【TS百合短編小説】目覚めたら突然乙女になってました! ~はじめての百合はお姉ちゃんに導かれて~(約15,500字)

藍埜佑(あいのたすく)

【TS百合短編小説】目覚めたら突然乙女になってました! ~はじめての百合はお姉ちゃんに導かれて~(約15,500字)

## 第1章:突然の変化と混乱


 朝日が窓から差し込み、大山奏汰の瞼を優しく照らした。いつもと変わらない朝のはずだった。しかし、目を覚ました瞬間、全身を覆う違和感に襲われる。何かが違う。そう、何もかもが。


 「ん……?」


 布団から這い出し、足を床につけた時、体の重心が普段と明らかに違うことに気づいた。ふらつく足取りでバスルームに向かい、鏡の前に立つ。そこに映っていたのは、見知らぬ少女の姿だった。


 「え……? えええええ!?」


 思わず上げた声も、いつもの自分の声ではない。まるで鈴を転がしたような高い声。艶のある長い黒髪、丸みを帯びた頬、そして胸元に感じる不自然な重み。おろおろすると鏡の中の少女も同じ動きをする。間違いない。これは自分だ。


 「ど、どうして……? なんで俺が、女の子に……?」


 混乱する頭で必死に昨日のことを思い出す。普通に学校に行って、普通に帰って、普通に寝た。特別なことは何もしていない。それなのに、目が覚めたら突然、女の子になっているなんて。


 「落ち着け、落ち着くんだ……」


 深呼吸をして、もう一度鏡を見つめる。確かに見知らぬ顔だが、どこか自分の面影が残っている。目の形や鼻筋は似ている。ただ、それ以外の部分が、まるで別人のように女性的な特徴を持っていた。


