第5話 度会幸也
8:58、東海ライガースの第二球場。
グラウンドには全国各地から野球少年が集まり、その時が来るのを待っていた。
いよいよジュニアユースのトライアウトが始まるのだ。
少年たちは、プロ野球選手への道が拓けるかもしれない、あるいは強いチームに所属できるかもしれない、と未来の自分に心躍らせていた。
少年たちのあり方は三者三様であった。
ある者は、意気揚々と柔軟に取り組み、ある者は、緊張に顔を萎縮させ、ある者は、
全員に共通するのは皆が皆、自分の技術に自信を持っているということだ。
この中から何人が選抜されるかはわからないが、一番上手い者が生き残る。
野球を極めようとするなら、いずれは避けては通れない道なのだ。
一人の中年男性がホームベースにマイクを持って現れた。
少年たちはすぐさまキビキビと姿勢を正す、これは野球少年の性かもしない。
そしてにわかにどよめきたった。
中年男性を見たものは皆一様に、高揚し、口をあんぐりと開けて呆然とするものもいた。
「あーおはよう、金の卵達。今日は東海のジュニアユースチームのトライアウトを受けてくれて感謝する。知っているものもいるかもしれんが、俺の名前は
40代であるが、衰えを知らない肉体は服の上からでもそれが健在であるとわかる。
この球場に集められた小学6年生はおよそ200名。
少年たちにとって、中央に立つ伊丹はかつての東海のスター選手であり、こんなところで会えるのが奇跡なくらいのレジェンドである。
「…とまぁそういうわけで、前代未聞のジュニアユース制度ではあるが、怪我のないように全力で君たちの実力を発揮してくれ。今日は暑くなる前に終われるよう協力を頼むよ、残業はゴメンだからね」
集まった小学生たちの間で、笑いがおきた。
伊丹と交代するように、係員が数人出てくる。
係員がトライアウトの説明をし終えればいよいよ、トライアウトが始まるのだ。
「心太は…いるわけないか…」
小学生ながら身長は172cmという恵体で、彼の所属チームである舟王ドルフィンズではエースで4番を努めている。
幸也は監督の勧めで東海ジュニアユースのトライアウトに参加したのだが、緊張する様子は微塵もなく、今は姿を見せないチームメイトのことを考えていた。
自分と同じプロ野球選手になることを夢見る小柄な少年。
特に目立った能力はないが、プロを目指す強い意志と、たゆまぬ努力で強豪チームである舟王ドルフィンズのレギュラーを勝ち取った。
最初は歯牙にもかけない存在だったが、一人また一人と厳しい練習についていけずやめていく中で、彼は不屈の精神で食らいついてきた。
努力する選手はいくらでもいる。
ちょっと球が速かったり、バッティングセンスがあったり、守備がうまかったりしたとて、幸也はそれほど気にはしなかっただろう。
幸也が心太を気にするのは、心太から底しれぬ狂気を感じるからだ。
心太はいつもプロ野球選手になりたい、と言っていた。
世間一般を見ても自分の夢を言葉にできる子どもというのは意外と少ない。
最初は馬鹿な事を言っていると、誰もまともに取り合わなかった。
しかしどれだけ白い目で見られても小馬鹿にされても、彼は壊れたロボットのようにプロになると言い続けた。
正直に言えば深く関わり合いになりたくない人種である。
同じチームでなければ、対岸の火事くらいに思えただろう。
ただ、今は彼とチームメイトになれて良かったと思っている。
彼のような異常な精神性の人間が世界にいると早いうちに知ることが出来たのは、悪いことではない気がする。
ただし幸也は心太に対して肯定的な感情を持っているかといえば、それは否である。
「192番、
「はい!」「はい!」
幸也はバッターボックスの外から、名前を呼ばれた少年投球練習を眺めた。
トライアウトは打撃は一人2打席与えられ、投手は一人3打者と対戦する。
守備も受験者がそれぞれ希望のポジションにつく。
実践形式の試合の中に評価されるので、ピッチャーは打たれないような投球を、バッターはヒットを、守備はエラーなく確実に打球を処理することを心がける。
トライアウトの前提として、グラウンドに立つ全員が一定の実力を有している必要がある。投手、打者、守備のうちいずれかが一定水準に満たなければ、残りの二者を正確に評価することは難しい。
誰々のせいで、実力が出せなかった、とか、誰々のエラーのせいで、活躍がかき消されたとか、そういう事態が生じてしまうからだ。
同じグランドでプレーする全員はライバルでありながら、共通の利害関係者であるというのがトライアウトにおいて難しく、そして面白いところだろう。
(これは、ちょうどいいバッピだな)
ピッチャーの球は100キロは出ているだろうか。
小学生にしては上等な方だろう。
だがこのトライアウトでは不十分だ。
「プレイ!」
審判が宣言してゲームが開始した。
幸也は、実際の球場でプレイするのは初めてなので、その広さに少し圧倒された。
軟式野球の規定である70、85、70の広さにフェンスが置かれているが、これは硬式よりも20mほどフェンスが手前である。
(なるほど、軟式の規定とは球団もお優しいもんだ)
1球目
高めに甘く入ったので、初球から思い切り叩いた。
高く打ち上がった打球はセンターの頭上を大きく超えてそのままフェンスの奥へ突き刺さった。
打たれたピッチャーも守備も呆然と打球を見送った。
初球ホームラン。
度会幸也は悠々とベースを周り、ホームを踏んだ。
「…俺は先に行くぞ心太。…お前にこの場所はふさわしくない、ここで脱落だ」
トライアウト関係者から拍手が沸き起こる中、幸也はひとり呟いた。
幸也の顔には
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※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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