第32話 追試


「こ、ここは…!?」


突然真っ暗になったかと思った次の瞬間には、僕は東京ドームみたいな室内空間にいた。室内といっても周りには木や草がまばらに生えている。まるでどこかの野山を切り取って持ってきたような感じだ。


隣には手を繋いだ薄井さんとグリ、肩にはちゃんとクロも乗っている。そして周りを見ると数名のクラスメイトがいた。

委員長の城守君、お金持ちの五反田君、陸上部の宇佐見君、おっとり女子の竹寺さん、留学生のデスカトレイアさん、そしてか弱く可憐な鳳さん。


ここにいるのは僕たちを入れると全部で8人。あの男の話通りだとすれば、この8人は何らかの理由で星が足りないメンバー。多分だけど、人を殺すことに消極的な人か、これまでハンターやクラスメイトに会わなかった人なんだろう。

周囲を警戒する委員長、オロオロと焦っている五反田君、ため息をつく竹寺さん、静かに俯く鳳さん、みんなの反応はそれぞれだ。


『おいツヨシ、気をつけろ。向こうに金属の武器を持った人間が大勢いるぞ』


クロのその言葉を聞いて僕は目を細めた。確かに木々の向こうに人影が動いている…気がする。やっぱり相手はハンターなんだろうか。でもこっちは8人もいる、みんなで協力すればきっと切り抜けられるはず。


ザ…ザザザ……


すると突然、ドームの天井の方からスピーカーみたいな音が聞こえてきた。ていうかこれは完全に放送機器だ。もしかして僕たちの世界の技術を研究してるのかもしれない。


『あーあー、テステス』


そしてあの男の声がドームに響いた。


『大丈夫?うん、聞こえてるねオーケー。よーしそれじゃ始めるよ。ルールは簡単、誰からでもいいから星を奪って手元に3つ揃えること。今持ってる星を足してもオッケーだよ。ハンターのみなさんは星一つごとに懲役が10年縮まるからね、お互い頑張って欲しい』


懲役?もしかしてハンターは犯罪者なのか?

しかしやっぱり星を奪い合うのか。一つあった星は薄井さんに渡しちゃったし、今僕の手元に星は無い。ということは、生き残るためには確実に何人かの人を殺さなきゃならない。

ハンターと会ったのは竜生君が暴走したあの時だけだったし、人間を殺める覚悟なんて無かったけど…こうなったらもう覚悟を決めるしかないのか。


『それじゃあ魔獣の学生8人とハンター21人の合計29人によるバトルロワイヤル追試、スタート!!』


「えっ、ハンター21人??」


「おいおい、マジかよ」


「みんな、落ち着くんだ!」


嘘でしょ、ハンターそんなにいるの!?みんなも動揺してるけど、どうも相手はまってくれないみたいだ。


『ツヨシ、下がって』


僕の前にグリが出る。薄井さんも包丁を構えて臨戦体制だ。

ハンターの人影は木に隠れながら確実に近付いてきている。相手も警戒しているみたいだ、戦闘が始まるにはまだ少し時間がかかるだろう。


「オーゥ!ヘルプ!助けてクダサーイ!!」


そんなことを思っていた矢先、遠くから特徴的な声が聞こえた。ちょ、デスカトレイアさん何やってんの!?なんで一人でそんな林の奥の方に進んでんの!?

二人のハンターがデスカトレイアさんに迫り、すでにそれぞれ手に持った武器を振りかぶっていた。


「くそっ!待っていたまえ、今助ける!」


そしてその状況を見て、いち早く動いたのは委員長。

デスカトレイアさんが一人目の剣撃を何とか躱し、尻餅をつく。そこに二人目の剣が振り下ろされるが、その二人の間に委員長が割り込んだ。


ガキィィン!!

硬い金属同士がぶつかる甲高い音。見ると委員長の右肩から腕にかけての部分が、黒い鎧のような物に覆われていた。


「誰も死なせない…僕の【リビングアーマー】の力で皆を守ってみせる!」


二撃、三撃と委員長は鎧の腕でハンターの攻撃を受け止めていく。す、すごい反射神経だ。委員長あんなに強かったのか。

鎧化していない方の腕でハンターを殴り飛ばす。しかし大したダメージにはなっていないみたいだ、ハンターの復帰も早い。

そしてハンターが三人、四人と委員長のところへ集まっていく。デスカトレイアさんはまだ尻餅をついたままだ。

こっちにも別のハンターが走ってきているし、助けに入る余裕はない。自分の身を守ることで手一杯だ。


「く…うおおぉーーっ!!」


メキメキメキ。

委員長の体にどんどん鎧部分が広がっていく。今は両腕とも鎧に覆われた状態だ。

すごい、あんなに魔獣化が進んでるのに意識がしっかりしてる。きっと暴走しないギリギリのところで魔獣の力を制御しているんだ。


『ガアァーッ!』


そしてこっちの方でも戦闘が始まった。グリが先頭のハンターを殴り飛ばしたところで、肩の上のクロか硬質化させた尻尾を振る。足元にカランと一本の矢が落ち、それを見て僕の背中から汗が吹き出した。どうやら狙撃されたところをクロが守ってくれたみたいだ。


