あと5点分の未来

大田康湖

あと5点分の未来

 大学受験を控えた高校三年生の俺は、冬休みも休まず予備校に通っている。自習室に入ると、同じクラスの松永まつなが夏夜なつよが俺に呼びかけた。

「おはよう、模試の結果見た?」

 ダッフルコートにジーンズ姿の俺に比べ、ダウンジャケットにショートパンツ、ブーツ姿の松永は勉強というよりショッピングに来たような格好だ。

「いや、まだだ」

 俺は掲示板を見た。3位に「元村もとむらだん」の名前が書かれている。

「すごいな。とうとうベスト3だよ。あたしも25位に上がったし、これも元村と一緒に自習したお陰だよ」

「そうか、良かったな」

 そう言いながら、俺は掲示板を見つめる松永の横顔を見ていた。中学校のクラスメイトだった松永とは、去年のクリスマスにバイトしていた渋谷のコンビニで偶然再会し、一緒に予備校に通うようになった。中学の頃は女友達の輪の中心だった彼女を遠巻きに見ているだけだった俺が、こうして肩を並べて話しているのが今でも不思議に思える。

「でもさ、あと5点分足りなかったんだ」

 松永が肩をすくめた。

「あと5点あれば、銀星ぎんせい大学教養学部の合格ラインに入れたんだけどな」

 俺は松永の口から「銀星大学」の名前が出たのに耳を疑った。

「松永は野口のぐちと一緒に陽光原ようこうばら大学に行くんじゃなかったのか」

「そのつもりだったんだけど、『家から通えるところにしろ』って親から言われてさ。それなら元村と一緒に銀星大学の入試を受けてみようかなって」

 松村の高校の友人、野口のぐち星未ほしみは俺の友人の奈良田ならたかんと一緒に、学生寮のある陽光原大学を受けると聞いていた。俺は学費と自分の学力を考え、家から通える銀星大学を志望したのだ。

「さすがに元村の目指す政経学部は高すぎるけど、教養学部でも同じゼミを受けることはできるだろ。それとも、元村は迷惑?」 

 松永は照れ隠しをするようにセミロングの髪の毛をかき分ける。俺はサンタ姿でケーキを売っていた去年のクリスマスを思い出した。中年男と一緒に渋谷の道玄坂どうげんざかを歩いていく松永の姿を、俺はあっけにとられて見送ることしかできなかった。その後、男に振られた松永は俺と気づかずにクリスマスケーキを買っていったのだ。

「迷惑じゃないけど、心配なんだ。松永の将来に関わる話だろ」

「真面目だね。でも、元村ならきっと、あたしが道に迷っても引っ張ってくれそうな気がする」

 松永はウインクすると、俺の口元のほくろを指さした。

「そのほくろ、好きだよ」

 目立つのであまり気に入ってなかったほくろを褒められ、俺は思わず吹き出した。

「そんなこと言われたの、初めてだ。今日の自習は早めに切り上げて、銀星大学の問題集を買いに行こう」

「うん。それならドーナツ屋が入ってる駅ビルの本屋に行こう。お礼にドーナツおごるよ」

「ああ、願書の締め切りまで後一月、お互い全力でがんばろうな」

 俺は奈良田に今日の出来事をどう報告しようか浮き立つ心を抑えつつ、松永の隣に座って問題集を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あと5点分の未来 大田康湖 @ootayasuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