第30話 神出鬼没
ティウは満面の笑みでジルヴァラと共に本屋へと向かったが、店の前でばったりとアルドリックに遭遇してしまった。
「やあ、ティウ。奇遇だね」
こちらに気付いたアルドリックが寄ってくる。ティウの肩がビクッと跳ねた。
「こ、こんにちは……」
すぐにジルヴァラが間に立ってティウを背中に隠す。ジルヴァラとアルドリックの間で火花が散ったような気がした。
「お兄さんもこんにちは。今日はどこに行くんだい?」
さわやかな笑顔で問われるが、アルドリックが口を開く度にジルヴァラの眉間の皺が増えていく。
「ティウ、さっさと行ってこい」
「え? あ、うん」
本屋の入り口で見付かったので、ジルヴァラは先に店に入って本を買ってこいと促した。
二人をそのままにしておくのが心配であったものの、ティウは慌てて店へと入ってミズガル地方の動植物の辞書を急いで探していく。
手にとってパラパラとめくって中身を確認しては棚に戻した。
本屋で売られているほとんどの本は、薄い冊子のような作りのものばかりだ。やはり小さな店では、分厚い革表紙に包まれた本はあまり需要が無いのかもしれない。
ティウは溜息をこぼし、次の本を手に取った。
(う~ん。ないかも……)
ふと、出口のすぐ横の棚を見ると『ミズガルの歴史~守護の賢者と王族~』という本があることに気付いた。
(これ……!)
人族が書いた歴史書だ。反射的に手に取って少し迷った後、買うためにすぐに店員に持って行った。
*
ティウが店の中に入ったのを横目で確認すると、アルドリックがジルヴァラに構わずティウの後に続こうとしたので身体をねじ込ませて阻止した。
「そんなに警戒しなくてもよくないかい?」
肩をすくめるアルドリックにジルヴァラは牙を剥く。
「弟をつけ回すのは止めてもらおうか」
「偶然なのにつけ回すだなんて心外だ。それとも私が人族だから嫌われているのかな?」
奴隷制度が廃止されたとはいえ、獣人と人族では未だに根強い遺恨がある。悲しそうな顔をするアルドリックだったが、ジルヴァラからしてみれば嘘の顔にしか見えなかった。
王族だという身分も晒し、尚且つ獣人に食事まで奢るアルドリックの態度は、第三者が見れば咎められるのはジルヴァラの方だろう。
しかしジルヴァラにしてみれば、人族はどの種族よりも自己中心的で、傲慢と欲の塊だと百年前に嫌と言うほど見てきたのである。
その血を受け継いでいる目の前の男も、顔が似過ぎているだけに憎む対象に変わりはない。
「協力? 言葉は良いがお前達人族のいざこざに弟を巻き込ませるワケにはいかないんだよ」
「これから国が困ると分かっているのに、王族として何もしないわけにはいかないんだ。ほんの少しだけ助力を頼みたいだけだよ」
「笑わせるな。俺達はこの国に何の思い入れもないし、そっちの事情なんて知った事じゃない。大体あんたは結界の存在を否定しているように見えたが違うのか?」
「はぁ……耳が痛いな。この国は結界に頼り切っている。そうだ。結界が綻んでいると言っても誰も耳を貸さない」
「王族のあんたの話を聞かない奴等に獣人が話を? 冗談だろ」
呆れたジルヴァラの言葉に、アルドリックは苦い顔をした。
「ティウに証言して欲しいというわけじゃない。綻びの手がかりを掴んで証明するために……」
「何もできないと言っているだろう!」
ジルヴァラが叫んだ背後で、ビクリと震えた気配がする。ジルヴァラが慌てて背後に目をやると、本を抱えたティウが毛を逆立てていた。
店から出た所でジルヴァラのビリビリとした怒りの感情が全身を刺した。
精霊族であるティウは、他人の感情の動きに非常に敏感になる時がある。特に怒りの感情が怖いのだ。
「ジ、ジルお兄ちゃん…?」
頭の上にある擬態してた耳がペタンと寝てしまったのが自分でも分かる。こちらをハッとした表情で見たジルヴァラは、申し訳なさそうに「悪かった」と謝罪した。
頭をわしゃわしゃと撫でられて、怖かった気持ちが霧散していくが、その元凶となっている相手をちらりと見たら、目が合ってしまった。
「欲しい本はあったのかな?」
「は、はい」
買った本は、店員に紐で縛ってもらった。そういえば慌てて戻ろうとしたために、本を鞄の中に入れるのを忘れてしまっているのに気付き、思わずスッと本を背中に隠した。
「警戒されてしまったのか」
アルドリックが苦笑いしている。
ジルヴァラがまたアルドリックから自分を隠してくれている間に、鞄に本を入れた。
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