 パニックになりかけた時、階下からいつもの姉の声が聞こえてきた。


 「奏汰ー! 朝ごはんできてるわよー!」


 「お、お姉ちゃん!」


 とにかく誰かに相談しなければ。茉莉なら何か知っているかもしれない。そう思い、バスルームを飛び出してリビングに駆け込んだ。


 「お姉ちゃん! 大変なことになっ……」


 言葉の途中で、茉莉の視線と目が合う。彼女はトーストを手に持ったまま、驚いたように目を見開いていた。


 「……あら? 奏汰? なんだか可愛くなってない?」


 「いや、可愛いとかそういう問題じゃなくて! 俺、女になってるんだよ!」


 「へぇ~面白いじゃん。いいじゃん、女の子。人生楽しそう」


 「全然よくないから! これどうすればいいんだよ!」


 茉莉はパンをテーブルに置き、じっと奏汰を観察し始めた。その視線に、奏汰は思わず身をすくめる。


 「うーん、でも本当に可愛いわね。その髪の長さとか、お肌のきめ細かさとか、まるで本物の女の子みたい」


 「本物も何も、現に女の子になっちゃってるんだって! お姉ちゃん、これ、どうにかならないの?」


 茉莉は一瞬だけ考えるような素振りを見せると、にやりと笑みを浮かべた。その表情を見た瞬間、奏汰は背筋が凍るような感覚を覚えた。


 「いい機会だから、百合の世界に目覚めちゃおうか!」


 「……は?」


 茉莉の突拍子もない発言に、奏汰は言葉を失う。だが、茉莉の目は真剣そのものだった。


 「ねぇ奏汰、考えてみなさい。せっかく女の子になれたんだから、これは運命的なチャンスよ! 女の子同士の純粋で美しい恋……それが百合なのよ!」


 「いや、そんなこと考えてる場合じゃ……」


 「大丈夫! お姉ちゃんが完璧にプロデュースしてあげるから!」


 茉莉は興奮した様子で立ち上がり、奏汰の両肩をがっしりと掴んだ。


 「え? ちょ、ちょっと待って……」


 「待てないわ! 今日から私の百合道スパルタ特訓、開始よ!」


 そうして突如始まった茉莉の「百合道」特訓。奏汰の新しい人生は、思いもよらない方向へと動き出していった。


 「まずは服装よ! そのパジャマじゃあ可愛くないもの」


 茉莉は自分の部屋からいくつかの服を持ってきた。


 「えっ、お姉ちゃんの服を着るの?」


 「当たり前でしょ? 今の奏汰に合う服なんて、他にないんだから」


 そう言って茉莉が広げた服は、フリルの付いたワンピースや、可愛らしいブラウス。どれも今までの奏汰からは想像もできないような女性的な衣装だった。


 「ち、ちょっと待って! これ着るの!?」


 「もちろん! ほら、着替えなさい」


 「お、お姉ちゃんの前で!?」


 「あら、今更何を照れてるの? 同じ女の子同士じゃない」


 「そ、そうだけど……」


 茉莉に促され、奏汰は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、服を受け取った。


 「じゃあ、着替えてくる……」


 自室に戻り、おそるおそる服を広げる。パジャマを脱ぎ、新しい下着に着替える時は目を瞑りたい気持ちだった。それでも何とか着替えを済ませ、鏡の前に立つ。


 「これ、本当に俺……?」


 淡いピンク色のワンピースは、不思議とすんなりと体に馴染んでいた。裾のフリルが可愛らしく揺れ、首元のリボンが愛らしさを演出している。


 「奏汰ー、着替え終わった?」


 「う、うん……」


 ドアを開けると、茉莉が満足そうな表情で奏汰を見つめた。


 「すっごく似合ってる! やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」


 「そ、そう……?」


 「ええ! これなら誰が見ても可愛い女の子よ。さあ、次は髪型よ!」


 「まだあるの!?」


 こうして、奏汰の「女の子」としての一日が始まった。茉莉の熱心な指導のもと、立ち居振る舞いや話し方まで、すべてを学ばされることになる。


 そして、それは奏汰の人生を大きく変えていく、新しい物語の始まりだった。


## 第2章:女性としての生活と戸惑い


 それから一週間が経過した。奏汰は徐々に女性としての生活に慣れ始めていた。もっとも、それは茉莉の容赦ない特訓の賜物かもしれない。


 「奏汰、その歩き方じゃだめよ! もっと優雅に、でも自然に!」


 「う、うん……こう?」


 「そう、その感じ! 女の子らしい柔らかさが出てきたわ」


 リビングで行われる歩き方レッスン。茉莉の厳しい指導の下、奏汰は少しずつ女性らしい振る舞いを身につけていった。


 「でも、本当に毎日これやらなきゃいけないの?」


 「当たり前よ。百合の世界で生きていくためには、完璧な女の子にならないとね」


 「いや、そもそも百合の世界で生きていく気なんて……」


 「あら? じゃあ男の子のまま戻れるまで、ずっと引きこもってるつもり?」


 茉莉の言葉に、奏汰は返答に窮した。確かにそれは現実的ではない。かといって、この状態がいつまで続くのかもわからない。


 「わかったわ。今日は外出しましょう」


 「え?」


 「買い物よ。奏汰の服、私のを借りてるだけじゃいつまでも足りないもの」


 「でも……」


 「大丈夫。今の奏汰なら、誰も疑う人はいないわ」


 茉莉の言葉に不安を感じつつも、奏汰は頷いた。確かに、このままずっと家に籠もっているわけにはいかない。


 「じゃあ、着替えましょ。今日は特別可愛い服を選んであげる!」


 茉莉は嬉しそうに自分の部屋へ向かい、数着の服を持ってきた。その中から、水色のブラウスとプリーツスカートのコーディネートを選び出す。


 「これとこれ。春らしい爽やかな感じで、初めての外出にぴったりよ」


 「わ、わかった……」


 着替えを済ませ、茉莉に勧められるままメイクも施す。薄めのナチュラルメイクだが、それでも鏡に映る自分の姿に戸惑いを感じずにはいられなかった。


 「よし、完璧ね! さあ、行きましょう!」


 玄関に向かう途中、茉莉が突然立ち止まった。


 「あ、そうそう。これからは『あたし』って言うようにしましょ」


 「え?」


 「だって、女の子が『俺』なんて言ったら変でしょ?」


 「あ……そ、そうだね」


 外に一歩踏み出した瞬間、奏汰は強い緊張を覚えた。道行く人々の視線が気になって仕方がない。


 「大丈夫よ。誰も怪しんでないから」


 茉莉が優しく手を握ってくれた。その温もりに、少し安心感が湧いてくる。


 「ありがとう、お姉ちゃん」


 「ふふ、妹が可愛くなっちゃって、私も嬉しいわ」


 そんな会話を交わしながら、二人は最寄りの駅へと向かった。電車に乗り、都心のショッピングモールを目指す。


 電車の中で、奏汰は女性専用車両に乗るという新鮮な経験をした。周りには様々な年齢の女性たちがいて、中には制服姿の女子高生もいる。彼女たちの何気ない仕草や話し方を、奏汰は無意識のうちに観察していた。


 「ねぇ奏汰、見てるだけじゃなくて、もっと積極的に女の子らしさを吸収していかなきゃダメよ」


 茉莉の囁きに、奏汰は慌てて視線を逸らした。


 「で、でも……どうやって?」


 「例えば、あの子たちみたいに、もっと自然に笑ってみるとか」


 茉莉が指さした方向には、楽しそうに会話を交わす女子高生たちがいた。確かに、彼女たちの笑顔は柔らかく、自然な魅力に溢れている。


 「ふーん……」


 「ほら、その反応も男の子っぽいわよ。もっと可愛らしく『へぇ~』って感じで」


 「は、はぁ……へ、へぇ~?」


 不自然な言い方に、茉莉は吹き出してしまった。


 「まあ、それは少しずつ練習していけばいいわ」


 目的地に到着し、ショッピングモールに入ると、そこには奏汰が今まで足を踏み入れたことのない世界が広がっていた。レディースファッションフロアには、色とりどりの服が所狭しと並んでいる。フリルやレース、リボンといった装飾が施された可愛らしい洋服の数々。


