もう抱きしめてるじゃないですかー!……もう……」なんて時間を過ごした。



 いろんなお店を巡り、ああだこうだと話し、贈り物探しで来た時とは全然違う心の揺れ動きが心地よくて幸せだった。


 結構な時間をショッピングモールで過ごし、そのままの流れで海に直行する。


 普段なら制服を着ている俺だが、本日は紫衣さんの要望で彼女の服と似た色のズボン&シャツを身につけていた。コートもそっくりなペアルックである。


「海ですよーーー!!!」

「海だーーーーー!!」


 二人で海に叫ぶ。夏ではなく冬なので人影は一切ない。前もなかったが、今回こそ本当にゼロだ。ゴミ一つない綺麗な砂浜を、二人手を繋ぎ歩く。海浜散歩だ。


「火花君火花君」

「はい、はい」

「そろそろツッコんでくれてもいいですよ」

「……じゃあ、なんでサングラスしてるんですか?」

「ふふー、よくぞ聞いてくれました!」


 にんまりして、ぱっと手を離したかと思えば前に立ってスタイリッシュにサングラスを放る。


「どうです?」

「……綺麗だ」

「うふ、えへへ。ありがとうございます! 火花君もかっこいいですよー!」

「ど、どうも……」


 紫衣さんの瞳はいつもの紫がかった赤茶色ではなく、淡い紫一色になっていた。カラーコンタクト……ではないのだろう。


「それ、素ですか?」

「はいっ。どっちも私ですけど、オリジナル?的なやつはこっちです」

「そうなんですね。……はは、紫衣さんは、紫衣さんですね」

「むむ、どういう意味ですか?」

「紫衣さんはいつも綺麗で可愛くて素敵な俺の彼女さんだってことですよ」

「も、もうっ。急に褒めてもなんにもないんですからねっ」


 もじもじっとして、ぎゅっと手を握ってきた。何もないどころか、それだけで充分なことをしてくれる。


 仲良く並んで、時折海水に踏み入れたり水を掬って悪戯し合ったり、ボランティアの時とは違うくすぐったさとドキドキに満ちた時間を過ごす。


「――……」


 青い空に青い海。

 綺麗な景色だった。ボランティアで訪れた時は夏だった。今は冬だ。さっき海水で遊んでいた時は恋人とのドキドキ以外に寒くて冷たいドキドキもあった。


 ふと、思ったのだ。

 「もしもこれが夏だったらどうなるのだろう」と。


 紫衣さんは水着で俺も水着。恋人とのドキドキ水着デート。素晴らしい響きだ。真冬の寒中海水ドキドキデートとは大違いである。

 以前は「どうせ来年には夏が来るんだし……」と思っていた。けど……自分がそれを迎えられないかもとわかって、好きな人と一緒に過ごせないとわかって。「来年の夏」が遠いとわかったら……少し、悔しくなった。寂しくもなった。


 春も夏も秋も冬も。いろんな季節に、二人で過ごせたらと夢想してしまう。


「火花君」

「……はい」

「大丈夫ですよ」


 ぎゅっと、紫衣さんが抱きしめてくれる。砂浜に座っていた俺を、掻き抱くように。優しく。


「消える時は一緒です」

「……それ、慰めになってませんよ」

「ふふっ、でも一人でいなくなるよりは、二人の方がいいですよ?」

「……まあ、そうかもしれませんね」


 全然明るくポジティブな話じゃないのに、俺も「そういう選択も悪くないのかもな」なんて思ってしまって、紫衣さんから「こらっ、冗談なんですから本気にしちゃだめですよ」と怒られてしまった。

 いつかの映画のような、ビターチョコみたいなエンドもいいかもなと思っただけだ。俺も本気ではない。


 気を取り直して、もう一度だけ冷水遊びをして海を後にする。次は夏に来よう。


 潮風を浴びてベタついてしまったので、一度家に帰ってシャワーを浴びようと話した。寒かったし。急ぎ移動し自宅である。そして現在 、俺の彼女がシャワー中だ。俺の家で……。


「――若さは理解できますわ。けれど火花、不純不健全な行いは看過できませんわよ」

「わ、わかってますから!」

「ならばよろしい」


 リビングには運転手として同行してくれている弐織さんがいた。はじめましてでは上品な令嬢風だったのに、今では高飛車なお嬢様風になっている。


 あまり親しいわけでもないため、何を話せば良いのかと迷う。どうせならと少々気になっていることを聞くことにした。


「弐織さんって、結局紫衣さんとどんな関係なんですか?」

「紫衣と?……そうですわね。貴方風に言うならば、姉であり先輩であり、大人、でしょうか」

「……なるほど」


 キーワードだけでなんとなくわかった。弐織さん自身少し遠い目をして苦笑している。この人は紫衣さんと違い、本当の意味で大人なのだろう。


「――火花くーん! 髪をまとめるタオルがありませんよー!」

「うえぇ!?」


 変な声が出た。「こういう場合は……?」と弐織さんに目で問うと、ニッコリ微笑まれただけで終わった。


「わ、わかりましたー! すぐ持っていきます!!」

「はーい!!」


 持っていくのは俺。良からぬことは考えるなと。そう解釈した。

 強い視線を背に受けながら、洗面所にタオルを届ける。お風呂場のすりガラス越しに見えるシルエットのせいで俺の心臓がひどいことになったのは言うまでもない。


 ドキドキシャワータイムも終わり、次はカレー屋に移動した。霊園は軽い気持ちで行くものでもないので、今回は避けさせてもらった。大参さんは「来てくださって構いませんけれど……」と寂しそうに言っていたらしいが、さすがにだ。また今度、掃除を手伝わせてもらいに行こう。


