第43話 アルドリックの処刑

 その日のミズガル国は騒然としていた。

 百年もの間、守護の国と言われ守られてきたこの国の礎が崩壊しようとしていたからだ。


「ねえ、聞いた? 結界を壊した人ってアルドリック様らしいわよ……」


 国を守ってきた結界を崩壊させた原因を作ったとして、王族の一人である第三王子が処刑される事が決まった。

 この人物は以前から問題行動を起こしていたとして有名ではあったものの、まさか結界を壊すという暴挙を働くなどと誰が思うだろうか。


 国の象徴ともなっている賢者の結界は、自国を守り続けていた大切な宝だ。それを壊すなどと……第三王子への失望と怒り、恐れなどが至る所で噴出していた。


「違う! 結界を壊そうとした者は別だ! アルドリック様は結界を守ろうとなさっていた!」


 中には第三王子を擁護する声も聞こえるが、現実として結界が崩れていくのが目に入れば、不安と怒りの矛先が擁護している者達へと向かった。


 自分が攻撃されると思っていなかった擁護していた者達は次々と口を閉じていく。

 こうなればもう、アルドリックを悪く言う者達で溢れるまで時間はかからなかった。




 街の人々が口々に噂している内容を、物陰から黙って聞いている人物がいた。

 真実に近い話もあれば、まるっきり変貌を遂げた噂もある。


 元となった事件を目撃した者や当事者が誇張を交えて周囲に話したり、自分の意見を交えて話すことで、どんどんと違う方向へと向かってしまうのをただ見守っている人物。


「これだから止められないのよね」


 次々と書き換えられていく『情報』を収集しながら、サミエはクスリと笑った。


          *


 百年保たれた結界が崩壊する原因を作ったとして第三王子の処刑が行われると、王は大々的に触れ回った。

 無残に砕け散った守護の賢者ティウの石像の前に処刑台が設けられ、その周囲は結界の暴走による残骸の爪痕が残ったままだった。


 奇しくもこの日は雲一つと無い快晴で、風が全くない日であった。

 城を背にした位置に処刑台が見下ろせるように高台が置かれ、王族が見物できるようになっていた。

 そこで王の側近が声高に叫ぶ。「この快晴は神が処刑を望んでいる証拠だ!」、と。


 大勢の人々の中から、鎖に繋がれて連れてこられる第三王子であるアルドリックの姿。

 拷問でも受けたのか、足も引きずっていてまともに歩けていない。

 その痛ましさに同情と動揺の声が密かに上がったが、騎士達が口を開いた者達に剣を向けたせいですぐにかき消えた。


「無様だな、アルドリック。戯れ言をほざいていると思ってはいたが……それだけで済ませればよかったものを。よりにもよってこんな事をしでかすとは……」


 王の脇に立ち、呆れた顔の第一王子が言った。第二王子は眉間に皺を寄せたまま、何か耐えるような顔をしている。この状況に複雑な思いをもっているのかもしれない。


「元は従兄弟とはいえ、私達は本当の兄弟だと信じていたのにこんなことをするなんて……君を迎え入れたのが恥ずかしいよ」


 連れてこられたアルドリックは黙ったまま、処刑台へと誘導される。処刑人が執行するための道具の確認として、丸ごとの豚を持ってきた。


 大柄な男が斧を豚に振りかざし、試し切りをしている。その様子に興奮した周囲が湧きたった。


 そんな様子を高台から見下ろしていた王が手を上げ、場を静かにさせた。

 周囲が静かになったタイミングで口を開く。


「罪人アルドリック。最後に言い残すことはあるか?」


「…………」


 しばし黙っていたアルドリックだったが、キッと王を睨み付け、そして厳かに言った。


「百年もの間、我々は賢者ティウ様の結界にぬくぬくと守られてきた」


 まるで演説のような始まりに、王は怪訝な顔をして、隣にいた第一王子も首を捻る。


「急にどうした? 賢者ティウ様は我々の協力者なのだから当然だろう」


「当然、だと?」


 呆れ顔の第一王子は、アルドリックが何を言おうとしているのか分からない。その隣にいた第二王子は眉間に皺を寄せたまま、何を考えているのか分からない。

 だが、アルドリックは声を張り上げて言った。その思考こそがおかしいのだ、と。


「この結界を施された賢者ティウ様は、その代償を背負い長き眠りへと旅立たれた。それを我々は……さも当たり前のように……」


「ハッ、ティウ様の結界を自分で壊しておきながら被害者面とは。本当に救えない」


 第一王子に言葉に、王も頷く。


「我々は賢者ティウ様に感謝をしている。その象徴として像すら建てたのだ。それをお前が壊したんだろうが!」


 王と第一王子が口々にアルドリックを罵った。その間も第二王子はアルドリックの言葉を聞き漏らしまいと耳をすませているかのように黙っている。


「魔法の維持には代償が伴う! 魔道具とてそれは然り!! 端から永遠の結界でないことぐらい当たり前であるはずなのに、どうしてそんなことすら分からないのか!」


「……何を言っている?」


「私はずっと言い続けてきた。結界はいずれ崩壊すると。今がその時である可能性が高いと。結界が崩壊すれば国としての防衛が一気に損なわれる。そのための準備と心構えを説いてきた。私を処刑したとて、この国が崩壊する未来は絶対に変わらないぞ!!」


 アルドリックの威厳に満ちた声とその態度に、民達は呆然とし、王達もたじろいだ。


「い、いい加減にしろ! お前が結界を壊したのは事実だろう! その責任を取れ!!」


 急に王が椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にしてアルドリックに叫ぶ。急に血相を変えたその様子に王子達がたじろいだ。


「責任? 賢者ティウ様は迫り来る敵からこの国を、そして民を守るためにこの結界を施した。その民を外に追い出した王から責任を問われるとは……」


 場違いにも、アルドリックは嘲笑した。


「笑える」


 フッと笑うアルドリックの態度に、気が触れたように叫ぶ王の姿。

 王は何か喚いているが、何を言っているのか分からなかった。


 何やら立場が逆転しているように見える。

 逸脱したこの事態に何かがおかしいと王子達も見物していた者達も次第に気付き始めるが、時すでに遅く王が「殺せ!」と叫んだ。


 アルドリックは第三王子という立場ではあるが、本来は王との間柄は叔父と甥の関係だ。

 当時王太子だった父と母が事故で同時に亡くなってしまったが、元々の王位継承権が第二位ながらも幼かったという事もあり、急きょ王位を継いだ叔父に義理の息子として迎えられていた存在だった。