 「わぁ……」


 思わず声が漏れる。今までこういった服を見ても、特に興味を持つことはなかった。しかし今は、それぞれの服の可愛らしさが強く心に響いてくる。


 「どう? 女の子の服って素敵でしょう?」


 「う、うん……なんか、不思議な感じ」


 「じゃあ、早速試着していきましょ!」


 茉莉は次々と服を手に取っていく。ワンピースやスカート、ブラウスにカーディガン。すべて春らしい明るい色調で、奏汰の今の姿に似合いそうなものばかりだ。


 「こ、これ全部試着するの!?」


 「当たり前よ。新しい服を買うなら、しっかり吟味しないと」


 試着室に入り、一着ずつ丁寧に試着していく。最初は戸惑っていた奏汰だったが、次第に楽しさを感じ始めていた。


 「あら、その白のワンピース、すっごく似合ってるわ!」


 鏡の中の自分を見て、奏汰も同感だった。膝丈のシンプルなデザインながら、胸元のレースと裾のフリルが可愛らしさを演出している。


 「これ……気に入った」


 「でしょう? 女の子の服って、着てると自然と気分も明るくなるのよ」


 茉莉の言葉に頷きながら、奏汰は改めて鏡の中の自分を見つめた。確かに、この服を着ていると心が弾むような感覚がある。


 「よし、これは決定ね! 他にもいくつか選んで……」


 結局、その日は5着ほどの服を購入することになった。買い物を終えて帰り道、奏汰は少し疲れながらも、不思議と充実感を感じていた。


 「お姉ちゃん、ありがとう」


 「ん? 何が?」


 「なんか……楽しかった」


 その言葉に、茉莉は優しく微笑んだ。


 「それなら良かったわ。これからもっと楽しいことがたくさんあるわよ」


 帰宅後、奏汰は購入した服を自分の部屋のクローゼットに丁寧にしまった。そこには既に茉莉から借りていた服もいくつか掛かっている。男物の制服やジャージも残っているが、それらはもう着ることはないのかもしれない。


 「なんだか、現実感が湧いてきた……」


 クローゼットの扉を閉めながら、奏汰は小さくつぶやいた。確かにまだ戸惑いや不安はある。でも、少しずつ「女の子」としての生活に馴染んでいる自分がいる。


 その夜、奏汰は日記を書き始めることにした。


『今日、初めて女の子として外出した。最初は怖かったけど、意外と大丈夫だった。お姉ちゃんが付いていてくれたから、かな。


 服を選んだり試着したりするのは、思ってたより楽しかった。今までこんな経験、したことなかったけど……なんだか自然な感じがした。


 でも、これからどうなるんだろう。学校のことも考えなきゃいけないし……』


 日記を書き終えると、奏汰はベッドに横たわった。天井を見つめながら、これからの未来に思いを馳せる。茉莉の言う「百合の世界」なんて、まだ想像もできない。でも、少なくとも今日一日は、悪くない経験だった。


