第6話 四十九法要の日

 外村に大井町駅まで送ってもらう頃には、濡れた髪は乾いていた。

 礼を言って車を降りる。

 自宅マンションまでは徒歩5分。

 駅近のはずなのに、その道のりが遠いと感じたことはなかった。単純に足が疲れているからだけとは思えなかった。


「おかえり」

 先に帰宅していた崇史が、台所から声をかけてきた。

 政治家の贈賄事件は議員が辞職したことで騒動は収まり、通常の勤務体制に戻っている。


「パスタ、食べる?」

 フライパンにレトルトではないミートパスタのルーが入っていた。隣のコンロでお湯が沸いていた。


「半分だけちょうだい」

 食欲はあまりなかったが、せっかく作ってくれた崇史に悪い気がして、少しだけ食べることにした。


 シャワーを浴びたくて風呂場に行くと、すでにお湯が張られていた。

 裸になると、ブラジャーに挟んでいるパッドが目についた。

 死産とはいえ、出産はしたので母乳がでる。仕事中は忘れていられる息子のことが頭を過った。


 出産から1ヶ月半が経つ。『まだ』1ヶ月半だ。

 息子との思い出は妊娠中のことしかないけれど、大切な思い出だ。

 一日中考えているとつらい気持ちに蝕われるけれど、ほんの一時ならば暗く沈み込むほどは落ちない。

 母子手帳を見返してみるのもいいかもしれない。


 湯船に浸かって考えていると、四十九日はいつだろうとふと疑問が沸き上がった。

 風呂から上がって、リビングに向かった。壁のカレンダーを見て数える。


「芙季子、どうした?」

「あの子の四十九日っていつ?」


「17日」

「5日後じゃない。法要とかどうなってるの? わたし何も聞いてないよね」


 パスタを盛り付けていた崇史が手を止めた。

「今日の昼に終わった」


「え……?」

 今日の昼と言われて、松木ねねの顔が浮かんだ。

 取材をしている頃に息子の法要が行われていたということか。


「まだ日にち、あるじゃない」

「平日は何があるかわからないから。過ぎるよりは早い方がいいからって」


「うちの親は来たの?」

「出席してもらったよ」


「どうしてわたしだけ外されたの?」

「まだつらいだろうと。仕事をしていた方が落ち込まずにいられるんじゃないかと思って」


「あなたの判断?」

「俺の判断」


「わたしの息子の、大切な、法要にどうして……どうしてわたしだけが蚊帳の外なの」

 声が震えた。怒りの気持ちより、孤独感が強かった。


 崇史の顔を見る。何も言わず、じっと芙季子を見つめてくる崇史が、何を考えているのか読めなかった。


「つらいよ。誰よりも、きっとわたしが一番つらい。だからこそ、きちんと送りたかったのに。相談もしてくれないなんて。疲れているだろう、つらいだろう。そんな気の使い方されたくない。息子を悼む権利をわたしにもちょうだいよ!」


 崇史は傷ついたような顔をした。

 どうして? 傷ついたのはわたしなのに。

 崇史の表情が許せなかった。


「ごめん。ご飯いらない」

 芙季子は自室に駆け込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る