「よう火花! ガハハ! やるじゃねえかよ!!」

「うっす。どうもです。……やり遂げましたよ、俺」

「俺は信じてたぜ!」

「へへへ、ありがとうございます」

「……火花君、変に店長さんと仲良しですよね」


 今日だけはボランティアでなく、ただの客として店にやってきた。

 店長にバンバン背中を叩かれ、先輩バイト二人から祝福され、紫衣さんとのキスをせがまれ……やる気満々な紫衣さんのせいで場はヒートアップした。キスは……まあ、した。


 カレーを食べて、ナシゴレンを食べて、またカレーを食べて。誰が言い出したか『紫衣さんって大食いですけど、実際どんだけ食べられるんですか?』の一言のせいで、大食い大会が始まった。店長含めバイト全員と紫衣さん、さらに一般のお客さんまで巻き込んで意味不明な大騒ぎになってしまった。

 結果は。


「んふふー、私が最強です!」


 俺たちの屍の上に立つ、ご満悦な紫衣さんの一人勝ちであった。


 それから家に帰って、二人で夜を過ごして、たくさん話して喋って、一緒に寝て……。


「紫衣さん、まだ起きてます?」

「火花君をじっと見ています」

「はっ?」


 リモコンで電気を付けると、確かに俺を凝視する紫衣さんがいた。超怖い。


「ちょっと怖いんでやめてください」

「こ、恋人を妖怪呼ばわりするのはひどいです!」

「そこまで言ってないんですけど!?」


 お泊まりテンションで飛びかかってくる紫衣さんとじゃれ合う。指相撲して、腕相撲して、足でくすぐりあって、手を繋いで。


「紫衣さん。指輪、寝る時もしたままですか?」

「せっかくですからね。火花君もしたままじゃないですか。ふふっ、可愛いですよ?」

「可愛いのは紫衣さんです……」


 明かりを豆電球に変えて、二人仰向けになる。繋いだ手の温もりが愛おしかった。


「……」

「……」

「……火花君の言いたいことがわかってしまいます」

「……言ってみてください」

「私とハグしたい」

「正解です」

「私とちゅーしたい」

「正解です」

「私とドエッチなことしたい!」

「せいか――不正解!!」

「うふふふー」

「……はぁ。本当はわかってますよね?」

「はい。でも火花君の口から聞きたいです」


 自身の頬を撫で、上がっている口角に気づく。今日はずっとこんな顔だったかもしれない。


「約束をしましょう」

「いいですよ」

「再会の約束です」

「知ってます」

「もう指輪渡しちゃったので、口約束でいいですか」

「ふふ、構いませんよ」

「……あ、指切りしましょ。ちょうど手繋いでるんで」

「そうですねー」


 繋いだ手を一度解き、小指を組み合わせる。なんだかくすぐったかった。


「紫衣さん」

「はいっ……うふ、ふふふっ」

「な、なんすか。――も、もしかして……」

「うふふ、火花君、ちょっとカッコつけ過ぎです」

「そ、れは……いいじゃないですか。もう、言いますよ? せっかくなんです。カッコつけさせてください」

「ふふっ、はーい。真剣に聞きますね」


 狂った調子を整え、数回深く呼吸する。


「紫衣さん」

「はい」

「たとえ別離の日が訪れようとも。病める時も健やかなる時も、悲しみの日も喜びの日も……再び巡り合うことを祈り、誓いますか?」

「誓いますっ。火花君」

「はい」

「たとえ私と離れても。病気でも元気でも、悲しい日も寂しい日も、楽しい日も嬉しい日も。ずっとずっともう一度会いたいって思い続けてくれますか?」

「……思い続けることを、心に誓います」


 なんだその言葉選びはと言いたくなったが……ただ誓うに留める。


「ふふ、えへへぇ」


 読心して色々言ってはいたが、結局だらしなくとろけた声を漏らしている。こちらも柔く頬を緩めた。こうも喜んでもらえると、羞恥も何も全部どうでもよくなってくる。紫衣さんが幸せならそれでいい。


「紫衣さん。大好きです」

「私も火花君のこと大好きですよ!」


 手を繋ぐのでは足りず、布団を跳ね除け抱きしめてくる紫衣さんを抱き返した。俺の人生で最も幸せな時間は、紫衣さんに子守唄で寝かしつけられるまで続いた。


 恋人と一夜を共にし、起きて遊んでまた出かけて、いろんな場所に出かけて、カボス部のこと、ボランティア活動のことを振り返りながら眩しいくらい鮮やかな思い出作りを続けた。


 クリスマスが終わり、年末を迎え、年を跨ぎ、新年、一月一日。


「新年初! カボス部集合ですね!!」

「うーす……」

「……えと、日の出前に学校は……私も辛いかも、です」

「門出にふさわしい日ですネ」


 俺たちはプレハブ校舎――ではなく、新校舎の屋上にやって来ていた。

 今日は最初の日。そして最後の日。俺が目を覚ます予定の日だった。

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