 「おやすみなさい……」


 そう呟いて目を閉じる時、奏汰の心の中には、ほんの少しだけ期待のような感情が芽生えていた。


## 第3章:涼との出会いと心の揺らぎ


 それから2週間が経過し、奏汰の生活は少しずつ「女の子」としての日常に染まっていった。茉莉の特訓の甲斐あって、立ち居振る舞いも自然になってきている。


 「今日はカフェに行きましょ!」


 休日の午後、茉莉が突然言い出した。


 「カフェ?」


 「そう。可愛い女の子たちが集まる素敵なカフェよ。百合の勉強にもってこいの場所なの!」


 「まだそんなこと言ってるの……」


 呆れながらも、奏汰は着替えを始めた。今日は水色のワンピースに白のカーディガン。髪は茉莉に教わった通り、サイドを軽く編み込んでいる。


 「その服装、とってもいい感じよ!」


 「ありがとう。でも、お姉ちゃん……」


 「ん?」


 「本当に、このままでいいのかな」


 茉莉は奏汰の表情を覗き込むように近づいた。


 「どういうこと?」


 「だって、いつまでもこうしているわけにはいかないでしょ? 学校のこととか……」


 確かに、それは大きな問題だった。今は春休みということもあり、学校に行く必要はない。しかし、新学期が始まれば状況は変わってくる。


 「その件なら、お姉ちゃんに任せなさい」


 「え?」


 「ちゃんと考えがあるの。でも、その前にもっと大切なことがあるわ」


 「大切なこと?」


 「そう。奏汰が自分の気持ちに正直になること」


 茉莉の真剣な眼差しに、奏汰は言葉を失う。


 「私には分かるわ。奏汰、少しずつ女の子としての自分を受け入れ始めてるでしょう?」


 「そ、そんなことは……」


 「例えば、服を選ぶ時。最初は戸惑ってたのに、今は自分で好みの服を選べるようになってきた」


 「それは……」


 「歩き方や話し方だって、随分自然になってきたわ。それに、鏡を見る時の表情も変わってきた」


 茉莉の言葉は、すべて的確だった。確かに、最初は戸惑いばかりだった。でも今は……。


 「分からない……」


 「何が?」


 「自分が何者なのか、どうなりたいのか……全部」


 茉莉は優しく奏汰の頭を撫でた。


 「それを見つけるのが、これからの奏汰の課題なのよ。さあ、行きましょ」


 駅前の新しいカフェに到着すると、そこは茉莉の言った通り、可愛らしい女の子たちで賑わっていた。アンティーク調の内装に、優雅な雰囲気が漂う。


 「わぁ、素敵……」


 「でしょう? ここのパフェ、とっても美味しいのよ」


 席に着き、メニューを眺めていると、隣のテーブルから声が聞こえてきた。


 「あの、すみません」


 振り向くと、同年代くらいの女の子が立っていた。淡いピンク色のワンピースを着た、とても可愛らしい女の子だ。


 「その、失礼かもしれないんですけど……そのワンピース、とても素敵だなと思って」


 「え? あ、ありがとうございます」


 慌てて返事をする奏汰。突然の出来事に、心臓が大きく跳ねる。


 「よかったら、どこのブランドか教えていただけませんか?」


 「あ、はい。えっと……」


 茉莉が小声で教えてくれたブランド名を伝えると、女の子は嬉しそうに微笑んだ。


 「ありがとうございます! あ、私、涼って言います。鹿島涼」


 「あ、私は……大山奏汰です」


 「奏汰ちゃん? 可愛い名前ですね!」


 涼の屈託のない笑顔に、奏汰は思わず見とれてしまった。まるで春の陽だまりのような、温かな印象の女の子だ。


 「あの、もしよかったら、一緒にお茶しませんか?」


 その提案に、奏汰は戸惑いを覚えた。しかし、茉莉が背中を軽く押す。


 「行っておいで。私は別のテーブルで待ってるから」


 「え? で、でも……」


 「大丈夫よ。女の子同士の会話を楽しんできなさい」


 茉莉のウインクに、奏汰は渋々頷いた。


 「じゃあ、ご一緒させていただきます」


 涼のテーブルに移動すると、彼女は嬉しそうに話しかけてきた。


 「奏汰ちゃんって、このあたりに住んでるんですか?」


 「はい。駅の近くに……」


 「へぇ! 私も近所なんです。今日初めてこのカフェに来てみたんですけど、すごく可愛いお店ですよね」


 「そうですね。私も初めて来ました」


 会話が進むにつれ、奏汰の緊張も少しずつほぐれていった。涼は話すのが上手で、自然と相手を和ませる雰囲気を持っている。


 「奏汰ちゃんって、すごく上品な感じがします」


 「え? そ、そんなことないです……」


 「いえ、本当にそう思います! 話し方とか仕草とか、とても可愛らしくて」


 突然の褒め言葉に、奏汰は頬が熱くなるのを感じた。今まで「可愛い」と言われることはなかったし、まして同性からそう言われるのは初めての経験だ。


 「あ、奏汰ちゃん、顔が赤くなってる! やっぱり可愛い!」


 「も、もう……からかわないでください」


 「からかってなんかないですよ。本当にそう思います」


 涼の真摯な眼差しに、奏汰の心臓が再び大きく跳ねた。これは一体、どういう感情なのだろう。戸惑いながらも、不思議と心地よさを感じる。


 「あ、そうだ!」


 涼が突然声を上げた。


 「良かったら、連絡先を交換しませんか?」


 「え?」


 「また一緒にお茶したいなって思って」


 「あ、はい……」


 スマートフォンを取り出し、LINEのQRコードを交換する。画面に表示された「鹿島涼」という名前を見つめながら、奏汰は不思議な感覚に包まれた。


 「じゃあ、また連絡してもいいですか?」


 「はい、もちろん」


 別れ際、涼は明るく手を振った。


 「楽しかったです! また会いましょうね、奏汰ちゃん!」


 その笑顔が、奏汰の心に深く刻まれた。茉莉のテーブルに戻ると、彼女は意味ありげな笑みを浮かべている。


 「どうだった?」


 「う、うん……楽しかった」


 「ふーん」


 茉莉の視線が、何かを見透かすように奏汰を見つめる。


 「なに?」


 「なんでもないわ。ただ、少し成長した気がして」


 帰り道、奏汰は涼との会話を思い返していた。女の子同士の何気ない会話。でも、そこには確かな温かみがあった。


 「お姉ちゃん」


 「ん?」


 「なんだか、不思議な気持ち」


 「それが、百合の芽生えよ」


 「もう、またそんな……」


 でも今回は、いつものように否定する気持ちが湧かなかった。茉莉の言葉の意味が、少しだけ分かるような気がした。


 その夜、奏汰は再び日記を開いた。


『今日、初めて同年代の女の子と話をした。涼さん……なんて書くべきかな? 涼ちゃん?

 なんだか不思議な感じ。女の子同士で話すのって、こんなにドキドキするものなんだ。でも、嫌な感じじゃなかった。むしろ……楽しかった。』


 日記を書きながら、涼の笑顔が何度も思い出される。透明感のある可愛らしい笑顔。優しい声。そして、自分のことを「可愛い」と言ってくれた言葉。


 「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。ベッドに横たわり、天井を見つめながら、今日一日を振り返る。


