おわらないクリスマス・イヴ

清水らくは

終わらないクリスマス・イヴ

「クリスマス・イヴが終わりませんように」

 俊成がそうつぶやくと、部屋の中が暗くなった。停電かと思たが、電池で動いているはずのデジタル時計も見えなかったし、充電中だったスマホも光っていない。本当に真っ暗だった。

「むむむ、これは僕の視界が奪われたとか?」

 俊成は冷静にそう言った。彼が読んできた漫画のシチュエーションにそういうものがあったのである。

「あ、あった」

 俊成は手探りでスマホを探し当てた。すると、スマホの表示が見えたのである。

「やや、触れたものは見える。僕は特殊能力を手に入れたのか?」

 戸惑いながら、少しワクワクしながら俊成はスマホのライトであたりを照らした。部屋の中はいつもと変わらない。

「どういう理屈なんだろう」

 俊成はデジタル時計を手にしてみた。すると、時計の光がはっきりと浮かび上がったのである。リビングに行ってみた。やはり、俊成の持つスマホ以外は全く光っていない。

「テレビつくかな」

 リモコンのスイッチを押してみるが、テレビはつかなかった。ただ、リモコンが少し光った気がした。

「こういうことか」

 俊成は左手でテレビを触りながら、右手でリモコンのスイッチを押した。すると、テレビに光がともった。

「やっぱり。僕が触れると、なんだ!」

 ただ、テレビは光るばかりで番組を流さなかった。チャンネルを変えても同じだった。

「どゆこと?」

 テレビだけが光っている光景は異様だ。俊成はテレビのスイッチを切って、再びスマホを手にした。

「あれ」

 そこで俊成は、スマホの違和感に気が付いた。急いで自分の部屋に戻り、時計を手にする。

「やっぱり!」

 スマホも時計も、ずっと午後8時17分を表示していた。しばらくじっと見ていたが、時間は変わらない。

「これはあれだぞ、僕は例の時間停止の世界に来てしまったんだな!」

 一瞬「漫画で見たやつだ!」とテンションが上がったが、すぐに不安が襲ってきた。手に触れられるもの以外動かない世界で、時間が止まっている。何も起こらないし、ずっと孤独だとしたら。

「ど、どうなるの? おなかすく? 成長する? ネコ型ロボットがタイムマシンで助けに来てくれる?」

 様々な漫画の知識を総動員してみたが、安心することはできなかった。

「光……光も止まってるんだ!」

 しばらく考えた末に、以前学習漫画で得た知識にたどり着いた。時間が止まれば、光も止まってしまうのである。光が止まると、時間が止まるんだったか? 正確なことまでは俊成にはよくわからなかった。

「え、お父さんはどうなるの?」

 今日はクリスマス・イヴ。俊成は父親と二人でクリスマスパーティーをする予定だった。しかし、忙しい父はいつも帰ってくる時間が違う。クリスマス・イヴだからと定時に返してくれる会社ではないらしい。ブラックではないがまっホワイトでもないなあ、と父は笑って説明していた。

「今は完全にブラックだよ!」

 嘆いたスマホを手離してしまい、世界は本当に真っ暗になった。



 俊成はまだ小学生である。夜道は怖い。しかも真っ暗である。月も星も見えない。

 俊成は試しに地面に手を置いてみた。地球を触れていることになり、全てが光り出さないかと思ったのである。しかし世界は闇のままだった。

「ちっ、ちゃんと対策してあるか」

 舌打ちしながら、「誰の作ったゲームだよ」と俊成は思った。触れたものしか機能しない世界は、手をつないだ少女しか助けられない世界より厳しい。

 俊成はスマホで照らしながら、駅へと急いだ。たぶん塾帰りの中学生。徘徊しているかもしれないおじいちゃん。行き先が決まっているのかわからない猫。いろんな者たちとすれ違う。

「怖いけど……止まってるから安全、だたぶん」

 駅の付近には人も多かった。何とかあたりを照らしながら、父親をさがす。

「いないなあ。今日は黒寄りの日かなあ」

 俊成は一瞬戸惑ったのち、改札の中に入った。初範である。ホームには電車が止まっておりその中もくまなく見て回ったが、父の姿はなかった。

「父さんもいなかったら僕……僕……」

 俊成の目に涙が溜まる。

「あ、でも父さん、一直線に帰るかな?」

 俊成は、父と一緒に駅から帰宅したことはない。彼は最短ルートで帰ると想定してここまで来た。RPGでも寄り道せずに目的地に向かう癖がある。おかげで村人のヒントを聞き逃す。

「どこに寄るかな? コンビニ? 怪しいお店?」

 俊成はまだ、「大人の行きそうなところ」がよくわからなかった。サラリーマンが帰宅する漫画もゲームも知らなかったのである。

 俊成は手当たり次第に駅前の店を見て回った。夜の8時を過ぎており、閉まっていところも多い。手をつないでいる男女、抱き合っている男女を見つけて、目を背けた後こっそり見たりもした。

「人多いなあ」

 いつもはそれほど混雑していない店に、多くの人が吸い込まれているのを見つけた。ケーキ屋だ。

「あ、父さん!」

 そして中には、今まさにケーキを受け取っている俊成の父親がいた。満面の笑みである。

 駆け寄ろうとした俊成だったが、立ち止まった。

 彼が触れれば、父親は動き出すだろう。だが、手を離したら止まってしまう。ずっと触れていても、世界の中でずっと二人きりだ。父のことは嫌いではなかったが、暗い世界の中でずっと二人きりはきついだろう。

 きっと、固まっている今のままの方が幸せなのだ。そう考えて俊成は、再び目に涙をためた。

「クリスマス・イヴ、始まらないかなあ」

 そう言った瞬間、光が溢れた。実際には夜なのでそんなに明るくはなかったのだが、俊成には世界に光が満ち溢れたように感じられた。

「あ」

 人々が動き始める。犬の散歩をしているお婆さんが俊成の前を通り過ぎた。

「始まった!」

 イルミネーションの光が、街を照らしている。俊成は飛び上がって喜んだ。



 1月7日の夜、俊成ははつぶやいた。

「あー、冬休みが終わりませんように」

 世界が暗くなった。

「あ、しまった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おわらないクリスマス・イヴ 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