第23話 愚かな王子
「は?」
呆けた俺を放って、ミシャはテレシア達の方へ向かっていく。
「あなた達、アルスの友達?」
「はい?え、ええ、そうですが…」
「ふぅん…」
ミシャはテレシアを舐めまわすようにあちこちを見る。そうして、とんでもないことを言い放つ。
「君、何で毒入り瓶持ってるの?」
「…え?」
アルスはミシャがそれを言い出してああ、やっぱりかと思う。先程から彼女の手元が挙動不審だったため、何かがあるとは思ったが。
「君、アルスの近くにいたね。この毒入り瓶でアルスを殺せるとでも思ったの??」
「え、と、その…」
テレシアは言葉に詰まる。なぜなら、目の前の相手が殺気をダダ漏れにさせながらテレシアを問い詰めているからに他ならない。
「なんで、毒入り瓶を片手に持ってるの?それが分からない限りは私はあなたを殺すよ?」
「ミシャ、何が…はぁ、ミシャここで問題を起こそうとするなよ。もう少し静かな場所に行こうぜ?」
「…そうだね。行こう」
「…はい」
テレシアが連れていかれようとした瞬間。
「おい、そこの愚民」
そんな声が飛んできた。その声の主を探ると、右手側に仁王立ちするいかにも偉そうな男がいた。
「…何?」
「それは俺の所有物だ。こちらに渡せ…いや、お前もいい顔しているな。お前もだ。お前たち2人はこちらに来い」
「…」
ミシャを誘うという時点で頭がイカれていると思うが、まさかこいつはスタッガードを知らないのか?あの愚かな第5皇子のように?
「…」
ミシャは頭を下げ、その場を去ろうとする。だが、その行く手を男の取り巻きが阻む。
「おい、テレシア。飲ませたのか?」
「…」
テレシアは無言で大きく頷く。そしてそれを見た男は、高笑いをした。
「はははは!!おい!スタッガードはどこだ?最後くらいはあいつの顔を拝んでやろうと思ってな」
「…何?」
「いやはや、スタッガードがまさか毒入りの飲み物を疑いもせず飲むとはな。スタッガードも底が知れたというものだ」
「…は?」
え?毒入ってたの?
「おお、逆恨みはよすがいい。だが今の俺は機嫌がいいからな。お前の体ひとつで許してやろう。さぁ、こっちに来い。おい!!スタッガードは何処にいる?!まさかもう死に絶えた訳ではあるまいて」
こいつの頭もお花畑みたいだ。スタッガードというものを正確に測れていない。
「スタッガードが毒ごときで死ぬとでも?」
「そうとも。人は外は鍛えられても、内までは鍛えられまい。それに今の平和な世にスタッガードという家に集まる戦力は過剰だ。何度掛け合っても父上たちは首を縦に振らないのでな、俺がやってやろうという訳だ」
「ぷっ、ははははははは!!!」
突如、高笑いが響く。その方向を見やると、カーザスが居た。
「なんだ貴様は。この俺が誰か分かっているのか」
「分かっているとも。西方大陸のカゼルシア王国第2王子。レクス・ヴァン・カゼルシア殿がこちらへ留学されていることは有名なのでね」
「ほう?ならば話が早いな。お前は不敬罪だ。騎士よ、こいつを斬り捨てろ」
「御意」
騎士がカーザスの前で剣を抜く。
「悪く思うなよ」
「…剣を抜いたな?この俺の前で」
「は?」
それが、騎士の最後の言葉だった。騎士は既に切られたことすら気づかず、後ろにばたりと倒れた。
「おい、何をしている?さっさと立て」
「やっぱり君はダメだな。俺の相手すら務まらん」
「何?この第2王子である俺に対する口がなってないようだな」
「他国で何をふんぞり返っているんだ?ここじゃお前は他国の王子であり、絶対の権力者でもない。せいぜいそこらの貴族程度よりは偉いだけに過ぎないぞ?」
「何を言っている。俺は王族だ。ここの貴族よりは偉いに決まっているだろう!!」
「お前は馬鹿か目の前にいる貴族は誰だ?」
「スタッガードだろう?歴史に名を残しているのに伯爵位のままの落ちぶれ家が偉そうにするな!跪け!」
…聞くに絶えないな。それに、あいつは言い過ぎだ。
「…そうか。わかった」
「やっと分かったか愚物…が…」
あいつは、家を侮辱した。スタッガードを侮辱した。
カーザスに切られたレクスの腕が、キレイに宙を舞う。そのまま、地面にドチャッと鈍い音を立てて落ちてきた。
「…ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!俺の腕がぁぁぁぁ!!!」
「お前はスタッガードの敵でいいんだな?」
カーザスの完全に起こった顔など始めてみる。ミシャも平静な顔こそ保っているが、周辺の石が揺れている。怒りで魔力を漏らしているのだろう。実際に俺も我を忘れかけた。スタッガードの名を侮辱するということは、先祖の偉大なる人をも侮辱したと同義。先祖を何よりも尊び、敬愛するスタッガードにとっては、許されざる暴挙。それをこの王子はしでかしたのだ。だが、当の王子は泣き喚くばかりか、
「なぜ偉大な俺の腕を切る!!お前、死にたいのか?!」
などとまだ自分が優位であるかのような口をきいている。
「ここまで王国の王子が阿呆だとはな…言葉も出ないな」
「なっ…」
「いいか?俺はスタッガードだ。お前は俺たちの逆鱗に触れたんだ…楽に死ねると思うなよ」
カーザスから発せられる怒気は、周囲の人間を怯えさせる。しかし、彼はそれを気にもとめずに、目の前で縮こまる愚かな王子に吐き捨てる。
「あっ…あ…」
「それにスタッガードには毒なぞ効かん。そんな卑劣な手段で俺たちを殺せるとでも思っていたのか」
打てる手がないことを、レクスは知りさらに震え上がった。
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