第3話 兄と妹と

「バカじゃないの?」



 開口一番に、俺――久竜くりゅう 達也たつやの妹である久竜くりゅう 愛莉生ありいは心底生意気な表情でそう言った。


「おい、兄に向かってバカとはなんだよ」


「だってバカじゃん。お兄ちゃんがVTuberになんてなれるわけないでしょ? どう見たって騙されてるよそれ」


 愛莉生ありいはツインテールの髪先を指でクルクルと弄りながら、俺の話を完全に否定した。



 ジオードから勧誘された日の翌朝、久々に休日らしい落ち着いた朝食(ハムエッグに食パン、サラダ)を二人でとっている最中のこと。


 驚かせようと、親友ジオードに教わったネタで「兄ちゃんな、バイト辞めてVTuberで食っていこうと思うんだ」と冗談めかして言ったのが悪かったのか、それともジオードからの誘いなのが愛莉生の地雷を踏んでしまったのか。

 あれほど俺の『バイト』に嫌な顔をし続けていたこの妹が、まさか喜ぶどころかここまで真っ向から否定して来るとは正直思っていなかった。


「いや俺だって本当に出来るとは思ってないからな? 面接だってあるし、どうせ会った瞬間に即落とされるのは分かってるって」

「そういう問題じゃないから。『れいどらいぶ』がよりによってお兄ちゃんなんかをスカウトするわけないでしょ?」


……目の前にいる兄をボロクソに貶すのは妹としてどうかと思うんだが。

 どうやら愛莉生は出来る出来ない以前に、この話の信憑性自体を疑っているようだ。まあぶっちゃけ俺自身いまだに半信半疑だし、ジオードが持ち掛けてきた話じゃなければ絶対信用しなかったと思う。


 あいつの友達が経営しているという、『れいどらいぶ』。最近VTuberにハマってる愛莉生なら俺より詳しい事を知っていそうだ。


「やっぱり結構有名な会社なのか? お前の好きなソラリスってとことライバル関係とは聞いたけど」


 愛莉生はそれを聞いてムッと、少し嫌そうな顔をしながらため息を吐く。


「別に、箱推しってわけじゃないんだけど。『れいどらいぶ』がどんどん伸びてきてるのは合ってる。でもあそこの社長は元々、Vの箱を始める前から一部の界隈じゃそれなりに有名人だったから」


 何から説明したものか、と悩むようなそぶりを見せた愛莉生は、俺の顔を見て急に面倒臭くなったのか、話題を変える。


「そんなことより、おじさんのはどうすんの?」

「だから闇バイトじゃねえって!」


 何度も説明しているはずだが、愛莉生はいまだに俺のバイトをヤバい仕事扱いして来る。

 別に(今のところ)命の危険があるわけでもないし、時給も並外れて高いから実質二人暮らしである俺たち兄妹にとっては大助かりだ。

 少なくとも、あの仕事が無ければずっと前に我が家の家計は崩壊していただろう。


「というか、秋津あきつさんの所でアルバイトするのに反対してたのはお前だろ。なんで今になって正反対の事を言い出すんだよ?」

「Vになれるって詐欺にコロッと騙されるよりは現状維持の方がまだマシでしょ」

「だから――」


 バッサリと切り捨てる愛莉生に、俺が反論しようと口を開いた最中。

 誰も見ておらずBGM同然になっていたテレビのニュース映像が、パッと切り替わる。



『……はい、現場からお伝えします。昨日の午後九時頃、上野うえのダンジョンから逃走したと見られるモンスターがこの場所で目撃され、現在警察による捜査が行われています。周辺地域は封鎖が進められており、住民の方々はとても不安な様子でした』



「最近多いね」


 ポツリと呟く愛莉生。しかし俺は、画面の端に映る一人の男を眺めていた。


 秋津あきつ 匠郎たくろう。彼こそが、俺のバイト先の社長であり、俺たち兄妹にとっての大恩人でもある、秋津さんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る