回想
蒼鷹 和希
池のほとり
晩秋の、夜寒さの身に沁みるこの時期には、よくあの日のことを思い出す。
今回のテストは、一位になれなかった。今までずっと一位であり続けたのに。
数日前から咳が出ていて、テストの翌日についに熱も出たので病院へ行くと、インフルエンザと診断された。
『うちの病院では第一号だね、それにインフルエンザにしては珍しく熱があとから出たね』
そう医者は言って、周りにも同じ症状の順の人がいたかなどを興味深げに聞いてきた。どう返事したかは覚えていない。ただただ高熱がしんどかった。
一位を取れなかったのは体調が悪かったからだとはわかっているが、だからといって点数が変わるわけでも、順位が変わるわけでもないのだ。
今回は一位を取り損ねたという事実だけが、傷跡のように残ってしまった。
この事実は自分にとって思いの外ショックだったようで、インフルエンザが治っても何をする気も起きない日が続いた。
友達の遊びの誘いにものらず、ただただ順位表を見つめるだけの時間が過ぎた。
隣には、四歳年上の従姉妹が座っている。私を心配した母が、近所に住む彼女に声をかけたらしいが、やって来た彼女が何を思って私と同じポーズで隣に居続けるのかわからない。
ふいに顔を上げた彼女に驚いた私は、つられて顔を上げて彼女を見た。
ようやくこっち見たね、と彼女は笑って言う。
「そうだ、とっておきの場所があるんだ、行ってみよ?」
そう言って連れて行ってくれた、家の近くの池のほとり。
たしかこの日は、風が強かったのだ。
靡く髪が邪魔で、何度耳に掛けても戻ってくる。
寒くて指先が冷たい。
だが、景色は確かに良かった。
高い建物があまりないので、遠くまでよく見える。池にはコガモやカルガモ、カイツブリがそれぞれ思い思いに食事をしていた。
そして、池の周囲に広がる田畑には、黄金色や黒色に色づいたイネや、サツマイモ畑が一面に広がっている。雑草も高く細い葉を風に靡かせている。
筆舌しがたい美しさの秋の田園風景。
「……近所にこんな場所があるなんて、知らなかった」
そう言うと、案内をしてくれた彼女は自慢げに笑んだ。
「でしょう?子どもの時に迷ってここに辿り着いたんだけど、あの時は家からここまでが遠く感じたな」
「でもやっぱり寒いね。病み上がりにこれはちょっときついかも」
「ごめんごめん。そうだった」
顔を見合わせて私たちは笑い、その日はそれで別れた。
この場所が気に入った私は、あの日以来頻繁に足を運ぶようになった。
辛かったとき、疲れたとき。そして試験に受かって、嬉しかったとき。
今でもたまに訪れる。
私にとって、この池のほとりは思い出の詰まった、大事な場所なのだ。
回想 蒼鷹 和希 @otakakazuki
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