第8話 死線をくぐり抜けて ─4

 サバイバルに重要なのは何か?


 普通ならば衣住食と答えるだろう。それが普通だ。


 だが違う。正解は───


「フッ」

「ギィィィィィィ!!!」


 目の前の猿は片腕を切り落とされた痛みを、甲高い声で表現する。


「お前の肉は硬いし臭いから食いたくないんだよなぁ」

「ギィャ!!ギャァァァァ!!!!」


 必死に叫びながら逃げる猿を、俺は両断した。


 衣住食よりも重要なものとは、命。

 当たり前だ。

 衣服がない?命さえあればそこら辺の草で凌げる。

 住処がない?命さえあれば木を組んだり土を掘ったりすれば立派な住居になる。。

 食べ物がない?命さえあればそこら辺の草でも食べれば生きていける。

 全ては命が大事。他など二の次でいいのだ。

 命さえあれば、何度でもやり直せるのだ。




「今日はこれくらいか」

 俺は仮の住居に今日の収穫を放り込む。

 猿2匹に、ボア1匹。暫くは食料に困らないだろう。俺はボアの解体作業を行う。こうして解体していると、グレイルとの魔物の解体の練習の日々を思い出す。


『アルス様は手際がよいですぞ』


 と俺を褒めたたえてたっけか。それでも、俺よりも圧倒的な速さで終わらせたグレイルが言うのだから筋はいいのだろう。


「さっさと実践の経験を重ねつつ、屋敷に戻らないとな」



***



 一方、アルスの屋敷では。アレインが、窓の外を眺めていた。


「…」


 ただ、家の門をずっと眺めている。テレザはアレインを止める訳でも無く、話しかける訳でも無く、ただ見つめていた。


「アル…」


 物思いに偲んでいるアレインの横から手が伸びてきた。


「アレイン様、如何なされましたか?」

「…」


 アレインは幽霊でも見たかのような顔をした後、一拍おいて。


「ーーーーーーーーー!!!!!!」


 声にならない奇声が屋敷に響き渡った。


「ググググレイルさん!?なんでここに?!」

「ほっほっ。実は初日にお見送りをした後に戻ってきたのですが…お取り込み中でしたかな?」

「いっいえ別にそういうことでは…」

「いやはや、アルス様には本当に良い婚約者に恵まれましたな」

「え…?そうなのですか?」


 グレイルは窓の外を身やりながら話す。


「そうなのですよ」


 その姿には、哀愁を漂わせていた。


「スタッガード家は武だけではなく、知を極める者もいます。そしてスタッガードでは子が3歳になれば婚約者を取り決め、傍に置かせるのですが…」

「なにか、あったのですか?」

「いえ。むしろあなたの方が珍しいのですよ」

「と、いうと…?」

「お相手が愛想を尽かして婚約解消を申し出たり、逆にスタッガードを徹底的に差別する者。スタッガードを手懐けようと手荒な手段に出て反撃を食らった者などがいます」


 アレインは戦慄した。この家では普通でも、外に出れば1人いるだけで大勢を左右できる人材なのだ。欲にまみれた人間が近づけば、こうなってしまう。


「アレイン様のように、自分も強くなりたい!と仰った方は少なくありませんが、7割近くが途中で放り投げられてしまいました」


 そのまま、グレイルは窓の外の空を見上げながら小さく呟く。


「あなたは、アルス様を見捨てないで欲しいですね」


 その声は、アレインの耳には届かなかった。


「何か言いましたか?」

「いいえ、何でもございません。それよりも、テレザ殿が心配してらっしゃいますよ」

「ああ!テレザ、すみません!!」

「いえ、大丈夫ですよ。グレイル殿、夕食にしましょう」

「ええ。もちろんです」



***



「はっ…はっ…」


 俺は目の前の大物から目を離せないでいた。


「おいおい…お前ここにいて良い奴なのか?」


 その大物は書物で見た事がある。名をブラックルフォン。西に生息する魔物である。

 その見た目は犬を巨大化させ、神聖力で少し腐敗させたようなもの。よくアンデットと勘違いされがちだが、ちゃんと生きている魔物だ。


「向こうじゃ傭兵30人でかかってようやく何とかってとこだろ?」


 傭兵30人。傭兵団を組む最低限の人数だ。パーティーを組む際も、この人数が目安とされる。目の前にいる魔物はそれほど強い。だが。


「相手が悪かったな」


 スタッガードには、傭兵何十人、何百人、何千人、何万人、何億人もの戦力を有する個人がいる。いた。


「だがちょうどいいな、俺の糧になるべく実験台になってくれ」

「ゥオオオォォォォォォン!!!」


 耳をつんざくような遠吠えをした後、俺を見やるとすぐに突っ込んでくる。


「相変わらず魔物は直線的だな」


 俺は横に避け、ブラックルフォンの足を薙ぐ。ブラックルフォンは悲鳴も上げずに、折り返して俺に噛み付こうとしてくる。


「躾のなってない犬みたいだな」


 俺は魔法を使う。


火球ファイアボール


 とりあえず火球ファイアボールを数十発ほどブラックルフォンにぶつける。だが、ビクともしない。


「地味に魔力抵抗があるってのは本当みたいだな」


 コイツは表皮に魔力抵抗があるため、加工されたブラックルフォンの皮は一般市場によく流通する。そのため、需要がある。ということはどういうことか。


「お前を倒せば少し儲けられるな」


 ついでに傭兵ギルドにも用ができるため、好都合だ。


「なるべく傷つけないように殺してやるよ」

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