6-2 はじめての前夜

 セレの部屋は一種の植物園のようだし、精霊までいるから落ち着かないらしい。結局、生活感溢れる俺の部屋で「する」ことになったのは6日前のことだ。


 初日は裸になって、思いつく限り相手の好きなところを言い合いながら、ひたすら見つめ合うだけ。2日目は愛を囁きながらハグをするだけ。3日目はキスまで進む。4日目にはお互いの身体へ触れ合う。


 5日目、つまり昨日は性的な部位への接触まではいった。正直、昨日が一番辛かった。本当にお預けって感じだったからだ。散々お互いの敏感な場所を触っただけで終わるなんて、俺にしてみたらものすごい苦痛だった。


 それでも、セレはとても譲歩してくれているんだ。なにせ、エルフ流なら本当はここまでくるのに3週間はかかるんだとか。こうして触るだけ、の日々も3回は繰り返すらしい。本当に地獄じゃないか。


 そこをセレは全行程1週間、このお預け日を1日に設定してくれている。俺にとってはものすごくありがたいことだし、同時にセレにしてみればめちゃくちゃ性急な進み方になっている。それはそれでセレの心身に負担じゃないか心配だったけど、セレは大丈夫の一点張りだった。


 そして今日、6日目。


 今日の予定は、挿入直前まで進むこと。つまり、受け入れる場所の慣らしと、挿入を含まないところまで全て行うのだ。


 入念に風呂を浴びたのはセレも俺も同じで、結局ふたりが揃ったのは夕飯から2時間もしてからだった。少し前まで俺だけのものだったベッドへ、今はセレも腰かけている。


 なんと上品で高貴なエルフ様には、「行為用の正装」があるらしい。これ以上薄くするのは不可能なほどに透けた、白い前開きのローブだ。最初に見た時は、本当にクラクラした。こんなに煽ってくる相手に一ヶ月もお預けされたら、頭も身体もどうにかなってしまう。


 おまけにセレは行為中、これまで見たことないぐらいに照れて恥ずかしがっていた。俺ももちろん羞恥心はあるけど、そんな姿を見せられたらドキドキしてしかたないし、色んなものが爆発してしまいそうで、本当に大変だった。


 そんな俺たちは、ベッドに腰かけたままお互い手を重ね、律義にも今日の予定を再確認する。


「えっと、今日は、その。「アレ」も使いながら、その。繋がる直前まではいく、ってことで、合ってるよな?」


 わざわざ口にするのも恥ずかしい。胸の鼓動はうるさいし、耳まで熱くて、俺はセレと目を合わせられないまま問いかける。


「合っているよ」


 セレのほうも、いつもより小さな声で答えている。セレの手に重ねた手のひらが、じっとり汗ばんでいるような気がして仕方ない。セレも緊張しているのか、それとも待ち遠しいのか。そう思うと、ますますドキドキした。


 そして今日に関しては、最後に確認すべきことがもう一つある。


「その、……ほ、本当にいいのか? セレが……受け入れる側、で」


 それはセレからの申し出で決まったことだった。


「ああ。君に負担をかけたくないからね。前も言ったけれど、私たちエルフは君たち脆弱な人間よりも丈夫にできているんだよ」


「で、でも。いくら丈夫って言ったって、俺もセレに負担をかけたいわけじゃないんだ。もし仕方なくそう決めたんなら、今からでも……」


「アズマ」


 迷っている俺の頬に、セレの手のひらが触れる。う、と言葉を呑み込んでいるうちに、優しく顔をセレのほうへと向けられた。彼はいつもより赤みの差した頬で、けれど穏やかな微笑みを浮かべている。


「私がそれを望んでいるんだ」


「で、でも、」


「君を、受け入れたい」


「ぅ……!」


 人間にとっては美しすぎる顔立ちで甘く囁かれると、俺はどうにもたまらなくなる。そんなことまで言われて、心が動かない男なんているものか。思わずセレに抱き着きたくなったけど、前みたいな襲い方にはならないように、極力紳士的にセレへと近付く。


 俺が抱き着くより先に、セレが俺を腕の中へ迎え入れてくれた。温かな体温の中で、俺のシャンプーの香りと、セレの花のような甘い香りが混ざってクラクラする。心臓のドキドキする音が、熱い頭の中でも反響してうるさいぐらいだ。どうしてこんなに大きな音がするのか、と思ったら、同じほど早いセレの鼓動も耳に届いているからだった。


 俺はたまらず顔を上げる。キスがしたくて、どうしようもなかった。それはセレも同じだったようで、俺たちは視線が交わるとそのまま熱い口付けを交わしたのだった。







 事後、気怠い身体で一緒に過ごすのは、なんだか幸せな感じがする。世の中の色んなことがどうでもよくて、二人だけの時間を満喫する。


 お互い呼吸が落ち着いてきた頃、セレがふと呟いた。


「明日、私たちはひとつになれるね」


 その言葉に彼を見ると、穏やかな微笑みを浮かべている。青い瞳は穏やかで、ゆっくりと瞬かせながら唄うように続けた。


「肉体の最も奥深い場所で、私達の魂はひとつになり、混ざり合い、融け合う。そこに種や個人の過去現在未来もなく、ただただひとつになるんだ。なんて幸福なことだろうね……」


 その囁きに、俺もうっとりした心地になった。


 確かに、この上なく幸せなことのように感じる。生まれたときも、育った環境も、種も歳も違うふたりだ。それが無数の命の中で惹かれ合いひとつになるなんて奇跡のようだし、俺たちはまだまだ深くわかり愛し合えるのだと思えば、とても待ち遠しい。




 明日になれば──。


 俺たちは互いに、まだ来ない明日に焦がれながら、抱き合って眠りについた。



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