「あ、ありがとうクロ」


『おう、お前のことは俺が守ってやらあ』


なんて頼もしいリスなんだ、お世話になりっ放しで申し訳なくなる。

奥からどんどんハンターが出てくる。でもその大半は委員長の方に向かっているみたいで、今や7、8人くらいが委員長を囲んでいる。デスカトレイアさんはどうやら離脱はできたみたいだけど、あれじゃ委員長はもう…。


「がはっ……!」


そして委員長の呻き声が聞こえた。委員長の体には何本もの槍や剣が刺さり、大量の血を流しながら委員長は地に伏せた。

ハンター達が喜んでいる。くそっ、ダメだ…委員長がやられた。もう彼は死ぬ。これじゃ助けにも行けない。


ハンターたちが委員長に群がり、争うようにして腰のベルトからカードを取り出した。そしてそのカードを巡って何人ものハンターが仲間同士で奪い合おうとしている。

しかし突然、そのハンターの手元から委員長のカードが消えた。騒然としながらカードを探すハンター。そしてそのハンター集団からやや離れたところに彼は立っていた。


「このカードはお前らに渡さねえよ。俺がもらってくぜ!」


それは陸上部の宇佐見君。彼は両足を兎みたいなもふもふの足に変化させ、委員長のカードを持っていた。


「ふざけんなこのガキ!てめえもぶっ殺してやらあ!」


激昂したハンターが槍を素早く突き出す。しかし宇佐見君の姿はすでにそこには無く、やや離れた場所にいた。えっ、なんだ今の。瞬間移動?いや、でもあの兎みたいな姿を考えると…もしかしてただ純粋に速く動いただけ?


「遅えんだよオッサン。じゃ、俺この星二つでクリアなんで、さいなら〜」


そう言い残して宇佐見君の姿はかき消えた。今のは少しだけ見えた、やっぱりものすごい速さで走っているみたいだ。あっ、もうあんなに遠くに…。きっと委員長が死ぬか3分経つまで逃げ切るつもりなんだろう。あれじゃ誰も捕まえられる気がしない。ピューッて効果音が聞こえそうな速さだもん。


「くそがっ!!」


「他のガキを狙うぞ!」


「ぶっ殺してやる!」


カードを奪われて怒ったハンターたちが委員長の体を蹴り飛ばし、僕たちの方に押し寄せてきた。や、やばい!早くなんとかしないとあの数は無理だ!


「ひ、ひいぃぃ〜〜っ!た、助けてぇぇ〜〜っ!!」


そしてハンターたちの迫力にやられて、五反田君が駆け出した。


「あ、ちょっ、五反田君!」


僕の制止も聞かずに走る五反田君。逃げ場なんてどこにも無いのに、一体どこへ…。そう思っていると、五反田君の体がみるみる変化し、頭以外が薄っぺらい白い布みたいな形になった。


驚く僕たちをよそに五反田君はふわりと宙を舞い、天井の方に飛んで行った。う、浮いてる…!あれは昔アニメで見たことある。多分…一旦木綿だ。魔獣って一体なんなんだ。何で日本の妖怪が入っているんだよ。


ニョロニョロと空中を泳ぐように上へ逃げる五反田君。あれなら大丈夫かも…そう思った時、何本もの矢が空に向かって放たれた。


「ぎゃあぁーーっ!」


上から聞こえる叫び声。布のような五反田君の体にはたくさんの矢が刺さり、その体はヘロヘロと落下していた。…あれはもうダメかもしれない。


五反田君の変身を見て一瞬動きを止めていたハンターが動き出す。もうこっちには6人…いや宇佐見君は逃げ回っているから5人しかいない。しかも僕以外みんな女子だ。

くっ、こうなったら怯えている鳳さんだけでも守って…。



そう僕が考えていた時、その鳳さんがずっと伏せていた顔を上げた。

その顔は怯えている…というよりも、なんというかこう…一言で言えば般若のような顔だった。


「……せっかく……」


ぷるぷると震える拳。額に走る青筋。

そして大人しいはずの鳳さんは叫んだ。


「せっかく瑠璃丘君と会えたのに…!お前ら、お前らふざっけんなよおぉーーー!!!」

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