 そのとき、スマートフォンが震えた。画面を確認すると、涼からのメッセージだった。


『今日は楽しかったです! 奏汰ちゃんとお話できて、嬉しかった♪』


 短い文章だが、奏汰の心臓は大きく跳ねた。どう返信すればいいのか、しばらく考え込む。


『私も楽しかったです。ありがとうございました』


 シンプルな返信を送ると、すぐに返事が来た。


『また会いたいな~って思ってます。今度は映画とか、一緒に見に行きませんか?』


 映画? 二人で? そんな提案に、奏汰は思わず顔が熱くなるのを感じた。


『はい、喜んで』


 送信ボタンを押した後、奏汰は枕に顔を埋めた。この胸の高鳴りは一体なんなのだろう。友達になれる嬉しさ? それとも……。


 「奏汰ー、お風呂あいてるわよー」


 茉莉の声に我に返る。


 『また連絡させてください。おやすみなさい』


 涼との会話を終え、奏汰は浴室に向かった。湯船に浸かりながら、今日のことを考える。女の子として過ごす日々は、最初こそ戸惑いの連続だった。でも今は……。


 「なんだか、自然に感じてきた」


 声に出して言ってみると、その言葉に違和感がなかった。むしろ、今の自分の方が心地よく感じられる。それは一体、どういうことなのだろう。


 風呂上がり、茉莉が奏汰の部屋を訪ねてきた。


 「どう? 涼ちゃんから連絡来た?」


 「うん……映画に誘われた」


 「まぁ! 進展早いのね」


 「も、もう! お姉ちゃん、変な意味付けしないで」


 茉莉は意味ありげな笑みを浮かべながら、奏汰の隣に座った。


 「でも、楽しそうじゃない。女の子同士のお出かけって」


 「そ、それは……」


 否定できない。確かに、涼と過ごす時間は楽しみだ。


 「奏汰ね、最近表情が柔らかくなったわ」


 「え?」


 「女の子になってから、少しずつ変わってきてる。でも、それは良い方向への変化だと思うの」


 茉莉の言葉に、奏汰は考え込んだ。確かに、自分でも変化を感じる。それは単に外見だけでなく、内側からの変化なのかもしれない。


 「お姉ちゃん……私、このままでいいのかな」


 「どういう意味?」


 「女の子として生きていくこと。それって、本当に……」


 茉莉は奏汰の髪を優しく撫でた。


 「答えは、奏汰の中にあるわ。誰かに決められることじゃない」


 「でも……」


 「今の奏汰を見てると、すごく自然に思えるの。無理して演じてるんじゃなくて、本当の自分が出てきてるような」


 その言葉に、奏汰は複雑な感情を覚えた。確かに、最近は女の子として過ごすことに違和感を感じなくなってきている。それどころか、むしろ心地よさえ感じる。


 「ねぇ、奏汰」


 「うん?」


 「明日から、本格的な百合の勉強を始めましょう」


 「え?」


 「涼ちゃんとのデートに備えて!」


 「デートじゃないってば!」


 顔を真っ赤にする奏汰を見て、茉莉は楽しそうに笑った。


 「とにかく、これからが楽しみね」


 そう言って茉莉は部屋を出て行った。一人になった奏汰は、もう一度スマートフォンを手に取る。涼とのメッセージを見返しながら、不思議な感情が込み上げてくるのを感じた。


 「百合の世界か……」


 小さくつぶやいた言葉が、静かな部屋に響いた。


## 第4章:深まる絆と自己受容


 翌日から、茉莉の「百合道特訓」が本格的に始まった。


 「まずは、これを見て勉強しましょう!」


 茉莉が持ってきたのは、様々な百合作品のDVDやマンガだった。


 「お姉ちゃん、これ全部見るの?」


 「もちろん! 基礎知識は大切よ」


 そうして始まった百合作品の視聴。最初は気恥ずかしさを感じていた奏汰だが、次第に物語に引き込まれていった。


 「ねぇ、このシーン、どう思う?」


 画面では、二人の女の子が図書館で偶然出会うシーンが映し出されている。


 「なんか……ドキドキする」


 「そうでしょう? 女の子同士の出会いって、こういう何気ない瞬間から始まるのよ」


 茉莉の解説を聞きながら、奏汰は涼との出会いを思い出していた。確かに、あの時も似たような感覚があった。


 「でも、女の子同士の恋って……」


 「それが素敵なのよ。純粋で、繊細で、でも強い。まさに百合の本質」


 茉莉の目が輝きを増す。


 「恋?」


 その言葉に、奏汰は思わず声を上げた。


 「そう、恋よ。奏汰、涼ちゃんのこと、どう思ってるの?」


 「え? そ、それは……友達、かな」


 「本当に?」


 茉莉の鋭い視線に、奏汰は言葉に詰まる。本当に、ただの友達なのだろうか。毎日のように交わすメッセージ。一緒にいる時の心臓の高鳴り。それは友情だけでは説明がつかない感情なのかもしれない。


