第8話 宮殿の領主

「到着」

 樹里達一行は、昊の市街地から外れたところにある空き地に飛行艇を停めた。いくら貴族の証、宮殿へ入る許可証があるとはいえ、目立つことがないように、と思ってそこを選んだ。

 飛行艇から降りると、空き地の向こうに既に人影が見えていた。この昊の警備隊だろうか。

「ちっ。やっぱり見つかったか。こんなところに停めても、やっぱり目立つんだな。俺たちの舟。こっそり宮殿に行きたかったのに」

 ヨクが面倒くさそうにそう言った。

「許可証があるから、話せばわかってくれるでしょ。きっと大丈夫だよ」

 タキがそう言って首にかけた許可証を示した。

「だといいけど」

 ヨクは不安そうだ。

「来たよ」

 樹里は二人にそう言った。人影が近づいて来ていた。見ると彼らは、警備というよりは、ただの町人のようだった。七人ほど走って向かってくる。

「嫌な予感がするぜ」

 ヨクがそう呟いたところで、町人達があっという間にそばにやって来て、樹里達三人のことをガッと取り押さえた。

「ってえな、何すんだよ‼︎」

 ヨクがそう言うと、

「黙れ、他所者。怪しいやつは町には入れさせねぇぞ」

 町人の一人がそう言った。

「私達、怪しい者じゃない。これを見てよ。宮殿への許可証を持っている‼︎」

 タキが大声でそう言うと、

「はぁ⁉︎」

と町人達が皆タキの方を向いた。タキを取り押さえていた町人の一人が、

「これのことか」

と言い、許可証を手に取った。しかし、

「お嬢さん、今時、こんなもので宮殿へは入れねぇよ。第一、偽物だろう?」

と言って、受け合わなかった。

「偽物じゃない。本物だよ‼︎」

 タキがそう叫んだ。

「よく言うぜ。お前ら全員、突き出してやる。どうせ昊を荒らしに来たか、物を盗みに来たってところだろう」

 樹里を掴んでいた町人がそう言って、樹里を強引に引っ張った。力が強い。本当に面倒なことになったな、と樹里が思った時だった。

「やめなさい」

 いつの間にこの場に来ていたのか、小さな少年が、空き地の外れからはっきりとした声でそう言った。少年は金髪で、美しい白い服を来ていた。そのそばには大人が二人、彼を守るように立っている。

「ああ?何だお前……」

と言いかけた町人は、少年を見ると突然口をつぐみ、口をぱくぱくし出した。

「おい……、あれって……」

 他の町人も、そちらの方を見て、突然樹里達から手を放し、ひざまづいて頭を垂れた。

「その者達に手荒な真似をすることは許しません。去りなさい」

「は‼︎すみませんでした‼︎」

 町人達はそう言うと、疾風のごとく去って行った。空き地には、樹里達三人と少年達だけが取り残された。少年はタキの方へ近寄り、許可証を手に取り、よく見た上で、

「ヨク、タキ、ジュリですね。許可証、確かに確認しました。来るのが遅れて、申し訳ありませんでした」

と言った。よくわからないまま黙っている三人を見て、少年はさらに、

「ご挨拶が遅れました。私は宮殿の現領主、ジルです。皆さんを宮殿にご案内します。ついて来てください」

と続けた。すると、ヨクが

「ちょっと待った。助けてくれたことには礼を言う。ただ、あんたが宮殿の領主である証拠を見せてほしい」

と言った。

「これです」

 少年が、白い服の下から取り出したものは、タキのものと全く同じ、首飾りだった。

「失礼。ただ、騙されたりしたんじゃ、たまらないんで。ぜひ宮殿までご案内いただきたい」

とヨクが言った。少年は微笑んで、

「こちらです」

と言い、踵を返して空き地の向こうへと向かって行った。

 ジルは表の道ではなく、秘密の地下道を通って空き地まで来たようだ。確かに、これなら目立たず行動することができる。しかし、来るのが遅れた、とはどう言うことだろう?と樹里が思っていると、

「皆さんが来ることは、わかっていました。宮殿からも飛行艇が見えましたし、予言書にも記されていましたので」

とジルが言った。

「予言書?」

 思わずヨクが聞くと、

「はい、ヨク、タキ、ジュリという者三名が、宮殿に来る、そして、うち二名が扉を使う、と書いてあるんです。皆さんの名前が国民の名簿に載っていなかったので、どこか遠いところ、地上の方々だろうと思っていました。実際、その通りで、皆さんの方から来ていただけました」

とジルは言った。

「待ってください、予言書なんてものが、この世界にはあるんですか」

 タキがそう聞くと、

「はい、あります。私達には、仕事が二つあります。その一つが国の平和を守ることです。私達は予言書に書かれている内容にかかわらず、この国を平和にしようと努力してきました。しかし、どんなに努力しても、予言書に書かれている通りにしか事は運びませんでしたが……」

