第5話
イチカを〈データベース〉に封印するーー。これにより木星人は愛を知り、地球への憧憬が芽生えるだろう。イチカの意識と引き換えに。〈データベース〉にもメンテナンスがあろう。ならばログインするためのパスワードさえ分かればこれに侵入できるはずだ。ぼくは矢面家が寝たのを見計らって、PCを拝借し、〈データベース〉へのハッキングを試みた。攻性防壁には迷路付きのデコイを噛ませこれをやり過ごし、あっさりとシステムにたどり着いた。パーソナライズされた木星人がテロなど起こすはずもないためか、セキュリティは甘かった。パスワードは「希望」。次にぼくは〈データベース〉に登録してあるイチカのマイクロマシンに侵入した。パーソナルデータをダウンロードし、システムにインストールした。これでイチカのマイクロマシンは〈データベース〉にリンクしているどころか、〈データベース〉そのものになったはずだ。イチカの様子を見てみる。眠っているように見える。よし、あとはこの星からの脱出だ。いや、待てよ。宇宙船のドックが閉鎖されているか入場に認証が必要である可能性がある。ぼくは〈パーソナリティ〉のシステムに潜った。〈データベース〉からの指示として、〈パーソナリティ〉をオープンの状態へアンロックした。やはり鍵がかかっていたか。危なかった。さあ、あとは宇宙船に乗り込むだけだ。ぼくは急いでドックへ向かった。
あっけなくぼくはイチカの宇宙船に乗り込めた。何でもかんでもデータで管理しているからこうなる。操縦の仕方はイチカの手もとを見ていたから覚えている。ボソンジャンプ先の座標の入力は操作履歴から指定できた。さあ行け! 船は飛んだ。
着いた、か? 船を出てみる。目の前の壁を押すと板が回転した。間違いない。イチカの部屋だ。地球に戻ってきたんだ。ぼくは胸を撫でおろした。腕時計を見ると、針は午前三時を指している。華子は眠っているだろう。ぼくはのんびりと帰宅の途についた。
自宅に着いた。華子を起こさないようにそっとリビングに向かう。コーヒーを淹れタバコに火を付けた。ぼくは日常の愛おしさを煙とともに味わった。それにしても、たった数日であったが実に刺激的な旅だった。ぼくが去った後の木星はどうなったか、知る由もない。まあ、そんなことはどうでもいい。ぼくは寝室を覗いた。華子がすうすうと寝息を立てている。愛おしさが込み上げてきた。そしてまた明日から退屈な日々が始まる。でもぼくには華子がいる。それはとても幸福で贅沢な日常なのだ。「ううん、お兄さま……?」「ごめん、起こしちゃったか」ぼくはあらためてこう言った。「ただいま、華子」
(了)
逆上純愛グランギニョル 片山勇紀 @yuuki_katayama
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