第12話 人気配信者

人気配信者

 あいるんが発表した、『登録者数100万人突破記念企画』は、SNS上で大きな話題を呼んだ。

 ネットニュースでも取り上げられ、視聴者はもちろん配信業界に興味がなく、あいるんの存在を知らなかった人たちまでが知るところとなった。


 どの話が実話であるのかを突き止めるために、ヒントを得ようと、過去の配信まで遡って視聴する人が続出。あいるんの配信チャンネルの総再生数は、1週間足らずで配信アプリ史上最多を更新した。

 ほかの配信者たちも話題としてあげるようになり、インターネット上では連日、考察合戦が繰り広げられていた。


 80万人で停滞していた登録者数も再び伸びはじめ、あいるんの配信チャンネルは、ついに100万人を突破した。


 待ってましたと言わんばかりに、SNSではこぞって登録者数のスクリーンショットが投稿された。

 世間があいるんの反応を今か今かと待ちわびているなか、短い文章がSNSで発信された。


「皆さん、ついに100万人突破しましたー!というわけで、約束通り、〇月×日(金)夜20時~正解発表配信しまーす♡お楽しみに!」


 この投稿は、100万以上拡散され、SNS上は大騒ぎだった。


 考察はますます加速し、連日SNSのトレンドワードを搔っ攫っていく。

 そして、予告どおり、金曜日の夜20時から配信が始まった。


 あいるんが利用している配信アプリには、プレミアム会員制度というものがある。月額料金が発生するが、会員になると、様々な特典が利用できる。

 ただし、通常会員では使えない配信機能が使えたり、アプリのトップ画面で紹介してもらえたりと配信者にフォーカスした特典がほとんど。配信をしないユーザーにとって唯一メリットと感じる特典は、生配信を優先的に見られるというもののみだった。


 この日のあいるんの配信は、あまりにも視聴者が多く、通常会員では閲覧できない状況になってしまった。

 結果、プレミアム会員への登録申請が殺到し、今度はこちらの登録画面のサーバーがダウンしてしまうこととなる。

 そんな騒動になっていることもお構いなしに、あいるんは時間どおり配信を始めた。


「こんばんはー!ホラー大好き!お酒大好き!あいるんです!今夜も酒の肴に恐怖を1つ!ゾクゾク涼しい夜をお届けします!」

 まだ冒頭の挨拶だというのに、コメントの嵐が止まらない。


「この間の配信でお知らせした、100万人記念なんですけども、皆大いに白熱してくれたみたいで嬉しいよー!皆が盛り上げてくれたおかげで、ついに登録者数が100万人を超えましたー!やったー!」

 笑顔で万歳三唱するあいるんに視聴者たちもコメント欄で熱狂する。


「今日はおめでたい日なので、お酒もちょっと奮発して赤ワインを買っちゃったよ!ピザも頼んだから、そろそろ届くかなー。」

 ワイングラスに注いだワインをゆらゆら揺らしてから、一口飲む。

「はー、早くピザ来ないかなー!」

 普段どおりのオープニングトークを始めるあいるんに、とうとう痺れを切らして視聴者たちが急かし始める。


 ――正解はよ。

 ――ピザくるまで待つ感じ?

 ――正解気になるー!


「そうだよねー!焦らしてごめん(笑)。正解は-」

 その時だった。


 ピンポーン。


 あいるんの背後からインターホンの音が聞こえた。


「あ!ピザが来たかな?」

 いそいそと立ち上がり、玄関に向かうあいるん。

 コメント欄は、タイミングの悪さに対するクレームで溢れていた。


 ――タイミングよ。

 ――どこのピザ屋だよ。クレーム入れてくるわ。

 ――はーやーくー!

 

 配信画面にはあいるんの後ろ姿が映っていた。

 玄関の鍵を開けてチェーンを外し、ドアを開ける。

 その直後、ドアの向こうの人物があいるんに正面から体当たりをした。

 あいるんがよろけて尻もちをついたことで、訪ねてきた人物の姿が露になる。

 上下黒のスウェットを着た女だった。

 そして、その手には包丁が握られており、刃には血がついていた。


 あいるんは、体当たりされたのではなく、刺されたのだ。


 ――え??????

 ――包丁持ってない?

 ――刺された?

