怪奇物語 〜見えない世界での戦い〜

山倉 歌

第1話 平穏な日常から

ゴロゴロゴロゴロォォ…………。


 雷が鳴り響き、大雨が降り落ちる曇り切った暗黒の空の下……。茶髪で腰まである長い髪に、赤いフレームのメガネをかけ、長身で下駄を履いており、上は白、下は黒色の和風な服装をした男、二階堂光太にかいどうこうた。彼はある都内の街を傘を刺しながら一人歩いていた。

 右手で傘を持ち、左手には黒い石を紐で吊るして持っている。


 二階堂はこの街の者ではない。あるものを探し出すためにこの街にやってきたのだ。


 その石は少しずつ揺れ動いていた。歩いているための振動のせいではない。石そのものが何かに引っ張られているかのように軽く動いている。いや、反応していると言った方が適切だろう。

 (……反応がさっきより強くなってきた。やはり……)

 

 石の反応で確信した。二階堂は足を止め、街を見つめる。

 

 (この街のどこかに、「黒龍石」がある)





キーンコーン カーンコーン……。


 陽の光が差し込む教室の中、ホームルームが終了し、放課後のチャイムが校内に鳴り響く。今日もやっと 一日が終わったのだと、しばらく開放感の余韻に浸る。

 ……周りを見ると友人と笑い合いながら教室を出ていく者や、担任と軽い談笑をしている者、黒板をこれでもかというほどに丁寧に掃除をしている本日の日直。窓から外を眺めると、ダッシュでグラウンドへ向かう5、6人の運動部員達と、花壇に水をやる園芸部、どれも変わり映えしないいつもの、見飽きた光景。

 

 ……そろそろ俺も帰宅するとするかな、本屋へ行って昨日発売されたラノベの新刊を買わねばならない。

 

 教室を出て一階の下駄箱へと向かう。いつものように外履へと履き替えて、いつものように校門を出る。すると背後から声が聞こえた。

 「なあ!このあとカラオケいこーぜ!」

 ビクッ!えっ、まさか俺を誘ってくれているのか?

 そっと後ろを振り返ると…。

 「おん!いいぜぇ」

 ……どうやら違ったらしい。俺ではなかった。よく見たら顔も全然知らない人だ。

 まあ、俺が誰かに遊びに誘われることなんてないことぐらい分かっている。高校に入って現在は二年生になったが、友人と呼べるような人は一人もいない……。別にいじめを受けているわけではない。……ただ、一人なだけだ……。



 

 新刊を買って家へと帰宅する。空が少し暗くなってきたので、スマホで時間を見るとすでに19時を過ぎていた。

 (兄さんはもう帰ってきているかな…)

 俺の自宅は都内にあるマンションの4階。玄関の前でリュックから鍵を出し、家に入る。玄関には兄さんの靴があった。

 「ただいまー、兄さん」

 リビングに入ると兄さんは台所で夕飯の準備をしてくれていた。

 「おかえり、飛鳥」

 兄さんはニコッと笑ってくれる。兄さんの名は「火野ひの 正義せいぎ」という。長身で万人受けするほどに顔も整っており、髪型もショートヘアでまさにしっかりとした頼れる大人、社会人だ。

 

 「今日は遅かったな。何かあったのか」

 遅くなったのは大した理由ではないが、兄さんが気にかけてくれた。

 「本屋に寄ってただけだよ、新刊が出たから」

 「ああ!そういえば昨日か。『最弱勇者は屈しない!』の新刊が出たの」

 

 『最弱勇者は屈しない!』通称『最屈!(さいくつ)』は、俺と兄さんが今ハマっている異世界系のラノベ作品だ。華麗な伏線回収や予測できないストーリー展開から、世間から徐々に人気を獲得し、今では多くのファンから愛されている大人気作となっている。


 「読み終わったら俺にも見せてくれよ」

 「いいよ」

 兄弟で共通の趣味があるというのは、なんとも楽しいものだな。

 

 


 空もすっかり暗くなり、リビングにある机で兄さんと夕飯を食べる。

 「やっぱり兄さんが作るピーマンの肉詰めは美味しいなあ」

 「そりゃどうも、ばあちゃんに教えてもらった甲斐があったな」

 

 ばあちゃん……。


 俺の座っている椅子の背後にあるタンスの上に、亡くなったばあちゃんと母さんと父さん、俺と兄さんの家族写真が一枚置いてある。みんな笑顔だ。

 亡くなる前のばあちゃんから聞いた話によると、これは俺がまだ物心着く前に撮ったものらしい。赤ん坊の俺を兄さんが頑張って抱き抱えてくれている。兄さんもまだ5、6歳くらいの小さな子供だ。

 