 「分からない……」


 「それでいいのよ。焦る必要なんてないわ」


 そう言って茉莉は、次の作品を再生した。


 数日後、涼との映画デートの日がやってきた。


 「緊張する……」


 鏡の前で念入りに身だしなみを整える。今日は茉莉と一緒に選んだ、淡いピンクのワンピースに白のカーディガン。髪は軽くウェーブをつけ、ナチュラルメイクで仕上げた。


 「完璧よ! きっと涼ちゃん、見とれちゃうわ」


 「もう、お姉ちゃんったら」


 待ち合わせ場所の駅に向かう途中、奏汰の心臓は大きく跳ね続けていた。ただの映画鑑賞。友達同士の普通のお出かけ。なのに、どうしてこんなに緊張するのだろう。


 「奏汰ちゃーん!」


 改札を出ると、涼が手を振って近づいてきた。紺色のワンピースに小さな白い花の刺繍が施された、可愛らしい装い。


 「お、おはようございます」


 「わぁ、今日の奏汰ちゃん、とっても可愛い!」


 「え? あ、ありがとう。涼ちゃんも、すてき」


 互いを褒め合う言葉に、二人とも頬を染める。


 「今日の映画、楽しみだね」


 「うん」


 映画館に向かう道すがら、自然と会話が弾む。学校の話や好きな音楽の話、最近見たドラマの話。話題が尽きることがない。


 「あ、そうだ。この前見た百合アニメの話なんだけど……」


 「百合?」


 思わず口に出てしまった言葉に、奏汰は慌てて言い淀む。


 「奏汰ちゃんも百合作品、見るの?」


 「え? あ、はい。最近少し……」


 「わぁ、嬉しい! 私も大好きなんです。特に、女の子同士の関係性の描き方とか……」


 涼の目が輝く。その表情があまりに可愛くて、奏汰は思わず見とれてしまう。


 「私、百合作品に出てくるような、純粋な恋って素敵だなって思うんです」


 「純粋な、恋……」


 その言葉が、奏汰の心に深く響く。


 映画館に着き、席に着く。選んだのは、最近話題のファンタジー作品。特に恋愛要素の強い作品ではないが、なぜか二人の間には甘い空気が漂っていた。


 映画が始まると、暗闇の中で二人の存在を強く意識する。時折、腕が触れ合うたびに、奏汰の心臓は大きく跳ねた。


 「あ……」


 感動的なシーンで、涼が思わず奏汰の手を握る。その温もりに、奏汰は息を呑んだ。でも、手を離すことはできなかった。


 映画が終わり、外に出ると、すっかり夕暮れ時になっていた。


 「すごく面白かったね!」


 「うん。あのラストシーン、感動的だった」


 「そうそう! 私、涙が出ちゃった」


 「気づいたよ。だから、手を……」


 言葉の途中で、二人は顔を見合わせて微笑んだ。まだ、手は繋いだままだった。


 「奏汰ちゃん」


 「うん?」


 「また、会いたい」


 その言葉に、奏汰の胸が熱くなる。


 「私も」


 夕暮れの駅で別れる時、二人は約束をした。また近いうちに会うことを。


 家に帰ると、茉莉が待ち構えていた。


 「どうだった?」


 「うん。とても、楽しかった」


 茉莉は奏汰の表情を見つめ、優しく微笑んだ。


 「奏汰、気づいた?」


 「何に?」


 「自分の気持ちに」


 その質問に、奏汰は黙って頷いた。もう、否定する必要はないような気がした。


 この感情の名前。それは、きっと――。


## 第5章:恋の進展と決意


 それから、奏汰と涼は頻繁に会うようになった。カフェでお茶を飲んだり、ショッピングに行ったり。時には公園でただぼんやりと空を見上げたり。


 「ねぇ、奏汰ちゃん」


 ある日、いつものカフェで、涼が不意に声をかけた。


 「うん?」


 「私ね、奏汰ちゃんのこと、もっと知りたいな」


 その言葉に、奏汰の心臓が大きく跳ねる。窓から差し込む夕陽に照らされた涼の横顔が、いつも以上に愛おしく感じられた。


 「私のこと?」


 「うん。奏汰ちゃんの好きなこととか、嫌いなこととか。朝起きてから夜寝るまで、どんなことを考えてるのかとか……全部」


 涼の真摯な眼差しに、奏汰は言葉を失う。その瞳に映る自分は、きっと本当の自分なのだろうか。女の子になる前の記憶が、一瞬頭をよぎる。


 「私なんて、そんなに……」


 「違うよ」


 涼が強く首を振った。


 「奏汰ちゃんは、すごく魅力的な人だよ。優しくて、繊細で、でも芯が強くて……」


 テーブルの上で、涼の手が奏汰の手を求めるように伸びてくる。


 「私ね、最近気づいたの」


 「え?」


 「奏汰ちゃんのことを考えると、胸がキュッとして、会いたくて仕方なくて……これって、きっと――」


 言葉の続きを待つ間、時間が止まったように感じられた。


 「好き、なの。友達としてじゃなくて、そういう意味で」


 涼の告白に、カフェの喧騒さえ遠くに感じられた。


 「涼ちゃん……」


 「ご、ごめんなさい! 急に変なこと言っちゃって……」


 慌てる涼に、奏汰は迷わず手を伸ばした。


 「私も、同じ気持ち」


 今度は奏汰が涼の手を握る番だった。柔らかく、温かい手。その感触が、今の気持ちを確かなものにしてくれる。


 「本当?」


 涼の目が潤んでいた。


 「うん。私も、涼ちゃんのことが……好き」


 その言葉を口にした瞬間、今までの迷いが嘘のように消えていった。そう、これが自分の本当の気持ち。女の子として生まれ変わって初めて気づいた、かけがえのない感情。


 「奏汰ちゃん……」


 涼が嬉し涙を浮かべながら、奏汰の手をぎゅっと握り返してきた。


 その夜、奏汰は茉莉に全てを報告した。


 「へぇ、涼ちゃんから告白されたんだ」


 「うん……」


 「で、どんな気持ち?」


 「すっごく……幸せ」


 素直な言葉に、茉莉は満足そうに頷いた。


 「良かったわ。私の妹が、立派な百合っ娘に成長するなんて」


 「もう、からかわないでよ」


 顔を赤らめながらも、奏汰は幸せな笑みを浮かべていた。


 「でも、お姉ちゃん」


 「ん?」


 「私、このままでいいのかな。涼ちゃんには、本当のことを……」


 「奏汰」


 茉莉が真剣な表情で妹を見つめる。


 「あなたは、本当の自分を生きているのよ。それは間違いない」


 「でも、私は元々……」


 「大切なのは今のあなた。そして、涼ちゃんはそんなあなたを好きになったの」


 茉莉の言葉が、奏汰の心に深く染み込んでいく。


 「いつか、ちゃんと話さなきゃいけない時が来るかもしれない。でも、それは今じゃなくてもいい。二人の気持ちが、もっと深まってからでも」


 「うん……ありがとう、お姉ちゃん」


 茉莉は優しく奏汰を抱きしめた。


 「私の可愛い妹が幸せそうで、何よりよ」


 その言葉に、奏汰は安心して目を閉じた。


 翌日、涼との初めてのデート。今度は正式な「恋人」として。


 「おはよう、奏汰ちゃん!」


 待ち合わせ場所で涼が手を振る。その姿を見た瞬間、奏汰の心は喜びで満たされた。


 「おはよう、涼ちゃん」


 自然と手を繋ぎ合う。その仕草は、もう特別なことではなかった。


 「今日は動物園に行きたいなって」


 「うん、いいね」


 会話が弾み、笑顔が溢れる。時折、お互いの顔を見つめ合っては照れ笑いする。純粋で、儚くて、でも確かな恋。それが、今の二人にはあった。


 動物園では、パンダの赤ちゃんに興奮したり、ペンギンのような歩き方を真似してみたり。他の来園客から見れば、仲の良い女の子同士のお出かけにしか見えないかもしれない。でも、二人の間には特別な空気が流れていた。


