5-1 いつも通りの朝

 色んなことが起きたって、いつも通り朝はくる。


 たとえば、俺の両親がどうやら事故で亡くなったらしい日も。施設の管理人だった、優しいじいちゃんが死んだ日も。俺はいつものように眠って、当たり前のように朝を迎えた。身も心も重たくって、窓の外ばっかり明るい、そんなときにはいっそずっと夜ならいいのにと思ったものだ。


 昨日と同じじゃない朝は、ひどく冷たく寂しい。明るい時間には他の人たちがいつものように楽しく笑って日常を送っている。そんな姿を見ていると、ひとりぼっちになったことを胸の芯のほうからじわじわ、わからせられるみたいだったから。


 だから、今日も同じように朝はきた。アラームをかけ忘れたのか、自然と目が覚める。窓から差し込む明かりが、カーテン越しに部屋を照らしていた。俺はまだウトウトしながら、考える。


 確かに、せっかく仲良くなってきたセレと、とんでもないことをしてしまった。だけどたぶん、取り返しのつかないようなことじゃない。きっと大丈夫、よく話せば──ニルジールがかけたおまじないの、本当の効果は伏せるけど、ちゃんと説明すれば、セレだってきっといつも通り一緒にいてくれる。今日はもう、いつもどおりの日になる──。


 そう考えていた俺は、ふと違和感に気付いた。


 部屋が、明るい? 朝5時半に?


 バッと布団を跳ねて、机の上に置きっぱなしだったスマホまで慌てて歩み寄る。まさか、と思いながらスマホを開くと、画面には現在の時刻が表示された。


 午前9時18分。


 とっくの昔に、朝食の時間は過ぎていた。


「え……?」


 背筋がすぅっと冷たくなる。エルフにとって、一緒に暮らす家族との食事は大切なものじゃなかったのか。俺が寝てたから、起こさなかった? わざわざ俺の部屋にまで侵入して、起こしてたセレが?


 俺のしたことに怒って? いやそれは当然か、呪いのせいといっても、いきなり押し倒してキスなんかしたんだから。エルフにとってそういうことが、どう映るのかは知らないけど。でもハムスターが大型犬になって顔をベロベロ舐め回した、みたいなニュアンスだとしたら、きっと朝食に起こさないなんてことはないはずだ。


 セレにもなにか、気持ちの変化があったんだ。それはたとえば、もはや俺が食事を共にする家族、ではなくなったみたいな──。


 そう考えると、底知れない暗い気持ちが、俺の背中から覆い被さってくる。両親が帰って来なくなった、施設のじいちゃんが起きて来なかった、そういう日のことが脳裏をチラつく。当たり前が消えるのはいつだって一瞬で、二度と戻っては来ない。


 俺はまた、家族をなくしたんだろうか。


 そんなことを考えて、慌てて首をブンブン振る。決めつけてもしかたない、セレには何か考えが有るのかも。家族じゃなくなる、なんて大げさなことじゃなくて、ただ今日は気まずかっただけかもしれないし。


 とにかく、話してみなくちゃわからない。これまでだって、そうだったじゃないか。きっと今回だってそうだ。セレとよく話せば、きっと俺にも何かわかるし、事態は上手くいくんだ。


 言い聞かせるようにしながら、俺は着替えるとリビングへの扉に手をかけ、何度か躊躇ってから開く。


 いつもと変わらないリビングには明かりがともっていて、それだけだとなんの変哲もない朝のようだった。だけど、俺はすぐ異変に気付いて目を見開く。


 セレの部屋のドアは開きっぱなしだ。だけどリビングに彼の姿はない。恐る恐る覗き込んだ、セレの……原状回復ができるのか心配なほど、植物まみれの部屋にもいない。セレ、と名前を呼んでも返事はないし、リビングの椅子には昨日俺が貸した服がかけられたままだ。


 最後に、俺は玄関へ向かって。セレのブーツが消えていることに気付くと、青褪め。


 特になんのあてがあるわけでもないのに、外へと飛び出していた。

 

 

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