ヒロイン失格5 ~劣等感~

「はぁ~い、じゃあ女子のアンカーは琴野さんね。他に推薦はある?」


「ないでーす」

「ありませーん」

「女子のアンカーは琴野さんしかいませーん」

皆口々にそう言う。

「はい、琴野さんは出場でいい?」

飯野先生が念のために確認してくる。


「はい」


私はジタバタしない。

目立つことは好きじゃないけれど、脚が速いんだし断っちゃだめだと思った。


「じゃ他の人、推薦は? ほら男子、あんたたち選抜メンバーは放課後一緒に練習できるのよ? ”姫”と仲良くなれるチャンス。立候補でもいいから手をあげなさい」

指し棒で教壇をカンカン鳴らす。


姫……。

姫といえば、織姫星。

私は、夜空に輝く美しい星に自分の姿を重ねてみた。


「先生ぇ、そんなこと言ったら誰も手ぇあげないってー。なんかー手ぇあげたら告白と一緒じゃん、それってー」

教室の後ろから大きな声が飛ぶ。

「アハハハ、そうだよ手を挙げたら琴野さんへの告白と一緒一緒!」

その声に同調するように教室のあちこちから囃し立てる声がする。


「あぁら~竹野君、もしかして、あなた出たいの~?」

囃し立てていた背の高い男子児童の名を、先生は意地悪に告げる。

ニヤリ。

口元が意地悪く吊り上がっている。


「なっ! ちょっ、ちがうよ! 出たい訳じゃないって!」

顔を真っ赤にしながら竹野君は必死に弁解する。

「ひゅーっひゅーっ、竹野と琴野さんのアッチッチぃ、アッチッチぃ」

クラスのあちこちで囃し立てる声が飛ぶ。


私はなんとなく俯いてしまう。

竹野君には悪いけれど、アナタは彦星じゃない。


クラスの仲間達の興味を一身に集めている私はというと、さっきからぼーっとしていた。

午後の学級会が始まる前のぼんやりとした空想を今も引きずっているのだ。

私の気持ちを占めているのは、どこまでも高く澄んだ秋の青空と、最近あった出来事。


今朝は久しぶりに京くんと一緒に登校した。

私が京君のおうちの前を通りかかったら、偶然京くんのお父さんが出てきた。

「おう京一、蓮華ちゃんが今から登校みたいだから、お前も一緒に連れてってもらえ」


一緒に登校する理由が出来たみたいで、私は嬉しかった。

でも、しばらくして玄関から出てきた京くんは眠そうな目をして不機嫌顔。

……。

それから、チラッと私を見た後、テクテク一人で歩いていく。


もう!

仕方がないので、私は京くんのちょっと後ろを同じ速度でついてゆくことにした。


秋の乾いた心地よい風が私の髪をさらさらと吹き抜けてゆく。

すう、と空を仰ぐ。

まだらの雲がふわふわ浮いている。

京くんの髪もふわふわしている。

寝癖だろうか?

お風呂に入って髪を乾かさないまま寝たんだな、きっと。


「京一、髪の毛くらいちゃんと乾かして寝なさいよ」

お姉さんぽく、“心の中”で言ってやる。

きっと、声をかけても振り返らないだろう。

何をしたってダメ。

きっと、ぜったい。

……。

……。

ムズリ。


とりあえず、ベロを出してみる。

それから心の中で叫ぶ。

「(こけろっ!)」

でも京君は変わらずテクテク歩く。


う~ん、足りないみたい。

無視、無視、シカト、きっと明日もシカトであさっても無視。

そうなんでしょ? 京君。


そんな彼に私の心が納得しない。

ベロを出したポーズをそのままに、右手中指で鼻頭を上に引っ張る。

ブタの鼻の真似。


ブヒ、ブヒ。


心で伝える「ちぃび! ハニワ顔!」

私のほうが手のひら一つくらい背が高い。

並んで歩けば姉弟みたいに見えて嫌だから、後ろを付いていくのがちょうどいい。

私はそう思っているんだぞ。


あぁあ~……。

寂しいなぁ。

一緒に手を繋いで歩きたいのになぁ……。

私は叶わぬ願いを頭の中で空想した。






「琴野さん? どうしたの?」

「え? あ、はい……」

今朝の出来事を思い返していたら、再びボーっとしていたようだ。

先生に名前を呼ばれて戻って来る。

気付けばリレーのメンバーはほとんど決まっていた。


黒板に書かれた選手の名前はこう。


女子1番手:梶原早苗

男子1番手:竹野真一

女子2番手:藤田紀子

男子2番手:飯山和利

女子3番手:琴野蓮華(←私)

男子アンカー:


残りは男子アンカーのみ。


最後を走る人、か……。

私は誰にバトンを手渡したいのだろう?

少しだけ想像してみる。

でも、そんなの初めから決まっていた。

私だけの主人公。

駆けっこにはあまり向かない低身長の君だよ。



私は京くんの姿を思い浮かべる。

彼は背も低いし、駆けっこも速くない。

たまに一緒に登校することがあるけれど、いつも不機嫌そうにしている。

近所のおばさんに挨拶されても、返事すらしない。

そんな時、京君に「挨拶くらいしようよ」とお姉さんっぽく言ってやる。


「ちっ、うっせぇよ」


返す言葉はいつもこう。

「あいさつすら出来ないなんて、“子供みたい”」

だから背中から言ってやる。


ピタリ。

京君の足が止まる。

フフン。

私は京くんが一番気にしていることを知っている。

それは、自分の背丈が低いことを“気にしている”って他人に気付かれてしまうこと。

カチンときたので、そこをチクリと突いてやる。


「……」


京くんはしばらく黙って私を睨んだ後、ちょっぴり泣きそうな顔をした。

でもその理由が私には分らなかった。

ただ京くんの深いところに触れてしまった気がして、なんだか心がモヤモヤした。


私は自分の容姿にコンプレックスなど何一つなかった。



☆-----☆-----☆-----☆-----


「蓮華のステータス」

1,命の残り時間    :5年間と9か月

2,主人公へ向けた想い :初恋レベル

3,希望        :★★★★★

4,得意分野      :かけっこ

5,不得意分野     :人の気持ち


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