 「ねぇ、奏汰ちゃん」


 「うん?」


 「私、すっごく幸せ」


 観覧車の中で、涼がそっとつぶやいた。


 「私も」


 夕暮れ時の空を背景に、二人の影が重なる。涼が奏汰の頬にそっとキスをした瞬間、世界が輝きに満ちたように感じられた。


 「好き……大好き」


 互いの気持ちを確かめ合うように、言葉を交わす。


 その日の夜、奏汰は日記にこう綴った。


『今、私は幸せ。女の子になって、戸惑いや不安もあった。でも、この体になったからこそ出会えた人がいる。感じることができた気持ちがある。


 これが運命だったのかもしれない。私の本当の姿に気づくための、大切な変化。


 涼ちゃんのことを想うと、胸が温かくなる。この気持ちは、きっと――』


 言葉を探しながら、奏汰は微笑んだ。窓の外では、満月が優しく輝いていた。


## 第6章:新たな人生の始まり


 春の訪れとともに、奏汰の生活は大きく変わろうとしていた。茉莉が手配してくれた手続きのおかげで、新学期からは女子高生として新しい学校に通えることになった。


 「お姉ちゃん、本当にありがとう」


 「当たり前よ。妹のためだもの」


 茉莉は満足そうに頷いた。


 「でも、涼ちゃんとは別の学校になっちゃうのね」


 「うん……でも、大丈夫」


 二人の絆は、そんなことで揺らぐほど弱くはない。それは、奏汰にも、涼にも、分かっていた。


 「私ね」


 奏汰は穏やかな表情で言った。


 「今の自分が好きになれた」


 「そう」


 「女の子になって、最初は戸惑ったけど。でも、これが本当の私なのかもしれない」


 茉莉は優しく微笑んだ。


 「奏汰は奏汰のまま。ただ、本当の自分に気づいただけよ」


 その言葉に、奏汰は深く頷いた。


 週末、涼と出かけた先は、桜の咲き誇る公園だった。


 「すごくきれい……」


 涼が見上げる桜に、奏汰も目を奪われる。


 「ねぇ、涼ちゃん」


 「うん?」


 「私ね、言いたいことがあるの」


 時が来た。全てを打ち明ける時。奏汰は深く息を吸い、ゆっくりと話し始めた。自分が元は男の子だったこと。突然女の子になってしまったこと。そして、涼と出会い、本当の自分に気づいていったこと。


 話し終えた時、涼は静かに奏汰の手を握っていた。


 「知ってた」


 「え?」


 「なんとなく、感じてた。奏汰ちゃんの中に、何か秘密があることを」


 涼の優しい微笑みに、奏汰は涙が込み上げてくるのを感じた。


 「でも、それが奏汰ちゃんなの。私の大切な人」


 「涼ちゃん……」


 「私が好きになったのは、今ここにいる奏汰ちゃん。それは変わらない」


 涼の言葉に、奏汰は溢れる涙を止められなかった。


 「ありがとう……本当に、ありがとう」


 桜の花びらが二人を優しく包み込む。


 この瞬間、奏汰は確信した。女の子になったことは、決して偶然ではなかったのだと。これが自分の本当の姿。そして、この姿だからこそ出会えた大切な人。


 「私、幸せ」


 涼の肩に頭を乗せながら、奏汰はつぶやいた。


 「私も。奏汰ちゃんと一緒にいられて、本当に幸せ」


 春風が二人の髪を揺らす。新しい季節の始まりと共に、奏汰の新しい人生も、確かな一歩を踏み出していた。


 家に帰ると、茉莉が温かい紅茶を用意して待っていた。


 「お帰り。どうだった?」


 「うん。全部、話せた」


 「そう。良かった」


 茉莉は満足そうに頷いた。


 「ねぇ、お姉ちゃん」


 「ん?」


 「私、やっと分かったの」


 「何が?」


 「百合の本当の意味」


 茉莉は楽しそうに笑った。


 「そう。奏汰は立派な百合っ娘に育ったわね」


 「もう、からかわないでよ」


 でも、今度は奏汰も一緒に笑った。


 窓の外では、桜の花びらが舞っていた。新しい季節の始まりを告げるように。


 奏汰の物語は、ここで終わりではない。むしろ、本当の始まり。女の子として、一人の人間として、そして誰かを愛する人として。


 これから先も、きっと様々な出来事が待っているだろう。でも、もう怖くない。


 だって、隣には大切な人がいる。背中を押してくれる家族がいる。そして何より、自分自身を受け入れることができたのだから。


 「ただいま」


 その言葉には、深い意味が込められていた。


 本当の自分に、本当の場所に、ようやく辿り着いた。そんな感覚。


 これが、奏汰の見つけた答え。そして、新しい物語の始まりだった。


           *   *   *


 春の柔らかな日差しが降り注ぐ中、奏汰は新しい制服に袖を通した。鏡に映る自分は、もう迷いを感じさせない表情をしていた。


 「行ってきます!」


 「いってらっしゃい。我が家の百合の華よ!」


 茉莉の冗談めいた言葉に笑いながら、奏汰は春の空へと飛び出していった。


 この先もきっと、たくさんの物語が待っている。


 でも今は、この瞬間を、精一杯生きていこう。


 それが、奏汰の選んだ道なのだから。


              -完-















































# 特別編:ときめきコーディネート ―デートの朝―


 目覚まし時計が鳴る30分も前から、奏汰は目が覚めていた。今日は涼とのデート。初めての、正式な「恋人」としてのデート。布団の中で体を丸めながら、奏汰は小さくため息をつく。


