第19話 すごいよ薄井さん
「ふわあぁ…」
柔らかい草の布団から目覚めた僕は、まだ眠い目をこすった。この草布団はクロが教えてくれたフワフワの草を使って敷いただけのもの。でもそれだけでかなり快適になるんだから、本当にありがたい。夜も二匹で夜番をしてくれるし、すごく助かる。本当にこんなに頼っちゃっていいのかと不安になるくらいだよ。
「あ、薄井さん…」
顔を洗うために川に行くと、そこには薄井さんがいて洗顔していた。
「……っ」
そして僕は彼女の顔を見て息を呑んだ。
いつも長い黒髪で見えなかったその顔は、目の下のクマは凄いけど人形のように整っていて、それでいて儚いような…。つまり一言で言えば物凄い美人さんだった。
「あ……」
そんな僕に気付いた薄井さんはサッサッと髪を顔にかけ、また元の幽霊みたいな姿に戻ってしまった。
「な、何で顔を隠してるの?」
僕は疑問に思ったことを尋ねた。だってあんなに綺麗な顔、出してた方が絶対に得なはずだ。
「……恥ずかしいので……」
何も返答が無いだろうと思ってた僕は、その小さな返答を聞いて驚いた。恥ずかしい?あのめちゃくちゃ綺麗な顔が??自己評価低いの??いや、それよりも返事してくれた事にまずビックリだよ。
「えっ、勿体無いよ!あんなに綺麗な顔なのに!」
だから僕は思わず思ったことを口に出してしまった。言ってから恥ずかしい発言だった事に気付いて、僕は「ご、ごめん」とあわてて誤った。薄井さんはまた俯いて何も返事してくれなかった。うわあ、これやっちゃった…。
何か気まずい空気になっちゃったので、誤魔化すために僕は小さなビンを取り出した。
「あ、あの薄井さん、これ良かったら一つ食べる?」
僕が差し出したのは小瓶に入ったチョコレート。支給品ガチャで当たったこのチョコレート、というか多分この小瓶は、すごく不思議なアイテムだった。
少し食べて次の日に瓶を見たら、またチョコレートが10個に復活していたのだ。驚いた僕はその後色々と検証して、すごい事が分かった。
この瓶に入っているチョコレートは、次の日には倍の量に増えるのだ。上限は10個なんだけど、一つでも残ってれば時間をかけてまた10個まで増やすことが出来る。
何て不思議でステキなアイテムだろう。チョコレートは普通な感じだから、多分瓶の方に秘密があるんじゃないかと僕は睨んでいる。
そんな僕の差し出したチョコレートを見て、薄井さんにしては珍しく素早い動きで近づいてきた。
猫背でも僕と同じくらいの身長の彼女は、じっと僕の正面に立ち、そしてゆっくり手を伸ばしてきた。
おずおずとチョコを一つつまんで口へ入れ、モグモグ。あっ、口元が緩んでる。やっぱり女の子はチョコ好きなんだなあ。
「……おいしい……ありがとう……」
そして割と大きめの声でお礼を言ってきた。おお、これは好感触だったみたい。よかったよかった。
「うん、これ明日には数が復活するから、またあげるね」
僕がそう言うと、薄井さんはコクコクと何度も頷いた。あ、なんか背景がパアァ〜ッて明るくなってる気がする。口元も嬉しそうだし。
少しだけ薄井さんと仲良くなれたみたいで良かった。チョコの力はやっぱり偉大だ。
でもクロとグリはチョコ食べれなかった。やっぱり動物にチョコは良くないんだね。
…
『おい来たぞ、ゴブリンだ!今回は多いぞ、5匹だ!』
「ゴブリン5匹が来るって!薄井さん、気をつけて」
クロの索敵のおかげで、いつも僕たちが先手を打つことができる。そして敵が気付く前に、グリが先頭に立ってゴブリンの群れに突っ込んで行った。
本当にグリの力は凄まじい。まさに力こそパワーと言わんばかりに、いつも腕力でゴブリン共をねじ伏せている。
今回もグリの拳がゴブリンの腹を打ち抜き、まず一匹を吹き飛ばす。