 後ろを向いてなんとなくその写真を眺めている。

 ………。毎回、この写真を見ていると、ふと考える。父さんと母さんはどんな人だったのだろうか。俺がまだ一歳か二歳くらいの時に、二人とも事故で亡くなったらしく、俺もまだ小さかったせいか、二人のことを覚えていない。


 「飛鳥、学校は楽しいか?」

 ぼっーと写真を見ていると、兄さんが俺に聞いてきた。…俺はその問いに少しだけ困ってしまった。学校に友達がいなくて、ずっと一人でいるなんてとても言えない。

 

 「うん…。楽しいよ」

 兄さんに気を使わせたくなくて、俺も笑って首を縦に振った。

 「…そうか。それならいいんだ」




 翌日。俺はいつものように学校へ向かう。玄関で靴を履いていると、会社へ向かうスーツ姿の兄さんが俺を引き止めた。

 「飛鳥、弁当忘れているぞ」

 あっ!やべ、もう少しで忘れるところだった。朝は頭が回らなくて困る。

 「ありがとう兄さん。それじゃあ行ってきます!」

 「行ってらっしゃい!」

 

 ガチャン、と玄関のドアが閉まる音が響く。


 

 俺の名前は「火野ひの飛鳥あすか」。高校二年生。小さい頃に両親を亡くし、それからはばあちゃんと兄さんと三人で暮らしていたが、ばあちゃんは去年亡くなってしまい、今は兄さんと二人で暮らしている。

 兄さんは都内で有名な工業高校出身で、卒業後は生活するためにそのまま就職し、ばあちゃんの貯金と、兄さんの給料、俺のバイト代で今はなんとか生活できている。


 生活は貧しいけど、兄さんと一緒にいるだけで、十分俺は幸せだ。もうこれ以上は何も望まない。俺も早く就職して、今度は俺が兄さんを支える番だ。









 今日も学校が終わり、俺は家に帰って来た。……もうすでに21時を過ぎているというのに兄さんは一向に帰ってこない。スマホのメールも、全然既読がつかない。…なんだろう。……なんだか嫌な予感がしてきた。

 残業かな?いや、それでもメールくらいは見るはずだ。

 

 プルルルルッ プルルルルッ


 俺のスマホに電話がかかってきた。画面を見ると……。

 ……警察からだ。

 「…はい、……もしもし」

 『〇〇県警です。…火野さん…のお電話で大丈夫でしょうか』

 「はい…そうですが」

 『……先程、火野正義さんが車両との衝突で、お亡くなりに…なられました』

 「……………え」



 病院へ向かうと、すぐに兄さんの遺体が確認できた。

 

    ……………………………兄さんが死んだ。



      ………こうして俺は………



    ……… 〝一人〟 になった………。







 兄さんが亡くなって一ヶ月ほどが過ぎた……。俺の悲しみに寄り添う事なく、相変わらず時間は容赦なく進み続けている。

 でも、もうどうでもいい。もう終わりにしよう。俺は河川の上にある橋の鉄骨に、足を乗せた。雲ひとつない青い空………。一羽のカラスが飛んでいる。

 

 兄さんがいないなら、もうこれ以上生きる意味がない……。

 もう、このまま俺も兄さんと同じところへ……。

 


 「死んでもお兄さんには会えないよ」

 「……えっ」

 背後から男の声がした。白い和服を羽織っており、茶髪色の長い髪に、赤いフレームの眼鏡をかけている長身のすらっとした男だ。今はあまり考えるほど心に余裕はないが、普通に見たとしたらおそらく見た目の第一印象はさわやかそう…だろう。

 

 「……どちら様ですか」

 「いやあ、急に話しかけてすまないね。どちら様かぁ、まあ言っても信じないだろうけど……」

 「?」

 「私は「二階堂にかい光太こうた」通りすがりの〝霊媒師〟だよ」

 「………」

 ……やばい人だ。関わらないほうがいいかもしれない。

 

 橋の鉄骨から降りて、そっとその場を去る。

 「あっ!ちょっと君!一つ聞きたいことがあるんだけど!」

 なんだ?今はもう誰とも話す気分じゃないというのに。

 茶髪の男は、俺に何やら紐で吊るした黒色の石を見せてきた。石の大きさはだいたい親指一つ分くらいで、どことなく不気味な凶々しいオーラを放っているように感じる。

 「この石、持ってない?」

 「……えっ」

 よく見ると、見覚えがある。そうだ、俺は確かにこれに似たような石を持っている。今はズボンのポケットに。

 「それって、もしかしてこれですか?」

 俺は彼が持っている石と同じような石を、彼の前に見せた。

 「おっ!やっぱり持ってたんだね」


 茶髪の男はそのまま、この石について話がしたいと言い出した。

 

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