 ジルは、やや気落ちした感を滲ませながらそう言った。

「二つ目の仕事っていうのは?」

とタキが聞いた。

「はい、二つ目の仕事は、扉を守ることです。扉は、唯一この世界と他の世界をつなぐ通路の役割を果たすものです。元々扉は地上にありましたが、地上は今や砂漠と化していて、守るのが難しい。また、悪者に破壊されたり、悪用されたりしないように、地上から切り離し、内密の物として、私達の先祖が代々守って来たのです」

 ジルがそう言ったのを聞いて、タキは、

「砂漠の中に扉を放置しておくわけにはいかないし、悪党から守らなければいけないのも頷ける。でも、そこまで内密にしておく必要があったんですか」

と言った。

「よせ、タキ」

 ヨクがタキの怒りを察して、そう言った。

「私は、昊に通路があるなんてこと知らずにずっと帰り方を探してきました。もしそのことを早く知っていたら、もっと早く帰れたかもしれない。それとも何ですか。これも予言の通りだから、仕方がないとでも言うんですか」

 タキの声は怒りを抑えようとしてはいたが、震えていた。ジルは、タキの目を見て、

「そうです」

と言った。

「予言は、いいことも悪いことも記しています。そして、いいことなのか悪いことなのかわからないことも。あなた方についての記述は、正直に言うとそれです。そして大概、どちらかわからない情報は、予言に逆らわずにいた方が穏やかに済むということも私達は経験則から知っています。もしかしたら、あなたがもっと早く帰る方法が、この世にはあったのかも知れますん。しかし、予言にあなたが宮殿に来る時期は今だと書かれている。もし扉のことを公にしていれば、もし私達があなた方をもっと早く迎えに上がっていれば、もっと早くあなたは帰れたかも知れません。しかしそれはあくまでも可能性の話です。実際、そうすることで扉が脅威にさらされていたかも知れませんし、迎えに上がったところで、何らかの事故に遭ったりしたかも知れません。今こうして予言通りに事が運んでいる現状というのは、かなり幸運と言っていいと私は考えます」

 ジルが堂々とそう答えると、

「そう……そうですね」

とタキは答えた。

「単純にしか物事を考えてませんでした。すみません」

とタキが言うと、

「いえ、お気になさらず」

とジル。

 地下道を抜けて久しぶりに太陽の元へ出ると、目の前には宮殿があった。近くから見ると本当に煌びやかで、白い。壁に埋め込まれた宝石が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 ジルが宮殿の扉の前へ近づくと、自動的に扉が開いた。

「中へ」

 一行は中へ入った。

 中は、樹里がテレビとか本とか、今まで見てきたどのメディアの情報と比べても並ぶものがないくらい、荘厳で美しい空間だった。大きな柱があって、天井は高くて、まるでどこかの広い教会のようだ。でもそこは教会ではない。十字架がひとつもなかった。

 迷路みたいに広い宮殿の廊下をいくつも通り、いくつもの扉を通り抜けてやっと、ジルはなんの変哲もない扉の前で

「ここが『扉の間』です」

と言った。

「私は一介の領主に過ぎませんので、この先は向かえません。この先の詳しい説明は中の者がしてくれます。この先に皆さんの望むものがあります。どうぞ」

 ジルがそう言うと、

「俺は行かなくてもいいんだよな。元の世界に帰る気もないし」

とヨクは言った。

「それだと、残りのお二人が扉を使うということで?そうすると、ここでお別れということになりますが、構いませんか?」

とジルが言うと、

「いい」

とヨクが言った。

「ええ⁉︎ヨクさんここでお別れなの?この中、得体が知れないから、一緒に来てくれると心強いんだけど……」

とタキが言った。続いて樹里は、

「つれないなぁ、ヨクさん。ま、いいよ。中でなんかあったら、タキのことは私が守るから。ヨクさんは飛行艇戻って、帰るといいいよ。あの空き地に飛行艇置きっぱなしにするわけにもいかないし、砂漠のみんなも『ドック』がないと困るだろうし。帰ってよ、ヨクさん」

と言って、

「行こっか、タキ」

とドアノブに手をかけようとした。

「待て、樹里がいるとなると、逆に心配だ。『扉の間』も、ちょっと入るくらいなら、問題ないだろう」

と言って、自分からドアを開けて中に入って行った。

 タキと樹里はしばし驚いて顔を見合わせていたが、樹里が

「ちょろいね」

と言うと、タキはクスリと笑った。二人はジルにお礼を言うと、ヨクに続いて中へ入って行った。

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