 本来ならば王太子は第一王子ではなく、アルドリックこそが王太子のはずだったのだが、気付けば孤立していた。

 本人も研究気質な所があり王位に興味がなかったため、浮いた王族として周囲から見られていたのだ。



 義理とは言え、血が繋がっているはずのアルドリックを見る王の目は、何かに怯えているようでもあった。




 王の命令にハッと我に返った処刑人が動く。

 アルドリックの首を固定しようと繋がっていた鎖を引っ張り、倒れかけたアルドリックの頭を掴み上げた。


「ぐっ……」


 呻くアルドリックをものともせず、処刑台に固定しようとしたその時、処刑台に一気に黒い影が差す。


「?」


 急に雲が出たのかと思うほどに黒いその影は大きく、しかし、影が過ぎ去るのが早かった。


『グオオオオオオオン!!』


 違和感に気付いた瞬間、肯定するかのようなタイミングでドラゴンの咆吼がミズガル国に響く。その声は威圧を伴っており、立っている者達がよろけて座り込んだ。


「な、何だ!?」


「何の声だ!?」


 群衆の一人が腰を抜かしながら空を指さす。その指は震え、声にならない叫びを発した。


「~~~~~~!!」


「なんだ、どうし……」


 指された方向を釣られて見上げれば、そこには巨大なドラゴンがこちらに向かって突っ込んでくる姿が見えた。


「うわあああああああ!」


「黒い、黒いドラゴンだ!!」


「落ちてくるぞ!!」


 周囲は一気にパニックと化す。それもそのはずで、処刑台に向かって急降下しだしたのだ。

 そのまま落ちてくるドラゴンを避けるため、逃げようとして転ける者や、それに巻き込まれてしまう者達とで混乱が起きた。

 そんな中、突如強風が襲い、かろうじて立っていた者達すら至る所で吹き飛ばされた。


 しばらく誰もが目を瞑り、衝撃に備える……が、ドラゴンが落下したであろう音や衝撃がいつまで経っても襲ってこない。


 恐る恐る周囲の者達が処刑台へと目を向けると、そこには先ほどまでいなかった者達が数名、処刑台の上に立っているのが見えた。


「ほんっと荒いこと」


「あ~~酔った~~うええ」


「ひーちゃん……目が回ったよぉ……」


「だ、大丈夫か?」


 場違いな空気を纏う集団だ。そして、そんな呑気な会話をしている者達の後ろに、ドスンと大きな音を立てて何かが落ちてきた。

 それは大きな角と尾を持った者で、トカゲ族のはずなのに、トカゲ族と断言できない風貌の人物。


「すまんすまん。坊主が危なそうだったんでちょい急いじまった」


 照れ笑いしながら後頭部を掻く、二つの角と尾を持った大柄の男。

 同じく華奢な体つきではあるものの、身長も高く、妖艶でグラマラスな女性の頭にも角がある。その女性の脇に、ふわりと空に浮いた少年。

 その他にもひょろりとした体格であるものの、身長も高く、長い髪をゆったり結わえた片眼鏡の男の特徴的な長い耳。

 そして、少年とそっくりな少女と青髪の青年。


「…………ティウ、様……?」


 呆然としたアルドリックの呟きに、立っていた者達は喋るのを止めてアルドリックと、ティウと呼ばれた少女を見た。

 その姿は壊れたモニュメントそっくりな容貌で、誰もが一目見て賢者ティウだと分かる人物だった。


