第18話 友達
レイに優秀だの信頼だの持ち上げられたせいか、先ほどまでとは打って変わって、花子さんはあからさまに調子に乗り始めた。
「でー?どうするのおー?〝妾わらわ〟に協力して欲しくば!頭こうべを垂れて平伏せよ!アッーハッハッハッハッハー!!」
いつの間にか一人称が〝妾わらわ〟になってるし……。
花子さんの高揚された甲高い声を俺たちはいつの間にか頭を上げて聞いていた。花子さんには聞かれないようこっそりと、レイに静原さんが耳打ちする。
「……ねぇ。この子なんなの?ちょーっと竜崎くんに褒められぐらいで急に態度でかくなっちゃってさ……」
「……な。河童さんからは別に悪いやつじゃないって聞いていたのに、話全然ちげぇーじゃねぇか」
二人のひそひそ声を俺は横から聞いて、隣のまだ鼻くそをほじりまくっている河童さんに、俺も花子さんに聞かれないようこっそり訊ねた。
「河童さん……。花子さん全然いい怪異じゃないじゃないですか」
「悪いやつではないが調子に乗りやすいやつではあるな」
河童さんはあっけらかんと言った。まるで調子に乗りやすいと言い忘れていたことをカバーするように。にしてもそういうのはもうちょい早く伝えて欲しかったところだ。
そして、花子さんの上から目線な態度はまだまだ止まることを知らない。
「さあさあさあ!どうするぅー?あなたたち四人とも妾に服従を誓うなら、考えてあげなくもないけどぉ?」
河童さんは四人という言葉を聞き、自分も含まれていることに衝撃を受けていた。
「はっ!?えっ、俺も!?俺はあんま関係ないんだが!?」
そんな河童さんを無視し、次にレイは花子さんに口を開く。
「ならもういい。北島さんには悪いが花子さんには協力してもらえませんでしたと言うしかないな。お前ら、帰るぞ」
「……え?」
そう告げられた花子さんは呆然としている。レイはそのまま彼女に背を向けトイレから出て行こうとしたので、俺と静原さんと河童さんは一瞬顔を見合わせて、このまま帰っちゃっていいのだろうか。と、どうしようかと考えたが、そのまま流れでレイに続いて出て行こうとした。
花子さんはまさかこんなにあっさりと帰られるとは想定していなかったのか、レイがトイレのドアノブに手をかけた瞬間、彼女は慌てふためいて呼び止めた。
「ちょちょちょちょっ!ちょっと待ってよ!私の力を借りたいんじゃないのっ!?」
花子さんの声にレイは少し振り向く。……が。
「いや……。別にどうしてもってほどじゃないからな。他にも当てがあるから今からそこに向かう」
他に当て?……一体誰のことを言っているのかわからない。けどまあ、たぶんレイにもなにか考えがあるのかもしれない。
俺たちは花子さんの呼び止めを気にせず、そのままトイレから出て行こうとしたが、それを花子さんが必死に止めてきた。
「ちょっ!ちょっと待って!わかっ、わかったから協力するからっ!一回ちょっと戻ってきてよ!」
それを聞いたレイは思惑通りといったふうに、花子さんに気づかれないよう俺たちにニヤリと笑った。レイのその顔を見て、俺は察した。
「え?もしかしてレイ……」
花子さんに聞こえないよう、俺の小声に合わせてレイは頷いた。
「ああ。全部嘘だ。最初から他に当てなんてねぇよ。ああいうタイプはそっけなくした方が向こうから来るからな。それを狙った」
うわー。いやな策士だ……。けど、おかげでうまくいきそうだ。現に俺たちが帰ろうとしたことに焦った花子さんの方から、協力すると言って呼び止めてきたわけだし。
彼女はおそらく、とんだかまってちゃんだ。
*
もう一度花子さんのところに戻り、話を進めた。まず、レイが口を開く。
「じゃあ。協力してくれるってことでいいんだな?」
花子さんはさっきまで調子に乗っていた分、バツが悪そうにコクンとしぶしぶ頷いた。それから北島さんからあらかじめ託されていた大きさ十センチ程度の黒い正方形の形をし、その中心に会話をするための目のようなマークのボタンが付けられた怪異と霊媒師が通信する用の、この業界での特殊な携帯電話で、連絡先を交換した。
これでようやく話がまとまった雰囲気になったので、俺たちは一息ついて花子さんにお礼を言い、じゃあ!と手を振って帰ろうとした。すると、
「……あっ、あのっ!」
と、花子さんがまたも俺たちを呼び止めた。また頭を垂れろだの平伏せよだの、何か変な要求をしてくるのかと思った。でもまあせっかく協力してくれるのだから、さすがに何かできそうなことならやってあげようと思ったので、呼び止めてから何かモジモジしている花子さんに俺は、
「そうだよね。せっかく協力してくれるんだから何か返さないとね。服従とかは無理だけど何かできそうなことがあれば―」
と俺が言いかけたのを遮って、花子さんは今まで言いたかったことを勇気を振り絞って言うように、大きめな声を出した。
「ちがっ!ち、違う……その、わた、私と、その……」
……………?
俺たちは首を傾げた。彼女が何を言いたいのかがよくわからなかったのだ。花子さんは顔を下に向けた。そして一度深呼吸をして顔を上げる。
「私と!お、お友達になってください!」
……え?
俺たち四人は顔を見合わせる。
「わ、私ずっと、長いことここに一人だったの……。人もあんまり来ないし、だ、だからその、ず、ずっと寂しくて……。でも、あなたたちが今日来てくれて、しょ、正直嬉しかったの……。それで、ちょ、ちょっと調子に乗っちゃって……ご、ごめん、なさい……。だから、これからも、来て欲しい……。よ、よかったら私とお友達になって、くれま、せん……か……?」
「花子さん……」
俺はそんな健気な彼女にしみじみとしていた。少しだけ自分と重ねてしまったのだ。俺も今まで、友達なんていなかった。そのためか、友達が欲しいという彼女の気持ちは俺にはよく理解できる。だから、俺は彼女の申し出に迷うことなんてない。
「もちろんだよ!俺も、友達少ないからさ」
「まあ。……そんくらいなら別に」
とレイも頷き、
「私も、いいよ」
と静原さんもニコリと笑う。
花子さんは、嬉しそうに微笑んでいた。
そしてレイは花子さんの顔を見る。
「これからよろしくな。期待しているぞ」
「期待……」
レイの期待の言葉に花子さんはまた変な笑顔を見せた。
「まあ!別にぃ?そこまで言われちゃったら頑張ってあげなくもぉ?ないけ―」
「ってめぇいちいち調子のんも大概にしやがれよっ!!」
「ひっ!さ、さーせんでしたっ!!」
レイの怒鳴り声と花子さんの大きな怯え声が校舎中に響く。
まあ、何がともあれ。これにてこの話は一件落着だ。
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