 「どうしよう……」


 クローゼットには、これまで茉莉と一緒に選んできた服が並んでいる。でも今日は特別な日。いつも以上に可愛く、でも頑張りすぎない感じで。ナチュラルに、だけどちゃんとお洒落して……。


 「何着ていけばいいの……」


 悩ましげにクローゼットを開けたまま立ち尽くす奏汰の背後から、突然声が響いた。


 「おはよ♪ もう迷子になってる?」


 「きゃっ! お、お姉ちゃん! なんでこんな早くに……」


 「あら、分かりきってることでしょ。可愛い妹の初デートよ? 見守らないわけにはいかないじゃない」


 茉莉は楽しそうに奏汰の部屋に入ってきた。パジャマ姿ながら、すでにメイクは完璧に決めている。


 「もう、からかわないでよ……」


 「からかってなんかないわよ。それより、もう候補は決まった?」


 「う、うん。この3着かなって……」


 ベッドの上に並べられた服を見て、茉莉は首を傾げた。


 「んー、どれも無難すぎない? もっとアピールしちゃいなさいよ」


 「え? でも、派手すぎるのは……」


 「初デートだからって縮こまっちゃダメよ。涼ちゃんの目の前で輝くチャンスなんだから!」


 茉莉はクローゼットから新しいコーディネートを取り出し始めた。


 「これとこれを合わせて……そうそう、この春色のワンピースが良いわ。首元のリボンがアクセントになって、すごく可愛いのよ」


 「で、でもこれ、ちょっと露出が……」


 「大丈夫よ。カーディガンを羽織れば清楚な感じになるわ。涼ちゃんの取り合わせみたいに、爽やかで可愛い雰囲気に」


 茉莉の提案を聞きながら、奏汰は鏡の前で服を当ててみる。確かに、悪くない。


 「次はメイク! 今日は特別にお姉ちゃんがプロデュースしてあげる」


 「え? いつもみたいなナチュラルメイクじゃ……駄目?」


 「もちろん、ナチュラルがベース。でもね、ちょっとしたアクセントが大切なの」


 茉莉は自分の化粧ポーチから様々なコスメを取り出し始めた。


 「まずはベースメイク。あとね、今日は目元を可愛く強調しましょ」


 「強調って……派手にならない?」


 「大丈夫よ。涼ちゃんの視線を釘付けにするくらいの可愛さは必要でしょ?」


 「もう! お姉ちゃんったら!」


 顔を真っ赤にする奏汰を見て、茉莉はくすくすと笑う。


 「でも嬉しいでしょ? 涼ちゃんに見つめられるの」


 「そ、それは……」


 否定できない気持ちに、奏汰は小さく頷いた。


 「よーし、じゃあ本気で可愛くしちゃいましょ!」


 茉莉の手にかかること30分。鏡に映る奏汰の姿は、いつもより少しだけ大人っぽく、でも可愛らしさは残したまま。


 「これなら完璧ね!」


 「わぁ……こんな私、見たことない」


 「どう? 気に入った?」


 「うん。ありがとう、お姉ちゃん」


 「でも、まだ終わりじゃないのよ」


 「え?」


 「香水! さりげない香りで、涼ちゃんの心を虜にしちゃいましょ」


 「ちょ、ちょっと! それは流石に……」


 「あら、嫌? 涼ちゃんに『奏汰ちゃん、今日いい香りするね』なんて言われたくない?」


 「う……」


 茉莉の言葉に、奏汰は想像して顔を赤らめる。


 「もう! お姉ちゃんの策略にはまっちゃった……」


 「フフフ、可愛い妹が更に可愛くなるお手伝いができて、私も嬉しいわ」


 最後の仕上げまで終わり、準備完了。時計を見ると、待ち合わせまであと1時間。


 「よし、完璧ね! これなら涼ちゃん、見とれちゃうわよ」


 「本当かな……」


 「自信を持って。今の奏汰は最高に可愛いんだから」


 鏡の前で最後のチェックをする奏汰の後ろで、茉莉がにやりと笑った。


 「あ、そうそう。もし涼ちゃんが『奏汰ちゃん、可愛い』って言ってきたら、どう返すか練習しておきましょ」


 「え!? そ、そんなの恥ずかしい!」


 「でも、絶対に言われるわよ? 今日の奏汰なら」


 茉莉の冗談めいた特訓は、出発の時間ギリギリまで続いた。でも、そのおかげで緊張も少し和らいだような気がする。


 「行ってきます」


 「いってらっしゃい。素敵な初デートになりますように!」


 玄関を出る時、奏汰は小さく呟いた。


 「涼ちゃん、私に会えて……喜んでくれるかな」


 春の柔らかな風が、その言葉を優しく包み込んでいた。


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【TS百合短編小説】目覚めたら突然乙女になってました! ~はじめての百合はお姉ちゃんに導かれて~(約15,500字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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