 そして少年と青髪の青年以外、全員が黒髪だ。その髪の色を持つ意味は大変有名で、半ば伝説のような存在であった。



 黒を纏う、賢者の一族。



「アルドリックさん!」


 ティウの言葉で止まっていた時が動き出したかのような錯覚が起きる。

 呆然としていた周囲の者達はハッとし、突然の乱入者達に剣を向けた。


「く、曲者だ! 殺せ、殺せ!!」


 王の言葉に他の騎士達も次々と剣を抜いてティウ達を見る。

 周囲から向けられた殺気にティウは思わず怯えてしまうが、左右をジルヴァラとノアが守り、後ろをゾンが守った。


 そして前に一歩進み出たのはサミエだ。


「あらぁ。おいたはダメよ」


 その手に持った鞭が目にも止まらぬ早さで唸る。バチイインと鞭が当たった騎士達は吹き飛ばされ、鞭を受け止めた鎧はひしゃげていてその威力が分かる。

 弾きとばされた騎士が持っていた剣が、くるりと宙を描き、処刑台の床へとグサリと突き刺さった。


 鞭の威力を目の当たりにした騎士達が驚愕し、腰が引けているのが分かった。怯えてじりじりと後退している。


「ウフフ。愛しいアナタ、お願いするわね」


「うん!」


 サミエに頼まれたマーニが空に向かって手を上げれば、地響きが起こり、木々の根がボコボコボコと地表に現れた。


「うわあああああああ!」


「た、助けてくれぇ!!」


 根に絡まれ、騎士が持ち上げられて阿鼻叫喚の図ができあがる。


「弓だ! 弓を引け!!」


 次々と飛んでくる矢をティウの結界が防ぎ、魔法すらもまったく歯が立たない様子に呆然とする騎士達。

 その隙を狙い、ジルヴァラが逃げられないように王達がいる高台の周辺を凍らせて彼らを閉じ込めた。


「ヒイイ!」


 逃げ惑う民衆もいるが、腰を抜かして呆然と場を見つめている者達も大勢いる。

 そんな中、ノアが前に出た。


「やあやあ百年ぶりかな? 久しぶりだねぇ。といってももう、昔の王族は誰も生きてないのかな? ちょっと聞きたいことがあったんだけど。まあ、王様名乗っているし、君でいいや」


 ノアがそう言って王へと視線を向ける。


「む、昔の王族……だと?」


 震える声で王が言うと、ノアが笑った。


「君達は私のことを『創造の賢者』と呼んでいるねぇ。で、覚えている……は違うか。王様ならご先祖から伝え聞いているはずだよね? 私達と交わした約束を」


「け、賢者と約束……だと?」


「そう。私達との約束を違えぬよう、王の証を持つ者が王となり、この約束を守り続けると誓ったよね? ……ねえねえ、君が王様なんでしょう? 孫の結界が壊れているけれどこれは一体どういう事なのかな?」


「け、結界はそこにいる罪人が……!」


 王の言葉を待たず、ノアは言った。


「ところで君、『アレ』はちゃんと持ってるかい?」


「あ、あれとは……?」


「そう。創造の賢者と守護の賢者が造った王の証。ねえ……」


 そう言った所で、笑っていたノアの顔から笑顔が消えた。



「偽者のミズガル王よ。君、私達を差し置いて何勝手をしているんだい?」



 ノアの言葉で、王の周囲にいた者達が一斉に王を見た。




 王の顔は表情が抜け落ちたように無表情で、ノア達を凝視していた。


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