第15話 不倫相手を知って

 洟をかんで落ち着いたのか、由依が会話に加わった。

「亜澄ちゃんに、いつか会える?」


「ああ。会うために、してはいけないことを学んでいこうな」

「由依、頑張る。先生、亜澄ちゃんにお手紙書いていい?」


「いいよ。でも渡す前に読ませてもらうことになるよ。いいかい」

「いいよぉ」


 リュックから便箋と鉛筆を取り出し、亜澄ちゃんへ、と手紙を書き始めた。

 沙都子が由依の近くにあるジュースの入ったガラスコップを除けてやっている。


「山岸さん」

 美智琉が沙都子を呼ぶ。


「はい」

 娘の手元を見ていた沙都子が、顔をこちらに向けた。


「今回のことは、元ご主人に伝えているのでしょうか」

「知らせていません。あたしに任せられないと、この子を取られでもしたら、あたしは生きていけません」


「橘宏樹さんは、ご存知ですよ。とはいっても、ある人に教えられて知ったそうだが」

「知られてしまったんですか。何か言っていましたか」


 美智留の視線を受け、芙季子が答える。

「二人の間に起きた事で、直接的には関係ないと。他人事のようでした」


「冷たい男。やっぱり興味なかったんですね。あたしにも、由依にも。離婚を切り出してきた時から思ってたけど」


「そうなるようにあなたが仕向けたのはではないですか」


 沙都子がきっと攻撃的な目を向けてくる。

「そうです。あんな浮気男に、天使みたいに可愛い由依を触らせたくなかったんです。あたしから切り出せば、養育費を払ってもらえないかもしれないから、我慢していました」


「我慢していたのは、彼の方も同じなのではありませんか」


「あの人が我慢ですか」

 はん、と沙都子は鼻で笑った。足を組む。「飲みに行って、浮気して好きに遊んでいたのに。あたしがどれだけ子供が欲しいといってものらりくらりとかわして、真剣に考えてくれなかった。よその人とはできるのに、妻とはダメだなんて、失礼な話じゃないですか。あたしが浮気を知った時にはもう別れたと謝ったから許したつもりだったけど、やっぱり許せなかった。由依ができると旦那の存在が嫌になって。向こうから離婚届を出した時は、やったって思いました」


「浮気に走ってしまったのは、あなたからの重圧がつらかったからだと、橘さんは仰っていましたよ」


「あたしが悪いって言うんですか」

 組んだ足をイライラと小刻みに動かす。


「浮気をした方が悪いです」

「そうですよね」


「でも、橘さんの気持ちも考えてあげて、話し合いができていれば、夫婦間に溝ができずに、他の女性につけこまれる隙ができなかったかもしれません」


「もう、いいんです。あたしは由依を授かれただけで満足ですから」

 橘宏樹だけが悪いのではないと伝えたかったのだが、沙都子には伝わらなかった。さらに、

「週刊誌の記者さんって、親のことも調べているんですね」


 さきほど週刊誌への見方が変わったと言った口から、週刊誌を蔑むような雰囲気を感じとる。

 こちらが沙都子の本性なのだろう。


「直接関与した人がどういう環境で育ったのか、調べてみないと本質が見えてきませんから」

 取材への姿勢を言ってはみたが、沙都子には受け入れられないだろう。


「だったら、向こうの家族はどうだったんですか。被害者ぶる母親がいましたよね」

 あっちも同様に調べているよね、と挑発するように身を乗り出してくる。


「宮前亜矢さんという名前に覚えはありませんか」

「宮前亜矢? ……さあ、ないですね」

 芙季子の質問に首を捻る。


「亜澄さんの母親ですが、亜矢さんはあなたの事をしっかりと覚えていましたよ。憎しみ深く」


「憎しみ? なんだろう? あたし何かしたっけ」

 楽しそうにうっすらと笑っている。


「中学3年間、いじめていたそうですね」


「中学? ああ! あのブス。いましたいました。ブスのくせにやたら料理が上手くてムカついたから、ちょっと遊んでやったんです。え、あのブスがグラドル生んでたんですか。イケメンの旦那捕まえたんだ。やるじゃん不細工のクセに。それとも隔世遺伝ってやつ? たしか親が女優でしたよね。そのコネ使ってグラドルにしたんだ」


 膝を叩いて笑う態度に、芙季子は腹立たしさを覚える。

 自身の過去の言動が、今回の悲しみを生んだというのに。


「亜矢さんですよ。橘宏樹さんの不倫相手は」


「え? ……嘘でしょ!」

 名前を告げると、表情を一変させた。

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