3-1

 ピンポーン、という呼び出しチャイムの音。たまたまキッチンでコーヒーを淹れていた俺は、すぐにインターフォンのスイッチを押す。玄関先を映す画面には、緑の制服を着た人間男性の姿が映る。宅配の配達員だ。


「す、すいませーん。マナゾンからお荷物届いておりまして……」


「はーい、ちょっと待ってください」


 妙に腰の低い配達員へ返事をして、それからセレの部屋の扉を見る。


 俺は何かを頼んだ覚えがない。きっとセレの荷物なんだろう。しばらく待ってみたけど、彼が部屋から出てくる気配がない。というか、物音ひとつしない。寝ているんだろうか。


 代わりに出るしかないか。肩を竦めて、玄関へと向かう。


「あっ、あの、……あれ、ここってエルフのかたが住んで……?」


 扉を開くと、配達員が混乱した様子で俺を見ている。ああそうか、ここにはずっとセレしか住んでなかったんだ。思い出して、俺は笑顔を作ると、「一緒に住むことになったんです」と伝えた。


「あ、あー、なるほど、ここってシェアハウスですもんね。あー、よかった。じゃあ、ここにサインを……」


「俺のでいいかな」


「はい、……アズマ・ハーパーさんですね。あーでもよかった、同じ人間のかたに住んでもらえて」


「?」


 首を傾げると、彼はアハハと笑って頭を掻いた。


「その……ほら、エルフってこう……ね……?」


「ああ……」


 精一杯言葉を濁した言い方だ。それで俺も思い至る。


 きっとエルフ特有の言い回しのことだろう。翻訳の関係で、やたら高圧的になってしまうから、きっとこの配達員さんにも「短い手足でご苦労なことだね」とか言ってたに違いない。


 だけど、今の俺には、それが彼なりの人間への親愛ということがわかっている。


「セレは確かに、ちょっと言いかたはキツいですけど、アレって反対の意味だと思ったらいいらしいですよ。貶してるように聞こえるけど、実は褒めてるみたいな……」


 親切心でそう切り出したものの、「そうなんですよねえ」と配達員が頷いたものだから、俺は目を丸くした。


「あ、ご存知でしたか」


「あー、はい、一応こういう仕事していると、たまにはエルフさんたちと会いますからね。研修でも習ったんで、頭ではわかっているんですけど……でもやっぱり、それとこれとは別、ですからね」


「…………」


「あ、すいません、こんな話しちゃって。それ、冷蔵なんでよろしくお願いします、失礼します!」


 次の仕事が控えているんだろう。配達員は笑顔で頭を下げると、そそくさ帰っていった。残されたのは俺と、セレ宛ての冷えたダンボールがひとつ。


 そうか、そうだよな。わかってたって、セレのあの言動はムカつくかもな。俺はセレに好きとか言われて抱きしめられたりしたから、ちょっと違う印象だけど……。


 セレの温もりや香りまで思い出しかけて、俺は慌てて荷物のほうに思考を移した。


 ラベルを見れば「食品」とだけ書かれている。宛名には「セレ・リヴ・シェルロフィ」。


 セレのフルネームってこんな感じだったんだ、とか。そんなことを考えている間、結局セレは部屋から出てこなかった。


 玄関を見ても、いつもどおりセレの靴は置かれている。というか、数日一緒に暮らしているが、セレが出て行ったのを見たことがない。だからたぶん、今も部屋にいるんだと思う。


 冷蔵庫へ早く入れないと。でも勝手に他人の荷物を開けるのは良くない。俺はひとつ溜息をついて、荷物をテーブルに置くとセレの部屋へと向かった。


 扉の前に立って、ひとまず声をかけてみる。


「セレ、セレ! お前宛ての荷物が届いてるよ!」


「冷蔵だから、早く冷蔵庫に入れないと」


「セレがやらないなら、俺が勝手に開けちゃうぞ! いいのか~? か弱い人間の俺がうっかりお前の荷物に触れても! もしかしたら美味そうって食べちゃうかもしれないぞ!」


 脅し文句までつけてみたのに、セレの部屋からは物音ひとつしない。俺は首を傾げて、それから不安になった。


 エルフは不老長寿、というのは有名な話だ。エルフはみんな一様に若く、美しく、年齢が定かではない。つまり、年老いたエルフも若々しいはず。そしてエルフは、不死ではない。


 もし、セレが部屋の中で倒れてたりしたら。そんなことを考えて、急に不安になってきた。


 そういえば俺んちの管理人だった爺ちゃんも、いつのまにか隣の部屋で息を引き取っていたんだ。みんな今日は見かけないな、とか思っていたから、見つけるのに随分時間がかかってしまって。俺たちはみんなで後悔したものだ。もっと早く見つけられたら、助かったかもしれないのに、と。


 そうだ。もし何かあったなら、手遅れになる前になんとかしてやらないと。俺はそんな正義感と焦りを覚えて、ドアノブに手をかけた。


 頭の隅に、セレの「決して入ってはいけない」という言葉が浮かぶ。確かに、他人の部屋へ無断に入るのはよくないことだが……いや、ちゃんと声はかけた。それなのに反応がないのはおかしい。この状況で、俺が心配して踏みこむのに、なんの問題もないはずだ。


 俺はそう考えて、「セレ、入るぞ」と一声かけ。


 ゆっくりとドアノブを回し、そっとドアを引いた。


 そして、気が付くと俺は謎の森の中へひとりで立っていたのだった。

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