蝶とレモンの木
@kobemi
第1話 思っても、願っても
きれいな人だなとは思っていた。高校二年に上がって、クラス替えがあって、私は一年生のときにやっとの思いで築き上げた交友関係を引き継ぐことが到底叶わなそうな、友達と呼べる子の少ないクラスに配されてしまった。だから自己紹介のときなんかには、それこそ血眼になって、誰かしら、仲良くなれて、波長の合いそうな子はいないだろうかと必死だった。そのときになって初めて、
胸元の辺りまで伸ばされた、光沢を放つ豊かな黒い髪。周りの子たちと比べて、少しばかり低くて、ハスキー気味の声。なにより、切れ長で意思を感じさせる凛々しい瞳と、その双眸を縁取る長い睫毛とが、なぜだか強く印象に残った。
この子と友達になれたら。朝は登校してきて一番に、彼女のもとへ駆け寄って、おはようの挨拶をする。休み時間には示し合わせたように集まって、他愛のない話をして十分そこそこの休み時間を有意義につぶす。放課後には決まって大した用事もないのにモールに出かける。それがわけもなくとても楽しいことだからだ。
そういった羽畑さんとのいろいろを夢想して、私は彼女の自己紹介を聞き終わる前から、彼女にどんな風にして声をかけようかと、そればかりを考えていた。
『ね、理系選択なんだよね。よかったら、一緒に授業受けない?私も理系科目あんまり自信なくてさ』
妄想の世界に没入していく前に、聞き取ることのできた二つのこと。それが、羽畑さんは理系選択で、でも理系科目は苦手だから困っていたら助けて欲しいということだった。
奇遇なことに、私も数学が苦手なのに理系を選ぶという奇妙なことをした女の子の一人だった。だからきっと、羽畑さんの役に立つことはできないだろうけれど、男子ばかりの理系で肩身の狭い思いをすることが請け合いの女の子同士、仲良くしませんかという健気なお誘いの文句は、邪険にされることはまずないだろうと、そんな楽観的な思考をしていた。
私の席から左に二列、間を挟んだところの彼女に狙いを定めて、席を立とうというときだった。
羽畑さんの前の席に座っていた大柄な男の子が、ぐるりと羽畑さんの方を振り向いて、内容の方はよく聞き取れないけれどお喋りを始めた。
男の子の一方的なマシンガントークに、羽畑さんは最初こそ面食らっていたようだったけれど、次第に口元を綻ばせていき、最終的には声を立てて笑いだして、完膚なきまでに陥落してしまった。
高揚した様子で頬を薄く赤く染めている存外にうぶそうな男の子と、はっと気づいて口元を隠して、指の隙間から白い歯を覗かせる羽畑さん。
楽しそうな二人を見て、私の膨らましに膨らませていた前途洋々と思えてならなかったそれは楽しく華やかな高校生活は、風船を不注意で割ってしまうみたいに、ものの見事に立ち消えになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます