敦盛

                壱

「ふう……」

 奥の間に到着した信長は、一息つく。すぐそこでは、相手の兵たちと自らの護衛部隊が必死に戦っているというのにも関わらず、ここは不思議な静けさだ。

「さすがはお蘭、愛い奴よ……」

 信長はフッと笑みを浮かべる。蘭丸が信長の自刃を絶対に邪魔させまいと、まさに鬼神の如く、暴れ回っている様子が脳裏に浮かんだ。

「少しばかり余裕が生まれたな……」

 信長は部屋の中央に進む。広い部屋だということが分かるが、明かりが灯っていない為、部屋の様子が分からない。

「まあ、良い。どれ、久々に……」

 信長が懐から扇子を取り出して、広げる。そして……。

「人間五十年~下天の内を比ぶれば~夢幻のごとくなり~」

 信長が舞を踊りながら、朗々と歌い出す。

「一度生を享ければ~滅せぬもののあるべきか~」

 これは幸若舞の演目の一つ、『敦盛あつもり』である。信長は特にこの中の一節を好んで、人生の節目で歌い舞った。信長は今まさにこの瞬間を人生の節目だと考えたのか、いや、この場合は体が勝手に動いたというやつであろう。信長は舞を止め、満足気な表情になる。

「うお、いいじゃん、いいじゃん♪ ってか、動画撮っておけば良かった……」

「む⁉」

「踊り慣れているにゃ~」

「!」

「かの有名な『桶狭間の戦い』の出陣前にも歌い舞ったそうデス……」

「‼」

「いいものを見せてもらったポテ~」

「⁉」

「火だ! 火が放たれたぞ!」

 どこかの誰かの叫びが聞こえたと同時に、暗かった奥の間にも、明るさが差し込んできた。

「……なっ⁉」

 明るくなった部屋を見回した信長は、自分以外の者が部屋にいたことをはっきりと認識する。しかし、驚きのあまり、口をぱくぱくとさせてしまう。それも無理はない。部屋にいたのは、若く奇妙な服を着た女と、猫の頭をした人間らしき者、からくり人形の作りかけのような金属をむき出しにした人形、そして、デコボコとした茶色い顔面をしたこれまた人間らしき者……要するに怪しい連中がいたからである。信長はもっともな疑問を口にする。

「な、何奴⁉ き、貴様らは一体⁉」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る