第20話 桃犬会談③

 栗鳥栖の話す問題とは、すなわち犬の軍の進撃でした。


 時を少し戻し、緑壁が崩れ去った時、桃太郎農園と同じく犬帝国にも崩れ去る轟音が鳴り響きました。緑壁を監視していた犬の隊員は崩壊の現状を報告するために犬の皇帝のもとに走りました。

 犬の皇帝はこの緑壁崩壊の報告を受け、しかし、柿万次郎のように速攻緑壁のもとに向かうことはできませんでした。これは、犬帝国にとってこの緑壁の崩壊が桃太郎の意図する行為かどうか判断することが難しかったためでした。もし、この緑壁の崩壊が桃太郎の意図する行為であり、他の場所に巨大樹を作るような攻撃を行った場合、緑壁がなくなったことをいいことに攻め入っては再び桃太郎の植物攻撃を受ける可能性があったのです。一方で、この緑壁の崩壊が桃太郎の力が尽きた故の結果だった場合には、攻め入らなければならない絶好のチャンスでした。

 犬帝国は小隊が多数存在し、それを犬の帝王がまとめ指揮する形態をとっており、この二つの可能性で二分され、意見を言い合い、どうするべきかまとまらずにいる状態でした。


「攻め込むべきだ!」

 ある部下が吠えました。

「今が最大のチャンスだ。桃太郎の力が衰えている可能性は十分にある。」

「だが、それが罠だったらどうする?」

 別の部下が冷静に反論します。

「私たちは緑壁が崩壊した理由をまだ完全に把握していない。」

「何もしなければ、好機を逃すだけだ!」

「逆に急ぎすぎれば、帝国全体を危険にさらすことになるぞ!」

 部下たちの議論は激化し、どちらの意見も譲らないまま膠着状態に陥っていました。その様子を黙って聞いていた犬の帝王が、ゆっくりと立ち上がります。

「静まれ。」

 低く響く声に、部下たちはすぐさま黙り込み、全員が犬の帝王に注目しました。

「緑壁の崩壊が、桃太郎の意図するところならば、我々は桃太郎と同盟を結ぶべき。逆に意図せぬところならば、ここが絶好の攻め時。故に我々は今から、桃太郎農園に向かうとする。」

 帝王の言葉は重く、部下たちは無言でうなずきました。


 犬の軍勢が桃太郎農園の緑壁跡地につくと、そこには犬たちの考えを予想していた栗鳥栖と彼女の軍が待ち構えていました。栗鳥栖は

「お久しぶりですね。戦争のとき以来ですわね。」

 だが、犬の軍勢はこの挨拶を一瞥するのみで、特に反応を示さなかった。そして、犬の帝王が静かに前に進み出ると

「私が犬の帝王、天狼である。」

と勇ましく挨拶しました。


 栗鳥栖は、一瞬の緊張を感じながらも、敵意のない姿勢を崩さなかった。そしてこう提案しました。

「我々も再び争いに身を投じることは望んでおりません。そこで、ぜひ私たちの城で、双方の代表者だけで膝を突き合わせ、じっくり話し合いましょう。」

 犬の帝王はしばし黙考する素振りを見せたが、やがて

「確かに、そのほうが互いの意図を明確にできるだろう。」

とその提案に同意しました。


 こうして両軍は、護衛をその場に残し、代表者同士でのみ桃太郎軍の城へと向かった。栗鳥栖は、犬の進軍が予想できたため、待ち受けて迎え撃つことも可能でしたが、いまだ桃太郎農園の兵力は完全ではないこと、そして、もし、犬たちが全面交戦の構えとなった場合でも、この交渉という時間稼ぎの間に桃太郎を逃がすことができると考えたのでした。

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