第2話
校門をくぐり抜けたところで、俺は膝をついちまった。気分は、ゴールテープに倒れこむマラソン選手だ。
「だらしないよ?」
そういう
「だって、
言いかえす気力もなかった。
俺は夕に引きずられるようにしながら、昇降口へ。
「はいどうぞ」
「悪い……」
「いいってば」
言いつつ、夕はクラスメイトらしき女子生徒に手を振っている。
その手には、真っ黒な銃が握られていた。が、誰も気にしてない。
モデルガンとか思ってんのか、みんな。
「やだなあ、れっきとした実銃だよ? P365っていってね――」
「いいからしまってくれっ」
「なんで?」
きょとんとした表情で夕は言った。
「守れなくなるじゃん」
「なんでそこまで守ろうとすんだよ」
「…………なんでだろ」
わかってないんかい。
「とにかくね」
夕が俺をビシッと指さしてくる。
「クラスが違うからしょうがないけど、気をつけて。最近は物騒なんだから」
「今んとこ物騒なのはぶっちぎりでお前だけどな」
そういうわけでいつも通りの授業が始まる。
退屈な授業だ。何度も聞かされたお経みたいな先生の声のせいで、眠くて眠くてたまらない。
あくびでもしようものなら、先生に名指しされてしまう。それはイヤだったので、サボっちまおうそうしよう。
よいこのみんなはマネしないでくれ。
お腹を押さえながら教室を出て、十分に離れたところで、普通に歩く。
「どこ行ったもんか……」
当然、保健室にはなんか行かない。この時間は、保険の先生もいないはずだし……。
そうだ、屋上へ行こう。
階段を上るカツンカツンという足音が、静かな校舎内に響いていく。
3階にたどりついたところで、その静かさにびっくりする。
3階をたむろしている3年生は、大学受験のため、短縮授業となってる。だから、教室をのぞいても、生徒の姿はない。
誰もいない3階を横目に、さらに上の階へ。
4階には音楽室があったが、これまた静か。
5階にたどりつけば扉がある。
開けると、新鮮な空気がなだれ込んでくる。
近頃の屋上はネットがかかっていたり、そもそも施錠されてて入れないらしいが、うちはごらんのとおり誰でも入れる。自殺者とかは今んとこいないらしい。
いつもは昼食をとる生徒がいる屋上も、授業中だからか
いや、1人いた。
俺よりも背の高い女子生徒が、こっちを振り返る。
ツンととがった目が、じろりと見た。
「あー!」
彼女がこっちを指さし、そう叫ぶ。
かと思ったら、俺めがけてダッシュ。ジャンプしたかと思えば、抱きついてきた。
「空人くんだ!」
「はいそうですけど……」
なんで抱きつかれてるんだろうか。俺は、抱き枕かってくらい
「離れてください」
俺が言えば、
彼女は
例えるなら、ドーベルマンが無邪気に
俺は石城先輩の背中を叩く。こうでもしないと、俺が気絶しそうになってるのが彼女には伝わらないんだ。
「むぅ」
石城先輩が
「……死ぬかと思った」
「ご、ごめんなさい。わたし、力が強かったよね……」
石城先輩が、俺の顔をのぞきこんできた。
キリリとした顔が、オドオドとからだを揺らしながらこっちを見てくる姿は、なんだかちぐはぐ。
先輩に変な人がいる――なんて噂を聞くような方だ。
だが、変っていってもそこまでじゃない。隣に住んでる幼なじみよりかは、よっぽど普通だ。実害もなさそうだし。
そりゃ抱きつかれたら苦しいけどさ。女の子に抱きしめられて嬉しくないやつがどこにいる、いるはずがないよなあ。
「気にしないでください」
「ホントっ!」
「でも、しばらくは抱きつかないでもらえると……
「そっかあ」
石城先輩がしょんぼりと肩を落とす。それを見ていると、なんだか心の奥底にあるものをくすぐられているような気がしてくる。
なんだろう、これが
じゃなくて。
「先輩はなんで屋上に」
「ごはん食べようかなーって」
石城先輩がどこからともなく取りだして、宝物のように掲げる。ピンク色のキャラクターもののお弁当だ。
ごはんにしてはちょっと早い。だって、まだ四時間目の途中だ。
「ここね、わたし好きなの。でも、お昼はヒトがいっぱいいるから……」
「あ、それで」
「空人くんこそまだ授業中だよね?」
ははは……と頭をかけば、石城先輩はふにゃりと笑う。
「おさぼりさんだ。悪いんだー」
「そうかもですね」
「そうだ、いっしょにごはん食べようよ、ね?」
首を傾げられてしまうと、俺としても断りづらい。
頷けば、やった、と石城先輩が飛びあがる。
「よかったあ。ダメだったら、先生を大声で呼んでたかも?」
きゃぴきゃぴ笑っていったけれども、背中は冷や汗だらだらだった。
そんなことになったら、三者面談ものだ。そうならなくてホントよかったよ……。
ベンチに腰かけるとすぐ、石城先輩がぴったりくっついてくる。
離れると距離を詰めてくる。先輩は波かなんかか。
「空人くんはわたしのこと、嫌い……?」
俺は首をブルンブルン横に振る。そりゃ、嫌いじゃない。むしろ好きまである。めちゃくちゃ美人だし、その、たわわだし。
が、やっぱり緊張するじゃないか。相手は3年生だし、何をしてくるかわからないんだから。
もしかしたら、その辺をとことこ歩いてるアリみたいにつまみ上げられて、屋上から放り投げられるかも。
「そんなことしないよー」
なんだか意味深なものを感じずにはいられないのは、俺だけなんだろうか。
先輩にそう言ってもらえるのは嬉しい。嬉しいんだけどさ……なんだか背筋が凍りついくっていうか。
「空人くんは友達だもん」
……友達じゃなかったら、放り投げるんだろうか。
気になったが、聞けない。
石城先輩は、にぱーっと満面の笑みを振りまいていた。
うーん、かわいい。
目線をそらせば、学校の様子がよく見えた。グラウンドを走る体操服たち、どこかの教室から上がる歓声。
「ん……?」
理科室に生徒がいた。一人せわしなく動いては黒板に何かを書いている。
その顔には見覚えがあった。
俺は思わず立ち上がっていた。
「ちょっと用事思いだしました」
振り返れば、弁当箱に手をかけていた石城先輩が、目をぱちくりさせていた。
その目が、自分の手に落ちて。
「そっかあ、残念」
「今度、一緒にごはん食べましょう」
「うんっ!」
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