その隙にクロが鉄の棘尻尾でゴブリンを攻撃。僕はといえば、棍棒を手に応援するだけの置き物と化していた。でも応援って大事な事だと思うんだ。無理に前線に出ても連携を乱すだけだし。
「あっ、一匹そっちに…!」
するとゴブリンは散らばり、そのうちの一匹が薄井さんの方へと走って行った。
さすがにマズイと思い、僕は薄井さんの下へ駆け寄ろうとした。
でもそんな僕の助けなんて必要ないんだとすぐに分かった。
「ゲガゴフッ!」
「………」
ゴブリンが棍棒を振るう。しかしその棍棒は薄井さんの体に当たることは無かった。何と棍棒が薄井さんの体をすり抜けたのだ。
これには僕もゴブリンも仰天。ゴブリンは文字通りすり抜けた薄井さんの体を二度見していた。僕も目を凝らしてよく見てみると、何だかすり抜けた上半身だけ半透明になっている気がする。もしかしてあれがレイスの力なのか。
「………」
そしてそんなゴブリンの横から薄井さんの包丁が走った。
長い髪の毛の奥からギョロリと光る眼。その薄井さんの握る包丁が的確にゴブリンの首を裂き、一撃で仕留めてみせた。
す、すごい…なんか妙に慣れてる気がする。き、気のせいかな。
その間に残りのゴブリンはグリ達によって倒され、無事に今回の戦闘も終了した。本当に僕はただ見ているだけだった…薄井さんの戦いぶりを見てたら何だか情けなくなってきたよ。
ゴブリンの豆は僕たちしか食べれないので二人で分けることにした。
薄井さんに3つあげようとしたけど首を振られたので、僕が3つもらった。同期率は1%だけ上がった。
「でも薄井さんすごいね、すり抜けられるなんて無敵じゃない?」
純粋にすごい能力だと思った僕は、支給品ガチャでもらったという包丁をハンカチで拭いている薄井さんに話しかけてみた。
「…あれ、疲れるから……」
そんな僕の話に、薄井さんは首を横に振りながら答えてくれた。
「あ、やっぱり疲れるんだ。でもすごいよね。レイスだし、もしかしたらそのうち浮遊とか出来るようになるのかもね」
会話になった事が嬉しくて、ついそんな冗談を口にする。すると薄井さんから予想外の返答が。
「……浮けるよ……」
「へっ?」
そう答えた薄井さんは、3cmくらいふわりと浮いて見せた。
「え、ええぇーーっ!?」
僕はその現象に驚愕。えっこれどういう原理で浮いてんの?人って生身で浮遊できるんだ?あっそうか、ここはもう常識が通じない場所なんだったっけ…(遠い目)
「す、すごいね薄井さん。もう力を使いこなしてるんだ、僕なんて何も出来ないのに本当、すごいよ」
「……でも…少ししかできないし……」
ストンと地面に降り立ち、俯いてしまう薄井さん。モジモジと指を動かしてるし、もしかして恥ずかしがってるのかな。
でも本当に薄井さんはすごい。もらった力をちゃんと使いこなしてるし、戦う力も十分にある。僕も見習って出来る事を増やさないといけないなあ…。
『おい、そろそろメシにしようぜ』
そんなやりとりをしているとクロから思念が飛んできた。確かにそろそろお腹も空いたし、お昼ご飯にしようか。
「そうだね、そろそろご飯にしようか」
『俺、また肉、取ってくる』
そうして休憩にしようとした所でクロが鼻をヒクヒクとさせた。
『…あっちから人間と魔物の匂いがする。動いてるな…おい、こっちに来るぞ!』
そして叫ぶクロ。
僕は薄井さんにもその事を伝え、棍棒を握りしめながらクロの指し示す方向に注意を向けた。
人が走る足音。
全員が戦闘態勢の中、森から一人の男がガサっと飛び出してきた。必死な顔。多分魔物に追われてるんだ。
でも学生服を着たその人を見た瞬間、僕は構えを解いて思わず叫んだ。
「た、竜生君!!」
森から出てきたのは僕の大恩人の友達、
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