 ――ヤラセだろ。

 ――誰だよこの女。

 ――怖い怖い怖い。


 突然の出来事に、コメント欄は阿鼻叫喚だった。

 配信中であることに気付いているのか、いないのか、女はあいるんを見下ろして話始める。


「あんたのせいで……。余計な事しやがって!」

 絞り出すような怒りを帯びた声で、女は言った。

「……誰だっけ?」

 荒く呼吸をしながら、あいるんが女に話しかける。


「何しらばっくれてんの?本林だよ!」

 あいるんの問いに対して、怒鳴り声で答える女に対して、視聴者たちが反応した。


 ――本林?

 ――なんか聞いたことあるような……。

 ――あれじゃね?『職場いじめ』の話に出てきた人。

 ――え、じゃあ、『職場いじめ』が実話だったってこと?


 そんなコメント欄の内容を知ってか知らずか、本林はさらに続けた。

「あんたが出した、馬鹿みたいなクイズ。あれ正解は全部でしょ?ただ、話の内容全部がじゃない。登場人物やストーリーの一部に実話や実名使ったセミフィクション。でも、関係者なら気づく程度の情報が入ってるから、わかる人間にはわかるんだよ!」

 予期せぬ正解発表に、またもコメント欄は熱狂した。


 ――全部?

 ――たしかに1つだけとは言ってなかったな。

 ――セミフィクションか、その発想はなかった。

 ――これ、正解者いんの?


「これがあんたの目的だったんでしょ?あんなクイズ出せば、ネットの奴らが張り切って、私たちのこと特定して晒してくれるって。あんたの狙いどおりだよ。私のことだって気づいた職場の誰かが、特定班だかに情報売って、あっという間に拡散された。おかげで職場では針の筵で、婚約も破棄された!あんたの実家だって今大騒ぎだよ!」

 発狂するように、自分の現状をなげく本林を、あいるんは黙って見つめていた。

「大体、何が『あいるん』よ。あんたの名前は田宮春奈でしょ?!」

 思いがけず、あいるんの本名が暴露され、さらにコメント欄は騒然とする。


 ――あいるんにかすりもしてなくて草。

 ――田宮春奈も聞いたことあるな。

 ――『盗撮』に出てきた名前じゃね?


 田宮春奈は、『盗撮』の話で主人公として出てきた名前だった。


 興奮してフーフーっと息を荒くする本林を見て、あいるんもとい、春奈は突然笑い出した。

 血が器官に入ったのか、咳き込みながらも、笑いが止まらない。

 そんな春奈の様子を、本林は気味悪そうに見ている。


「……何笑ってんのよ。」

 不気味さから少し冷静さを取り戻したのか、先程とは打って変わって静かな声で言った。

「だって、嬉しくて。正直成功するかなんてわからなかったし、万が一あなたたちが身バレしたとしても、上手く言い逃れして今までどおりの生活を維持できる可能性も考えてたから。……でもよかった。無事生き地獄を味わってるみたいで。」

 刺された腹部からの出血は止まらず、体が冷たくなっていくのを感じる。

 目の前も暗く、視界がかすんでいく。


「ありがとう。わざわざ自分の不幸を知らせに来てくれて。」


 弱々しく笑いながら本林にお礼を言う春奈の目には、わずかに嘲りの色が見えた。

 

「この、クソ女!!」

 本林は、持っていた包丁を振り上げ、悲鳴とも泣き声とも取れるような叫び声をあげながら何度も春奈に振り下ろす。

 

 ――え、やばいやばいやばい。

 ――これガチのやつ?

 ――通報した。ヤラセだとしたら悪質。

 ――警察!急げ!


 こんなショッキングな場面でも、依然としてコメントを打ち続ける視聴者たち。

 めった刺しにされた春奈の体はピクリとも動かない。

 呆然として、春奈の遺体を眺めていた本林だが、玄関のドアを開けてフラフラと外に出て行ってしまった。


 キキ―!ガシャーン!


 少しすると、部屋の外から車の衝突音が聞こえた。

 わずかに聞こえる人の叫び声から察するに、トラックに人が轢かれたらしい。


 ――本林死んだ?

 ――ヤラセだろこれ。

 ――これでドッキリとかだったら炎上さす。


 静寂に包まれる部屋の中とは反対に、コメント欄は騒がしいままだ。

 

 しばらくすると、パトカーのサイレン音が聞こえた。

 アパートの階段を駆け上がる足音が複数聞こえたかと思うと、部屋のドアが勢いよく開かれた。

 視聴者の誰かが呼んだであろう、警察官たちが次々と部屋の中に入ってくる。

 そのうちの1人が春奈の遺体見て、苦々しい顔をしたあとに手を合わせ、スマートフォンに近づいてきた。

 警察官の顔がアップになったかと思うと、ブツっと音を立てて、配信が強制終了された。

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